第4話「間違えた人間を許せるか」
第6部「自由の代償」
AIが正しい答えをくれる。
それなら、その答えに従えばいい。
失敗しない。
傷つかない。
後悔しない。
きっと、その方が楽です。
でも。
もし、自分で決めることを選んだら。
間違えるかもしれない。
誰かを傷つけるかもしれない。
「AIの言う通りにしていればよかった」
そう思う日が来るかもしれません。
第6部で描くのは、そんな自由の怖さです。
第5部で、光太郎はノアに伝えました。
AIを捨てろとは言わない。
答えを聞くことも、助けてもらうことも悪くない。
ただ。
最後の一つだけは、自分で決めろ。
人生だけは。
その言葉を受けたノアは、少しずつ自分で選ぶようになります。
朝ご飯を選ぶ。
遊び方を選ぶ。
誰かと話す言葉を選ぶ。
小さな失敗をして。
笑って。
少しずつ、自分の人生を自分の手に取り戻していきます。
けれど。
選択が大きくなった時。
その失敗もまた、大きくなります。
そしてノアは、初めて知ることになります。
自分で決めるということは、結果まで引き受けるということだ。
第6部では、光太郎にも簡単な答えはありません。
「自分で決めろ」と言った側にも責任がある。
AIに従えば助かった未来があったかもしれない。
それでも、人間に選択権を残す意味はあるのか。
AIは答えをくれる。
でも。
その答えを選ぶのは誰なのか。
そして。
選んだ結果を引き受けるのは誰なのか。
物語はここから、さらに苦しく、さらに深くなります。
正解のない未来を。
それでも自分で選ぶために。
第6部「自由の代償」。
始まります。
「間違える自由があるなら、傷つけられた側は我慢しろっていうんですか?」
王都に着いて一時間。
十六歳の少女にそう問われて、俺は何も答えられなかった。
正しい判断だった。
悪意もなかった。
それでも、一つの家族が壊れかけている。
そして今。
その家族の娘が、俺の目の前に立っていた。
傷ついた側の答え
少女の名は、リナ。
古い工房で二十七年働いていた職人、バルドの娘だった。
知識魔法の計算によって、王都の工房は再編された。
古い作業場を閉鎖。
設備を新工房へ集約。
事故率は三割減。
生産量は二割増。
費用も削減。
数字だけを見れば、成功だった。
ただし。
旧工房で働いていた四十三人全員が、新工房へ移れたわけではない。
バルドは職を失った。
五十二歳。
新しい工具を扱う技術が足りなかった。
再訓練を受けるには、その間の収入が足りない。
家賃を払えなくなった。
妻は体調を崩した。
下の娘は学校を辞めた。
「お父さんは来ません」
リナが言った。
王城の小さな会議室。
アエリアも玲奈も。
ユリアもノアも。
誰も口を挟まなかった。
「二十七年働いて、いらないって言われて」
リナの拳が震えている。
「今さら、お城の人に『助けてください』なんて言えないって」
俺は資料を閉じた。
もう数字を見る必要はなかった。
「知識魔法の判断が間違ってなかったって聞きました」
「ああ」
「管理官の人も、悪い人じゃないって」
「ああ」
「工房で事故が減ったことも知ってます」
「ああ」
「じゃあ」
リナが俺を見た。
「私たちが悪かったんですか?」
「違う」
そこだけは即答できた。
「だったら、誰が悪いんですか?」
答えが止まる。
知識魔法か。
判断した管理官か。
制度を認めた王国か。
それとも。
誰も悪くないのか。
俺が黙っていると、リナの目に涙が浮かんだ。
「お父さん、毎日働いてました」
声が震える。
「雨の日も。熱がある日も。私の誕生日だって仕事に行きました」
一滴。
涙が落ちた。
「新しい工房の方が安全なのも分かってます」
もう一滴。
「事故が減ったなら、よかったって思います」
それでも。
「だからって」
リナは唇を噛んだ。
「うちだけ我慢しろってことですか?」
隣でノアが俯いた。
ラウルのことを思い出したのだろう。
自分で決めた。
失敗した。
人が傷ついた。
俺たちはずっと、選ぶ側の自由について考えてきた。
でも。
選ばれた結果を受け取る側にも、人生がある。
「間違える自由があるって聞きました」
リナが言う。
「人間は間違えるから、仕方ないって」
そして。
俺に突きつけた。
「じゃあ、傷つけられた側には我慢する義務があるんですか?」
「ない」
今度は答えられた。
「そんな義務はない」
「だったら、管理官を罰してください」
その言葉に。
俺はすぐ頷けなかった。
「……それでいい?」
「え?」
「管理官を牢屋に入れれば、それでいい?」
リナが黙った。
「お父さんの仕事は戻る?」
「……」
「妹は学校に戻れる?」
「……戻りません」
「お母さんの薬は?」
少女の顔が歪んだ。
俺は椅子から立った。
彼女と同じ高さで向き合う。
「リナ」
「はい」
「君は、本当はどうしてほしい?」
長い沈黙だった。
やがて。
「……お父さんに」
少女の声が小さくなる。
「もう一度、仕事をさせてほしい」
罰じゃなかった。
「妹を学校に戻してほしい」
復讐でもなかった。
「お母さんのお薬を買えるようにしてほしい」
涙を拭う。
そして最後に。
「お父さんに」
声が詰まった。
「自分は、いらない人間じゃないって思わせてほしい」
胸の奥を。
何かで殴られた気がした。
この少女が欲しかったのは。
誰かの不幸じゃない。
壊された生活を。
少しでも取り戻すことだった。
責任は、罰だけじゃない
「管理官を処罰しないと言うのか?」
リナが退室したあと、アエリアが腕を組んだ。
「そうは言ってない」
「では処罰するのか?」
「それもまだ言ってない」
「どっちだ!」
「二択にするな!」
言い返した俺の横で、ユリアが小さく笑った。
「コータローが二択を嫌がるようになった」
「俺だって成長するんです」
「昔は何でも最適解を一個出したがってたのに」
「昔の俺の悪口は本人のいないところでお願いします」
「いるよ」
いた。
ものすごくいた。
玲奈が咳払いする。
「話を戻しましょう」
「はい」
俺は資料を見る。
管理官エドガー・ロイス。
不正なし。
賄賂なし。
私怨なし。
目的は、古い工房で相次いでいた事故を減らすこと。
知識魔法の提案を採用した結果。
実際に事故は減った。
だから。
簡単に悪人にはできない。
「責任って」
俺は言った。
「罰を受けることだけなのか?」
アエリアが眉を寄せる。
「何?」
「誰かが傷ついた。だから誰かを罰する。それで責任を取ったことになるのか?」
ノアが顔を上げた。
「でも、何もしなかったら」
「ああ。それも違う」
なかったことにしてはいけない。
正しかったから仕方ない。
悪気がなかったから仕方ない。
AIがそう言ったから仕方ない。
全部。
傷ついた側には関係がない。
「エドガーには、バルドたちと会ってもらう」
「謝罪させるのか?」
「まず、聞いてもらう」
「何を?」
「自分の判断で何が起きたか」
数字ではなく。
報告書でもなく。
一人の人間の生活に何が起きたのかを。
「それから王国も責任を取る」
「王国も?」
「知識魔法を使う制度を認めたのは国だろ」
「しかし判断したのは管理官だ」
「だから全部そいつ一人に背負わせるのか?」
アエリアが黙った。
玲奈が資料へ何かを書き始める。
「再訓練中の生活保障」
「うん」
「旧工房職人への一時補償」
ユリアも続けた。
「学校を辞めた子どもが戻れる仕組みも必要だよね」
「再就職先も探す」
アエリアがため息をついた。
「金がかかるぞ」
「知ってる」
「効率も落ちる」
「知ってる」
「知識魔法の最適解から遠ざかる」
俺は笑った。
「それも知ってる」
昔なら。
そこで止まったかもしれない。
効率が落ちる。
数字が悪くなる。
最適ではない。
だから不採用。
でも。
「人間って、たぶん」
俺は言った。
「最適じゃない部分で生きてるんだよ」
好きな仕事。
家族との時間。
誇り。
思い出。
数字にしにくいものばかりだ。
「正しい判断だったから仕方ない、で終わらせない」
それが。
今の俺に言える答えだった。
「起きた結果から逃げない。それも責任なんじゃないか」
「今は、許せません」
翌日。
エドガーとリナが向かい合った。
エドガーは痩せた男だった。
疲れ切った顔で。
深く頭を下げた。
「申し訳ありません」
リナは答えない。
「あなたのお父様を傷つけるつもりはありませんでした」
「分かってます」
「……」
「みんな、それを言うから」
エドガーが顔を上げた。
「悪気はなかった」
リナの手が震える。
「正しいと思った」
唇を噛む。
「仕方なかった」
そして。
「そう言われるたびに」
涙が落ちた。
「怒ってる私の方が、間違ってるみたいになるんです」
エドガーは何も言えなかった。
俺も。
言わなかった。
これは。
俺が答える場面じゃない。
「だから」
リナが言う。
「今は、あなたを許せません」
部屋が静まった。
ノアの肩が揺れる。
エドガーは。
しばらく黙ったあと。
「……はい」
そう答えた。
言い訳しなかった。
「でも」
リナが続ける。
「お父さんの仕事を探すのを手伝ってください」
「はい」
「妹を学校に戻してください」
「はい」
「もう」
声が震える。
「数字だけ見て、人をいらないって決めないでください」
エドガーの目から涙が落ちた。
「……約束します」
リナは最後まで。
許すとは言わなかった。
それでいい。
許すことと。
前へ進むことは。
同じじゃない。
許せなくても。
一緒に直していくことはできる。
たぶん。
人間は。
そうやって失敗の続きを生きる。
答えのない隣
その日の夕方。
王城の廊下で、俺は窓辺に座っていた。
疲れた。
魔物と戦う方が楽なんじゃないかと思う。
少なくとも魔物は、
「そもそも責任とは何か」
とか聞いてこない。
「コータロー」
ユリアが隣へ座った。
肩が触れた。
近い。
なのに。
今日は離れようと思わなかった。
「リナ、帰ったよ」
「そっか」
「少しだけ、顔が柔らかくなってた」
「そっか」
夕陽が王都を染めていた。
しばらくして。
ユリアが聞く。
「コータローは?」
「ん?」
「許してほしい?」
一瞬。
意味が分からなかった。
「今まで、自分の判断で傷つけた人たちに」
胸が詰まる。
村。
戦争。
ノア。
正しいと思って選んだことで。
俺も何度も人を傷つけた。
「……許してほしいよ」
「うん」
「できれば全部」
「うん」
「俺は悪くなかったって言ってほしい」
「うん」
「仕方なかったって」
「うん」
でも。
それを求める相手は。
俺じゃない。
「許すかどうかまで、俺が決めちゃ駄目なんだろうな」
ユリアは何も言わない。
ただ。
肩が触れたまま。
そこにいる。
「俺にできるのは」
結果を見る。
逃げない。
できるだけ直す。
そして。
「次に選ぶ時、傷ついた人のことを忘れないことくらいだ」
「それ」
ユリアが俺を見る。
「知識魔法に聞いた?」
「聞いてない」
「正解?」
「知らない」
「そっか」
なぜか。
嬉しそうに笑った。
「何だよ」
「最近のコータロー」
少しだけ。
ユリアの肩が近づく。
「前より、好きかも」
心臓が。
一回。
派手に仕事を放棄した。
「……え?」
「人として」
「今、絶対つけ足しただろ」
「何のこと?」
「こっち見ろ」
「夕陽きれいだね」
「露骨に逃げた!」
耳が赤い。
たぶん。
俺も赤い。
《叡智の書庫》があった頃なら。
きっと聞いていた。
《今の発言に恋愛感情が含まれる確率を算出せよ》
でも。
今は聞けない。
不思議と。
聞けなくてよかった。
そう思った。
それでも、誰が決める?
王都を出る朝。
ノアはずっと黙っていた。
《叡智の書庫》も開いていない。
「ノア」
「はい」
「何考えてる?」
「ラウルさんのことです」
やっぱりか。
「ラウルさんも」
ノアは本を強く抱いた。
「僕を許さなくていいんですよね」
「……ああ」
嘘はつけなかった。
「僕が自分で決めたから」
声が震える。
「僕のせいだから」
「ノア」
「怖いです」
十二歳の顔だった。
正解を出す天才でも。
知識魔法の使用者でもない。
ただの。
怖がっている子どもだった。
「自分で決めるのが」
俺は何も言わない。
「AIに従って失敗したら」
ノアが言う。
「AIのせいにできます」
胸が痛んだ。
「でも」
ノアが俺を見る。
「自分で選んで失敗したら」
一度。
息を吸う。
「僕のせいになる」
「……そうだ」
否定しなかった。
できなかった。
「だったら」
ノアの目に涙が浮かぶ。
「どうして、自分で決めなきゃいけないんですか?」
自由だから。
人間だから。
自分の人生だから。
そんな言葉が。
喉まで出て。
全部、飲み込んだ。
今のノアに。
綺麗な答えを渡してはいけない。
「分からない」
俺は言った。
ノアが目を見開く。
「でも」
「……でも?」
「村へ帰ろう」
「え?」
「ラウルに会う」
ノアの顔から血の気が引いた。
「無理です」
「うん」
「怖いです」
「俺も怖い」
「何を言えばいいか分かりません」
「俺も分からない」
「じゃあ、どうして!」
「分からないからだよ」
ノアが止まった。
俺は。
もう答えを与えなかった。
代わりに。
隣へ立った。
反対側にはユリアが来た。
何も言わず。
俺たちと並んだ。
ノアは。
俺を見る。
ユリアを見る。
そして。
腕の中の《叡智の書庫》を見る。
AIに聞くか。
誰かに決めてもらうか。
自分一人で決めるか。
その三つしかないと。
俺たちは思っていた。
でも。
本当に。
そうなのか?
その瞬間。
《叡智の書庫》が淡く光った。
《第二試験進行中》
続いて。
文字が浮かぶ。
《使用者ノアへ質問》
《次の判断を》
《誰に委ねますか?》
ノアの指が震える。
そして。
いつものように。
俺へ聞いた。
「光太郎さん」
「うん」
「僕は」
泣きそうな声だった。
「どうすればいいですか?」
俺は。
答えなかった。
今度は。
答えを知らないからではない。
もしかしたら。
問いそのものが。
間違っているのかもしれない。
自分か。
他人か。
AIか。
そのどれか一つに。
すべてを背負わせなければならないなんて。
誰が決めた?
ノアの隣に。
俺がいる。
その反対側に。
ユリアがいる。
それでも選ばなければならない。
けれど。
一人で選ばなければならないとは。
どこにも書いていなかった。
《選択してください》
青い文字が明滅する。
ノアは。
震える指を伸ばした。
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「それでも選ぶ」
AIに従えば、AIのせいにできる。
誰かに任せれば、その人のせいにできる。
自分で選べば、自分のせいになる。
失敗すれば。
誰かを傷つけるかもしれない。
それでも、人間はなぜ選ぶのか。
「怖くないんですか?」
次回、第6部最終話。
「それでも選ぶ」




