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第3話「自由を捨てる自由」

第6部「自由の代償」前書き




AIが正しい答えをくれる。




それなら、その答えに従えばいい。




失敗しない。


傷つかない。


後悔しない。




きっと、その方が楽です。




でも。




もし、自分で決めることを選んだら。




間違えるかもしれない。




誰かを傷つけるかもしれない。




「AIの言う通りにしていればよかった」




そう思う日が来るかもしれません。




第6部で描くのは、そんな自由の怖さです。




第5部で、光太郎はノアに伝えました。




AIを捨てろとは言わない。




答えを聞くことも、助けてもらうことも悪くない。




ただ。




最後の一つだけは、自分で決めろ。




人生だけは。




その言葉を受けたノアは、少しずつ自分で選ぶようになります。




朝ご飯を選ぶ。




遊び方を選ぶ。




誰かと話す言葉を選ぶ。




小さな失敗をして。




笑って。




少しずつ、自分の人生を自分の手に取り戻していきます。




けれど。




選択が大きくなった時。




その失敗もまた、大きくなります。




そしてノアは、初めて知ることになります。




自分で決めるということは、結果まで引き受けるということだ。




第6部では、光太郎にも簡単な答えはありません。




「自分で決めろ」と言った側にも責任がある。




AIに従えば助かった未来があったかもしれない。




それでも、人間に選択権を残す意味はあるのか。




AIは答えをくれる。




でも。




その答えを選ぶのは誰なのか。




そして。




選んだ結果を引き受けるのは誰なのか。




物語はここから、さらに苦しく、さらに深くなります。




正解のない未来を。




それでも自分で選ぶために。




第6部「自由の代償」。




始まります。

「パンと卵、どっちがいい?」


朝。


母エマに聞かれたノアは、《叡智の書庫》を開いた。


「十二歳男性。昨日の夕食は野菜スープ。午前中は畑仕事。朝食はパンと卵、どちらが適切?」


《推奨》


《卵》


「卵で」


エマの手が止まった。


「……ノア。それくらい、自分で決めてもいいんじゃない?」


「どうして?」


「どうしてって……」


「僕が決めるより、《叡智の書庫》に聞いた方が正しいよ」


あまりにも普通の口調だった。


「今日、畑へ行くなら何時に出るのが効率的?」


《推奨出発時刻》


《午前七時四十二分》


「七時四十二分」


向かいのミナが眉をひそめる。


「七時四十分じゃ駄目なの?」


「二分早い」


「その二分で人生変わる?」


ノアは少し考え、本へ視線を落とした。


「二分の差が作業効率へ与える影響は」


「聞くな!」


ミナが机を叩いた。


ノアがびくりとする。


「……何で怒るの?」


「今日、午後から川へ行かない?」


「魚を捕るなら、網の方が効率が」


「遊ぶの!」


「分かった」


ノアはまた本を開く。


「午後、友人と魚釣りに行く場合の」


ばたん!


ミナが両手で閉じた。


「行きたい?」


「だから、それを調べようと」


「ノアが!」


声が震えた。


「ノアが行きたいか聞いてるの!」


沈黙。


ノアは答えられなかった。


「……分からない」


ミナの怒りが消えた。


代わりに、ひどく悲しそうな顔になった。


「そっか」


ノアは、その顔の意味も分からなかった。


正しい少年


三日後。


ノアは失敗しなくなった。


畑の水やり。


勉強する順番。


買い物の店。


服。


眠る時間。


誰と話すか。


すべて《叡智の書庫》に聞いた。


忘れ物はゼロ。


遅刻もゼロ。


作業ミスもゼロ。


そして。


ノアは、ほとんど笑わなくなった。


「……まずいな」


村の広場で見ていた光太郎が呟く。


隣のユリアが頷いた。


ノアは老人の荷物を運ぶ前に、本を開いている。


道順。


休憩地点。


最も安全な持ち方。


すべて確認してから歩き出した。


完璧だった。


「転ばない」


ユリアが言う。


「ああ」


「忘れない」


「ああ」


「失敗しない」


光太郎は黙った。


「コータロー」


「分かってる。俺が止めたくなってる」


「うん」


「本を取り上げれば、また自分で考える」


「それを決めるのは誰?」


痛いところを刺された。


「……俺だな」


AIに全部決めさせるな。


自分で選べ。


そう教えた。


なら。


《AIに決めてもらう》


そうノア自身が選んだ時、それを否定する権利が光太郎にあるのか。


「面倒くさいな、自由って」


「今さら?」


「もっと爽やかな言葉だと思ってた」


「爽やか?」


「草原で両手を広げる感じ」


「コータローが?」


「俺じゃなくていいだろ」


ユリアが小さく笑った。


その笑顔に少し救われる。


「自由って、好きなことをする権利だけじゃないんだな」


「うん」


「自由を手放す自由まで認めたら、どこまで止めていい?」


ユリアは答えなかった。


答えがない。


それが、今の二人には分かっていた。


「自由なんて、いらない」


午後。


光太郎はノアを村外れの丘へ連れ出した。


「ラウルさんは?」


ノアが聞く。


「今朝、意識が戻った」


足が止まった。


「……本当ですか?」


「ああ。脚はまだ分からない。でも命は助かりそうだ」


ノアは目を閉じた。


「よかった」


それだけは、本に聞かなかった。


「会いに行くか?」


ノアの表情が固まる。


手が《叡智の書庫》へ伸びた。


「待て」


光太郎が止める。


「今の質問くらい、自分で答えてみないか?」


「……嫌です」


「ノア」


「会って、何を言えばいいんですか」


声が震える。


「謝る? 『助かってよかった』って言う? もし脚が治らなかったら? 僕を恨んでたら?」


光太郎は答えられない。


「分からないんです。何が正しいか」


ノアは本を抱き締めた。


「だから聞くんです。正しい答えを教えてくれるから」


「でも、それじゃ」


「何が悪いんですか?」


光太郎が止まる。


「AIを使うのも自由なんでしょう?」


自分が言ってきた言葉だった。


「使わない自由があるなら、使う自由もある」


「ああ」


「だったら、全部AIに決めてもらう自由だってあるでしょう?」


論理だけなら間違っていない。


「僕は自由に決めました」


ノアはまっすぐ光太郎を見る。


「もう、自分では決めないって」


風が吹き、青い本のページがめくれた。


「自由なんて、いらない」


叫んでいない。


泣いてもいない。


だからこそ。


光太郎には、その言葉が恐ろしかった。


ミナが欲しかったもの


夕方。


「ノア!」


ミナが走ってきた。


「今日、川!」


「ああ」


「二時間待ったんだけど!」


「行くとは言ってない」


ミナの顔が固まる。


「《叡智の書庫》に聞いたら、今日は勉強した方がいいって」


「……またそれ?」


「だって、どうすればいいか分からないから」


「私に聞けばいいじゃん!」


「ミナに?」


「私、ここにいるじゃん!」


夕暮れの道に声が響いた。


「私が怒ってるなら、私に聞いてよ。本じゃなくて!」


「でも、《叡智の書庫》なら正しい答えが」


「じゃあ聞いて。私が今、どうして怒ってるか」


ノアは本を開く。


「友人との約束を」


「違う!」


指が止まった。


「約束を破ったからじゃない。ノアが来なかったから!」


「……同じじゃない?」


「違うよ!」


涙が落ちた。


「私はノアと魚釣りしたかったの!」


ノアは黙る。


「一匹も釣れなくていい。転んでもいい。餌を忘れても」


「それは困ると思う」


「そういうとこ!」


泣きながら怒られた。


「私ね、正しいノアと遊びたいんじゃない」


ミナは涙を拭った。


「ノアと遊びたいの」


その言葉だけは、《叡智の書庫》に入力できなかった。


「最近のノア、食べるものも、勉強も、誰と会うかも、全部本に聞くよね」


「……うん」


「だったら」


ミナは聞いた。


「ノアは、どこにいるの?」


「……え?」


「全部、本が決めてるなら。それって本当にノアが生きてるって言えるの?」


少し離れた場所で、光太郎は二人を見ていた。


口を挟まなかった。


これは、大人が答えを教える場面じゃない。


ノアが青い本を見る。


間違えないための答え。


傷つかないための答え。


後悔しないための答え。


震える指で質問を入力した。


「僕は今、自分の人生を生きていますか?」


《質問を解析中》


ノアが息を呑む。


《回答不能》


「……え?」


《「自分の人生」の定義は、使用者本人の価値判断に依存します》


《客観的な最適解は存在しません》


「答えてよ」


《回答不能》


「何でも知ってるんでしょう?」


《知識と価値判断は異なります》


「じゃあ!」


ノアが叫んだ。


「僕はどうすればいいの!」


青い画面は光っている。


けれど。


答えは、もう出なかった。


ノアは本を閉じる。


その瞬間。


表紙の奥で、誰にも見えない文字が一度だけ明滅した。


《自己決定率:低下停止》


そして、消えた。


正しい判断で、人が傷ついた


翌朝。


王都から馬車が来た。


役人が光太郎へ書簡を差し出す。


「緊急報告です」


知識魔法をめぐる王都の混乱。


禁止を求める者。


自由な使用を求める者。


そして、新しい問い。


《知識魔法の判断に従った者に、結果の責任を問えるのか》


「……何があった?」


「王都の工房です」


知識魔法の計算に従い、古い作業場が閉鎖された。


安全性。


生産効率。


費用。


数字の上では最適だった。


だが、職を失った者がいた。


家族ごと生活に困窮した者もいた。


「知識魔法は、その人を傷つけようとしたわけじゃないよね」


ユリアが言う。


「ああ」


「使った人も?」


「ああ」


「じゃあ……誰が悪いの?」


答えられない。


役人が続ける。


「王都では、判断を下した責任者を処罰しろという声が出ています」


「判断そのものは?」


「数字上は正しかったと」


まただ。


正しい判断。


傷つく人間。


書簡の最後には、アエリアの命令があった。


《至急、王都へ戻られたし》


さらに一行。


《知識魔法の判断に従い、人を傷つけた者を裁くべきか。あなたの意見を聞きたい》


「コータロー」


ユリアが顔を上げる。


「答え、ある?」


「ない」


光太郎は即答した。


以前なら。


無理にでも正解を探したかもしれない。


今は違う。


「だから行く」


「答えを探しに?」


「みんなで考えるために」


「光太郎さん」


後ろにノアがいた。


《叡智の書庫》を抱えている。


「その人は、AIの言う通りにしたんですよね」


「ああ」


「じゃあ、その人は悪くないんじゃないですか?」


ラウルの妻の涙。


ミナの涙。


正しい判断で傷ついた人間を、光太郎はもう知っている。


「分からない」


「……光太郎さんでも?」


「ああ」


光太郎は苦く笑った。


「間違える自由があるからって、傷つけられた人に『許せ』とは言えないだろ」


ノアの指が、《叡智の書庫》の表紙を強く掴んだ。


王都では今。


二つの声がぶつかり始めていた。


「知識魔法を禁止しろ!」


「AIに従っただけの人間を罰するな!」


使う自由。


使わない自由。


自分で決める自由。


自由を捨てる自由。


その先に待っていたのは。


もっと厄介な問いだった。


間違えた人間を。


それでも、許せるのか。


第6部 第3話 完

次回 第6部 第4話

「間違えた人間を許せるか」


正しい判断だった。

悪意もなかった。

それでも、一人の人生が壊れた。


「間違える自由があるなら、傷つけられた側は我慢しろっていうんですか?」


王都で突きつけられる、被害者側からの問い。


AIの正解では裁けないものを前に、

光太郎は「自由」の次にある責任と向き合う

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