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第5話 AIを捨てろとは、俺には言えない

第5部「第二のAI使い」




世界から《叡智の書庫》が消えた。




正解を失った光太郎たちは、それでも自分たちで考え、間違え、選びながら前へ進み始めます。




けれど、その頃。




遠く離れた小さな村で、一人の少年の前に青い本が現れていました。




十二歳の少年、ノア・ベルン。




彼が最初に願ったのは、力でも、お金でもありません。




病気の母親を助けること。




《叡智の書庫》は、その願いに答えます。




病気を救い。




村の問題を解決し。




飢えを遠ざけ。




少年はやがて「神童」と呼ばれるようになる。




それは、かつて光太郎が歩いた道とよく似ています。




AIは、人を救える。




知識は、人生を変えられる。




それは間違いありません。




だからこそ、第5部ではもう一歩先へ進みます。




正しい答えをいつでも教えてもらえる人間は、自分で選ぶ必要があるのでしょうか。




間違えない。




失敗しない。




迷わない。




そんな人生は、本当に幸せなのか。




そして、かつてAIだけを武器に異世界を生き抜いた光太郎は、自分と同じ力を手に入れた少年と出会ったとき、何を伝えるのか。




「AIを使うな」とは言えない。




なぜなら。




誰よりもAIに救われたのは、光太郎自身だから。




第5部「第二のAI使い」。




これは、新しいAI使いの物語であると同時に。




光太郎が、かつての自分と向き合う物語です。




それでは、第1話。




「AIを手に入れた少年」




始まります。

間違える自由


《問い》

《人間に》

《間違える自由を》

《与えるべきですか?》


青い文字が、朝の広場に浮かんでいた。


誰も答えない。


村人も。ノアも。ユリアも。

そして俺も。


今まで散々、俺たちは《叡智の書庫》に答えを求めてきた。


どうすれば村を救える。

疫病を止められる。

戦争を終わらせられる。


そのAIが今、俺たちに聞いている。


人間は、間違えてもいいのか。


「神谷様」


村人の男が口を開いた。


「やはり、その本は危険です。子どもに持たせるべきではない」


正論だ。


十二歳の少年に、人間を超える知識を与える。

農業も、医療も、商売も、使い方を間違えれば人を傷つける。


取り上げればいい。

それが一番安全だ。


俺はノアを見る。


青い本を胸に抱いている。


「ノア。その本、怖いか?」


「……怖いです」


意外だった。


「でも、母さんを助けてくれました。村も助けてくれた。僕に、できることをくれた」


痛いほど分かった。


俺もそうだった。


剣も使えない。魔法も使えない。

異世界の常識すら知らなかった俺に、《叡智の書庫》だけがあった。


だから。


俺には言えない。


捨てろ、なんて。


「その本は取り上げません」


ざわめきが広がった。


「ですが!」


「危険なのは分かっています」


俺は村人を見る。


「でも、危険だから選ばせない。失敗するから、正しい誰かが代わりに決める。それじゃゼノスと同じです」


人間は間違える。

だから、正しい存在が決めればいい。


それを否定してきた俺が、今度はノアに同じことをするのか。


「ノア」


「はい」


「お前が決めろ。その本を使うかどうか」


ノアは固まった。


そして当然のように《叡智の書庫》を見る。


「待て」


「え?」


「今それに聞いたら全部台無しだ!」


「あ……」


ユリアが額を押さえた。


「コータロー。前途多難だね」


「知ってる」


ノアは顔を赤くした。


「す、すみません」


「謝るな。昔の俺なら、たぶんもっと速く開いてた」


「慰めになってません」


「俺にもなってない」


村人から小さな笑いが漏れた。


俺はもう一度言う。


「自分で決めろ」


長い沈黙。


ノアは本を見た。

母親を見た。ミナを見た。

最後に俺を見た。


「使いたいです」


小さいけれど、AIの回答ではない声だった。


「僕は、この本を使いたい」


俺は頷いた。


「分かった」


《使用継続意思を確認》

《回答を記録》


再び問いが浮かぶ。


《人間に間違える自由を与えるべきですか?》


「知らねえよ」


全員が俺を見た。


「そんな大問題、俺一人に決めさせるな」


青い文字は沈黙している。


「ただ、少なくとも」


ノアを見る。


「こいつが間違える権利まで、俺が取り上げるつもりはない」


文字が静かに消えた。


一日一回、自分で決めろ


村長宅。


俺たちはテーブルを囲んでいた。


「で、話って何ですか?」


「ルールを作る」


ノアの背筋が伸びる。


「AIは使っていい」


顔が明るくなる。


「はい!」


「ただし。一日一回だけ、AIに聞かずに決めろ」


「……それだけ?」


「それだけ」


「何を?」


「何でもいい」


「農業?」


「もっとどうでもいいことでいい」


ノアは本気で困った顔をした。


「どうでもいいことを決める意味って何ですか?」


「知らん」


「えっ」


ユリアが吹き出した。


「コータロー、先生向いてない」


「俺も今そう思った」


「光太郎さん!」


「意味はある。たぶん」


「たぶん!?」


俺は咳払いした。


AIは大きな決断だけを奪うんじゃない。


何を食べる。

何を着る。

誰と話す。


そんな小さな選択から、自分で決める感覚は少しずつ消えていく。


「ノア。今日の夕飯、何食べたい?」


少年が止まった。


視線が青い本へ向かう。


「見るな」


「見てません!」


「めちゃくちゃ見てる!」


ノアは渋々、本を閉じた。


一分。

二分。


「夕飯決めるだけだぞ?」


「難しいんです!」


「戦争より?」


「戦争なら条件があります!」


妙に納得した。


戦争なら兵力、地形、食糧、目的がある。

条件を入力すれば答えが出る。


でも、「何を食べたい?」には正解がない。


やがてノアが顔を上げた。


「シチュー」


「理由は?」


「……食べたいから」


俺は笑った。


「正解」


ユリアが脇腹をつつく。


「コータロー」


「あ」


「今の言い方、最低」


「訂正します」


ノアを見る。


「正解じゃない。不正解でもない」


「じゃあ?」


「お前が選んだ。それでいい」


ノアはしばらく黙っていた。


そして、小さく笑った。


「……はい」


初めての失敗


夕方。


なぜか俺は厨房にいた。


「どうしてこうなった?」


「自分で選んだから、自分で作ってみたいんです」


ノアの教育意欲は素晴らしい。


問題は。


「俺、料理できないぞ」


「光太郎さんなら何でもできると思ってました」


「その幻想を捨てるところから始めよう」


ユリアが壁にもたれて笑う。


「私、手伝おうか?」


「頼む」


「駄目」


「なんで!?」


「間違える自由」


「料理で実践する必要ある!?」


結局、ノアは自分で作った。


野菜。肉。水。塩。香草。


途中までは順調だった。


「味が薄いです」


「塩?」


少し入れる。


「まだ薄い」


もう少し。


「待て、ノア」


遅かった。


ざばっ。


二人で鍋を見る。


「……」


「……」


味見。


俺は静かに天井を見た。


「海」


「え?」


「海がある」


ユリアも味見した。


「海だね」


その後、水を足し、牛乳を入れ、火加減を間違えた。


そして。


焦げた。


母親のエマが飛び込んでくる。


「何が燃えてるの!?」


「ノアの自由です!」


「光太郎さん!?」


最終的に食卓へ並んだのは、少し焦げて、かなりしょっぱくて、妙に白いシチューだった。


ノアが恐る恐る聞く。


「……おいしいですか?」


ミナが水を二杯飲んだ。


「喉渇く」


「それ味の感想じゃない!」


エマは優しく笑った。


「私は好きよ。ノアが作ってくれたから」


「味は?」


「……好きよ」


「母さん!」


ユリアは一口食べた。


「面白い味」


「逃げた!」


最後に俺を見る。


「光太郎さん。正直に言ってください」


俺はもう一口食べた。


「まずい」


ノアの肩が落ちた。


「……失敗しました」


「そうだな」


昔の俺なら原因を分析しただろう。


失敗要因。

改善策。

次回成功率。


でも今日は違う。


俺はノアの頭を軽く叩いた。


「おめでとう」


「え?」


「初めて失敗したな」


「褒めるところですか!?」


「大事なところだ」


「シチュー焦がしたのに?」


「ああ」


「まずいのに?」


「かなり」


「そこは否定してください!」


笑いが起きた。


だが、ノアはやがてシチューを見つめた。


「AIに聞けば、失敗しなかった」


その通りだ。


レシピも温度も塩の量も、《叡智の書庫》なら教えただろう。


「失敗って、必要なんですか?」


俺は少し考えた。


「必要とは言わない。しなくていい失敗なら、しない方がいい」


ノアが顔を上げる。


「でも、失敗するかもしれないからって全部誰かに決めてもらったら、そのうち自分が何を選びたかったのかも分からなくなる」


今日のシチューはまずい。


でも。


「お前が食べたいって決めた。作るって決めた。失敗した」


「……はい」


「だから、次にどうするかもお前が決められる」


ノアはもう一口食べた。


顔をしかめる。


「次は塩を減らします」


「まずそこだな」


「火も弱くします」


「ああ」


少年は笑った。


「次は、もっとおいしくします」


「ああ」


答えのない夜


夜。


村の外で、俺とユリアは並んで星を見ていた。


最近、気づけばこうして隣にいる。


約束したわけでもないのに。


肩が触れる。


どちらも離れなかった。


「コータロー」


「ん?」


「今日、ちょっと先生っぽかった」


「ちょっと?」


「ほんのちょっと」


「評価が渋い」


ユリアが笑う。


「ノア君、大丈夫かな」


「分からない」


「そこは即答なんだ」


「あいつは俺じゃないからな」


俺みたいに失敗するかもしれない。

俺よりひどい失敗をするかもしれない。


AIに全部任せた方が幸せかもしれない。


それでも。


「俺があいつの人生を決めるのは違う」


「うん」


「AIにも決めさせたくない」


「じゃあ誰が決めるの?」


「ノアだよ」


ユリアが笑った。


「やっと答えた」


少しだけ、彼女の肩が俺へ寄る。


「じゃあ、私のことは?」


「え?」


「誰が決めるの?」


脳が止まった。


「何を?」


「さあ?」


ユリアは立ち上がった。


「自分で考えて」


「待て」


「AIに聞いちゃ駄目だよ」


「そもそも今ない!」


「じゃあ頑張って」


歩いていく背中を見る。


恋愛。


やっぱりAIより難しい。


最後の一個


翌朝。


出発前、ノアが俺の前に立った。


青い《叡智の書庫》を持っている。


昨日までのように胸へ抱いてはいない。


ただ、手に持っていた。


「昨日の約束、続けます」


「一日一回?」


「はい」


「続けろ。増やしたければ増やせ。減らしたければ減らせ」


「全部AIに聞きたくなったら?」


「聞けばいい」


ノアが驚く。


「いいんですか?」


「ああ」


俺は本を見る。


「俺はお前に、AIを捨てろとは言わない」


便利だ。

人を救える。

俺自身、何度も救われた。


敵じゃない。

悪でもない。


「でも、一つだけ覚えとけ」


「何ですか?」


「最後の一個だけは、自分で決めろ」


「最後の一個って?」


俺は笑った。


「人生だよ」


ノアが目を丸くする。


「……大きすぎません?」


「俺も言ってから思った」


「昨日まで夕飯の話だったのに!」


後ろでユリアが笑った。


今日、何を食べるか。

誰と話すか。

どこへ行くか。


そんな小さな選択を積み重ねた先に、たぶん人生がある。


第二試験


「じゃあな」


俺とユリアは馬へ向かう。


「また来てください!」


「ああ」


「今度はもっとおいしいシチュー作ります!」


「期待値は低めにしとく」


「ひどい!」


笑いながら馬へ乗る。


「コータロー」


「何?」


「反対」


「え?」


馬が逆を向いていた。


「……今のなし」


「村のみんな見てるよ」


「出発!」


「その向きじゃ王都に帰れない!」


ノアの笑い声が響いた。


その瞬間。


青い光。


ノアの《叡智の書庫》が、勝手に開いた。


《使用者ノアによるAI推奨拒否を確認》


笑い声が止まる。


《選択履歴を記録》


続いて。


《第二試験》

《開始》


「……第二試験?」


ノアの声が震える。


《試験対象》

《ノア》


「僕……?」


そして。


《検証項目》

《人間は》

《自ら選択した結果を》

《引き受けることができるか》


背筋が冷えた。


昨日のシチューなら笑えた。


焦げても、しょっぱくても、誰も傷つかない。


でも。


次の失敗が、笑えないものだったら?


ノアが俺を見る。


「光太郎さん」


「うん」


「僕、自分で決めて、間違えてもいいんですよね?」


すぐには答えられなかった。


失敗には代償がある。


時には誰かが傷つく。

取り返せないことだってある。


それでも、人間に間違える自由を与えるべきなのか。


「ノア」


「はい」


「分からない」


少年が目を見開く。


「光太郎さんでも?」


「ああ」


俺はノアの前へ歩く。


「だから、一緒に考えよう」


ノアはしばらく俺を見て。


小さく頷いた。


その時の俺は、まだ知らなかった。


ノアが次にAIの答えを拒否し、自分で選ぶことになるものが。


シチューの味なんかでは済まないことを。


第5部 第5話「AIを捨てろとは、俺には言えない」完

次回 第6部 第1話

「自分で決めて、人を傷つけた」


AIの答えを拒否し、初めて自分の判断で選んだノア。


だが、その選択は失敗する。


そして誰かが傷ついた。


「AIに従えばよかった」


自由とは、選べることなのか。

それとも、選んだ結果まで引き受けることなのか。


正解を手放した少年が、初めて「選択の代償」を知る。

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