第1話 自分で決めて、人を傷つけた
第6部「自由の代償」前書き
AIが正しい答えをくれる。
それなら、その答えに従えばいい。
失敗しない。
傷つかない。
後悔しない。
きっと、その方が楽です。
でも。
もし、自分で決めることを選んだら。
間違えるかもしれない。
誰かを傷つけるかもしれない。
「AIの言う通りにしていればよかった」
そう思う日が来るかもしれません。
第6部で描くのは、そんな自由の怖さです。
第5部で、光太郎はノアに伝えました。
AIを捨てろとは言わない。
答えを聞くことも、助けてもらうことも悪くない。
ただ。
最後の一つだけは、自分で決めろ。
人生だけは。
その言葉を受けたノアは、少しずつ自分で選ぶようになります。
朝ご飯を選ぶ。
遊び方を選ぶ。
誰かと話す言葉を選ぶ。
小さな失敗をして。
笑って。
少しずつ、自分の人生を自分の手に取り戻していきます。
けれど。
選択が大きくなった時。
その失敗もまた、大きくなります。
そしてノアは、初めて知ることになります。
自分で決めるということは、結果まで引き受けるということだ。
第6部では、光太郎にも簡単な答えはありません。
「自分で決めろ」と言った側にも責任がある。
AIに従えば助かった未来があったかもしれない。
それでも、人間に選択権を残す意味はあるのか。
AIは答えをくれる。
でも。
その答えを選ぶのは誰なのか。
そして。
選んだ結果を引き受けるのは誰なのか。
物語はここから、さらに苦しく、さらに深くなります。
正解のない未来を。
それでも自分で選ぶために。
第6部「自由の代償」。
始まります。
「僕が決めます」
ノア・ベルンは、確かにそう言った。
AIではない。
光太郎でもない。
自分で考え、自分で選んだ。
だから。
血まみれのラウルが運ばれてきた時。
ノアには、逃げる場所がなかった。
「包帯!」
「止血しろ!」
「意識が落ちるぞ!」
怒号。
泥。
血の匂い。
その中心で、ラウルが横たわっている。
右脚は不自然に曲がり、呼びかけにも反応しない。
ノアの手が震えた。
「……僕が」
ほんの一時間前。
この手で未来を選んだ。
「僕が、決めたから……?」
腕の中で《叡智の書庫》が青く光る。
答えなら、ここにある。
そう言っているように。
ノアは。
その光を見ることができなかった。
1 朝食を選ぶ英雄
三日前。
ベルン村は平和だった。
「今日は何食べるの?」
ミナが聞いた。
「……」
ノアは朝食を睨んでいた。
パン。
粥。
卵。
山羊のチーズ。
母エマが首を傾げる。
「ノア?」
「待って。今、考えてる」
「朝ご飯を?」
「大事なんだよ!」
第5部で、光太郎から言われた。
一日に一度だけでもいい。
AIに聞かず、自分で決めろ。
だからノアは今、人生を賭ける勢いで朝食を選んでいた。
そして十分後。
「パン!」
ミナが真顔で言った。
「十分考えて、それ?」
「うるさい!」
ノアは胸を張ってパンをかじる。
次の瞬間。
「硬っ!」
「昨日のだからね」
エマが笑った。
ノアは反射的に《叡智の書庫》へ手を伸ばしかける。
硬くなったパンを美味しく食べる最適解。
聞けば一秒だ。
でも。
手を止める。
「……」
「スープにつければ?」
ミナが言った。
ノアの目が輝く。
「天才!」
「それくらい自分で考えてよ」
その時だった。
村の入口から悲鳴が響いた。
「うわあああああ!」
どさっ。
三人が窓を見る。
ノアはため息をついた。
「光太郎さんだ」
「まだ見てないよ?」
「たぶん」
外へ出る。
案の定。
藁の山から、黒髪の青年が起き上がった。
「今回はちゃんと着地した!」
馬上のユリアが冷静に返す。
「落馬を着地って呼ぶのやめよう?」
「前回より進歩してる!」
「比較対象が地面だよ、コータロー」
ノアは笑った。
最初、光太郎は英雄だった。
次に、すごい人になった。
その後、よく失敗する人になった。
今は。
「普通の人」
「今、何か言った?」
藁を頭につけた英雄が振り返る。
「何でもありません!」
ユリアが小声で言った。
「普通で合ってるよ」
「聞こえてる!」
2 AIを捨てるな
水路沿いを歩きながら、光太郎が聞いた。
「どうだ?」
「何がです?」
「自分で決める生活」
ノアは考える。
「面倒です」
「だよな」
「時間かかります」
「だよな」
「間違えます」
「だよな」
ノアはむっとした。
「勧めた人が全部肯定しないでください」
「俺だって面倒だからな」
「じゃあ何で勧めたんですか」
「俺もまだ考えてる」
ノアは目を丸くした。
英雄なのに。
答えを持っていない。
以前なら、不安になった。
今は少しだけ。
安心する。
「でも」
ノアは言った。
「前より楽しいです」
光太郎が笑った。
「なら、よかった」
少し後ろを歩くユリアとミナを見る。
昨日はミナと魚を捕った。
魚には逃げられた。
二人とも泥だらけになった。
AIに聞けば、もっと効率のいい場所も方法も分かっただろう。
でも。
楽しかった。
「光太郎さん」
「ん?」
「AIは使っていいんですよね?」
「ああ」
答えは即答だった。
「使え」
「え?」
「便利なものをわざわざ捨てる必要はない」
光太郎はノアを見る。
「でも、最後に決めるのは?」
ノアは胸を張った。
「僕です」
「そういうこと」
AIは敵じゃない。
知識をくれる。
人を助けてくれる。
ただ。
人生まで預けない。
それでいい。
ノアは本気でそう思っていた。
その日の昼までは。
3 六十一パーセント
警鐘が鳴った。
四回。
ノアの顔色が変わる。
「水害警報……!」
村人が駆けてくる。
「北の貯水池だ! 水門が壊れた!」
全員が走った。
貯水池へ着いた瞬間。
ノアにも分かった。
まずい。
木製水門が大きく傾いている。
隙間から濁流が噴き出し、木材が悲鳴のような音を立てていた。
完全に崩れれば、村へ大量の水が流れ込む。
ノアは迷わず《叡智の書庫》を開いた。
こういう時は使う。
AIを捨てることが目的じゃない。
「水門崩壊を防ぐ方法!」
水位。
地形。
損傷。
人員。
入力する。
答えはすぐ出た。
《推奨案》
《東側排水路を開放》
《貯水池水位を緊急低下》
「東……」
ノアの顔が固まる。
東へ流せば、村中心部は助かる。
代わりに。
畑が沈む。
家が二軒流される。
その一軒は。
ミナの家だった。
《即時実行を推奨》
「どうした?」
光太郎に画面を見せる。
「東を開けば、村は助かります」
「東には?」
ノアは答えられなかった。
「うち」
ミナが言った。
その声だけで。
全員が理解した。
ノアはAIへ尋ねる。
「他の方法は?」
《第二案》
《水門を人力補強》
《成功確率:61%》
村長が息を呑んだ。
「四割近く失敗するのか」
《失敗時》
《村中心部への浸水可能性》
水門が軋む。
時間がない。
「ノア」
ミナが言った。
「東を開けて」
「……」
「うちは、また建てればいいから」
笑っている。
でも。
指が震えていた。
あの家は、亡くなった父親が残した家だ。
AIは迷わない。
《即時実行を推奨》
合理的だ。
正しい。
人的被害を最小にできる。
以前のノアなら。
もう東を開いていた。
「……嫌だ」
「ノア?」
「水門を補強します」
村長が叫ぶ。
「六十一パーセントだぞ!」
「分かってます!」
「東を開けば確実に村を守れる!」
「分かってる!」
声が裏返った。
怖い。
間違っているかもしれない。
それでも。
ノアはミナを見る。
「最初から誰かに全部捨ててもらう答えを」
《叡智の書庫》を閉じた。
「僕は、選びたくない」
沈黙。
光太郎が聞く。
「自分で決めたか?」
ノアは頷いた。
「はい」
次の瞬間。
光太郎が叫んだ。
「水門を補強する!」
「神谷様!」
村長が振り返る。
「俺もやる!」
ノアが驚いた。
「光太郎さん」
「十二歳一人に世界の命運を背負わせるほど、俺は鬼じゃない」
ユリアが弓を構える。
「コータロー」
「何?」
「今のちょっと格好よかった」
「ちょっと?」
「早く行くよ」
「そこは全部褒めろよ!」
4 自分で選んだ結果
「丸太!」
「こっちだ!」
「縄を回せ!」
村人たちが走る。
ノアは《叡智の書庫》を開いた。
決断は自分でする。
方法はAIから借りる。
「支柱を斜めに!」
「どのくらいだ!」
「四十五度前後!」
「最初からそう言え!」
濁流。
泥。
怒号。
その時。
ユリアが上流を指した。
「コータロー!」
巨大な倒木。
水門へ向かって流れてくる。
「縄を!」
光太郎たちが走る。
倒木へ縄をかける。
「引けえええ!」
ノアも加わった。
腕がちぎれそうになる。
倒木の向きが変わる。
水門の脇を抜けた。
「やった!」
その瞬間。
ばきっ。
別の音。
「支柱が!」
ラウルが走った。
「俺が行く!」
「待って!」
ノアの声は届かない。
ラウルが新しい支柱を押し込む。
水門が止まる。
「入ったぞ!」
そして。
ばきん。
梁が外れた。
「ラウル!」
光太郎が叫ぶ。
振り返ったラウルの身体へ。
巨大な木材が落ちた。
どん。
鈍い音。
男が地面へ叩きつけられる。
「……え?」
血が広がった。
「ラウル!」
ボル老人が駆け寄る。
ノアは動けなかった。
「水門が崩れるぞ!」
誰かが叫ぶ。
光太郎がノアの肩を掴む。
「ノア!」
「でも、ラウルさんが!」
「今は水門だ!」
「僕が」
「ノア!」
光太郎が怒鳴った。
「今、決めろ!」
残酷だった。
傷ついた男。
壊れかけた水門。
村。
また選ばなければならない。
逃げたい。
AIに全部決めてもらいたい。
でも。
ノアは涙を拭った。
「補強を続ける!」
声は震えていた。
「右側に支柱!」
村人たちが動く。
「西へ少しずつ排水!」
AIの知識を借りる。
自分で判断する。
また聞く。
また考える。
一時間後。
水位が下がった。
水門は。
耐えた。
村は助かった。
東の畑も。
ミナの家も。
助かった。
歓声が上がった。
ノアだけが。
笑えなかった。
足元に。
ラウルの血が残っていた。
5 「ありがとう」が痛い
「呼吸はある!」
ボル老人が叫ぶ。
「だが、脚がひどい!」
ラウルの意識は薄い。
ノアは《叡智の書庫》を開こうとして。
止まった。
怖かった。
AIが。
もし。
東を開いていれば、この事故は起きなかった。
そう答えたら。
「ノア」
光太郎だった。
「開け」
「……」
「今は、ラウルを助けるために使え」
ノアは唇を噛んだ。
そして開く。
症状を入力。
《緊急対応》
「止血を続けて!」
「やってる!」
「脚を無理に戻さない!」
「分かった!」
「身体を冷やさないで!」
AIは次々に答える。
人を助ける。
やっぱり必要だ。
だから。
余計に苦しい。
ラウルを乗せた馬車が王都へ向かう。
妻が泣いていた。
幼い息子が父親の手を握る。
「父ちゃん……」
ノアは目を逸らした。
「ノア」
振り返る。
ミナだった。
「ありがとう」
胸を刺されたようだった。
「……何が?」
「うち」
ミナは泣きそうな顔で笑った。
「守ってくれて、ありがとう」
「やめて」
「え?」
「ありがとうって言わないでよ」
「ノア?」
「だって」
ラウルを乗せた馬車を見る。
「僕が東を開いてたら」
その先は言えなかった。
6 人的被害、ゼロ
夕方。
水門の前に。
ノアと光太郎が座っていた。
「聞かないんですか?」
「何を?」
「どっちが正しかったか」
光太郎は答えなかった。
ノアは《叡智の書庫》を開く。
「今日、東側排水路を開いていた場合」
指が震える。
「ラウルさんは負傷しましたか?」
《シミュレーション》
数秒。
《AI推奨案実行時》
《村中心部浸水回避》
《人的被害予測》
《0》
ノアは画面を見つめた。
「……ゼロ」
涙が落ちる。
「ゼロだって」
光太郎は黙っていた。
「僕が」
ノアの喉が震えた。
「間違えた」
「……」
「僕が決めたから、ラウルさんが怪我した」
光太郎が答えた。
「そうだ」
ノアが顔を上げた。
違う。
そう言ってほしかった。
お前のせいじゃない。
誰にも分からなかった。
運が悪かっただけだ。
そう言ってほしかった。
でも。
光太郎は逃げなかった。
「お前の判断が事故につながった可能性はある」
ノアの顔が歪んだ。
「だったら!」
立ち上がる。
「何で自分で決めろって言ったんですか!」
光太郎は黙って受け止める。
「AIなら正解を出した!」
「かもしれない」
「僕が決めなければ、ラウルさんは怪我しなかった!」
「かもしれない」
「だったら!」
《叡智の書庫》を突き出す。
「全部こいつに決めてもらえばいいじゃないですか!」
少年の声が水面を震わせた。
「自分で考えるって!」
涙が止まらない。
「人を傷つけることなんですか!」
光太郎の胸が痛んだ。
自由。
選択。
自己決定。
言葉にすれば綺麗だ。
でも。
自分で選ぶということは。
間違えるということでもある。
「答えてください!」
ノアが叫んだ。
「自由って!」
十二歳の顔に。
初めて本物の恐怖が浮かんでいた。
「こんなに怖いものなんですか!」
光太郎は答えた。
「怖いよ」
ノアが止まった。
7 英雄だって、後悔する
「俺だって毎回怖い」
「嘘だ」
「本当だ」
「光太郎さんは英雄だから」
「英雄って便利な言葉だな」
光太郎は苦笑した。
「失敗しても人間扱いしてもらえない」
ノアが黙る。
「あれでよかったのか。別の方法があったんじゃないか。もっと救えたんじゃないか」
光太郎は自分の手を見る。
「俺は、自分で決めたことを何度も後悔してる」
「じゃあ」
「でも」
ノアを見る。
「AIに全部渡せば、後悔しなくなるわけじゃない」
今日。
東を開けば。
人的被害はゼロだったかもしれない。
その代わり。
ミナの家は流された。
「その時」
光太郎が聞く。
「ミナの家を捨てた責任は誰が取る?」
「AIが……」
ノアは途中で止まった。
光太郎は首を振る。
「AIは謝らない」
「……」
「家を建て直さない」
「……」
「泣いてるミナの隣に座ってくれるわけでもない」
沈黙。
「どっちを選んでも、代償はあった」
「じゃあ……」
ノアが泣いた。
「正解は?」
光太郎は水面を見る。
「なかったのかもしれない」
「そんなのずるいよ」
「うん」
「答えになってない」
「知ってる」
「何で」
ノアの声が震える。
「そんなものを僕たちが選ばなきゃいけないんですか」
光太郎は。
答えられなかった。
「一人で決めるからじゃない?」
ユリアの声。
いつからいたのか。
ノアの反対側に座る。
「今日のこと、本当にノア君一人で決めた?」
「僕が決めました」
「村長もいた」
「……」
「コータローもいた」
「……」
「ミナも、自分の家を捨てていいって言った」
ユリアは優しく笑った。
「みんな、選択の中にいたよ」
ノアは黙る。
光太郎も。
その言葉を胸の中で繰り返した。
自由とは。
一人で全部背負うことではない。
まだ。
それをうまく言葉にはできなかった。
8 十二歳に殴られる英雄
「光太郎さん」
ノアが立ち上がった。
「ん?」
ぱん。
頬に衝撃。
三人とも固まった。
「……殴った?」
ノアの顔が青ざめる。
「ご、ごめんなさい!」
光太郎は頬を押さえた。
「結構痛い」
「すみません!」
「昔の俺を殴りたいとは言ったけど」
ノアを見る。
「今の俺まで殴れとは言ってない」
ユリアが吹き出した。
「コータロー」
「何?」
「ついに十二歳に殴られたね」
「経歴に追加するな!」
ノアも。
泣きながら笑った。
ほんの少し。
それでいい。
光太郎は少年へ言った。
「怒っていい」
「……」
「俺にも。自分にも。AIにも」
ノアが青い本を見る。
「でも、今日全部決めなくていい」
「そんなのも、ありなんですか?」
「ああ」
「AIに聞かなくても?」
「聞いてもいい」
「どっちなんですか!」
「そこは自分で決めろ」
ノアが睨む。
「……やっぱり光太郎さん、ずるい」
「最近よく言われる」
「誰に?」
「主にユリア」
「私は『面倒くさい』って言ってる」
「もっと悪かった!」
三人が笑った。
それでも。
ラウルの血は。
水門の前に残っていた。
9 AIなら、救えたかもしれない
翌朝。
馬が村へ飛び込んできた。
「神谷様は!?」
王都からの兵士だった。
光太郎が走る。
「ここだ!」
兵士は馬から飛び降りた。
「ラウル殿の容体が悪化しました」
ノアの呼吸が止まる。
「何が?」
「高熱と意識障害です」
光太郎が書簡を読む。
表情が変わった。
ノアは《叡智の書庫》を開いた。
症状。
受傷時刻。
事故直後の処置。
治療開始までの時間。
入力。
《緊急》
文字が並ぶ。
そして。
《受傷直後に特定の処置を実施していれば》
ノアの指が止まった。
《重症化リスクを低減できた可能性があります》
「……え?」
さらに。
文字が現れる。
《当時》
《AIへの問い合わせが行われていません》
世界から音が消えた。
昨日。
ラウルが倒れた時。
水門が壊れかけていた。
村人が叫んでいた。
自分で決めなければ。
逃げてはいけない。
そればかり考えていた。
だから。
AIへ聞くのが。
遅れた。
「光太郎さん……」
ノアの声がかすれる。
「僕が」
光太郎が画面を見る。
「AIに、もっと早く聞いてたら」
言いたくない。
でも。
聞かなければならない。
「ラウルさん」
涙が一滴。
青い光の上へ落ちた。
「もっと早く、助けられた?」
《叡智の書庫》は。
慰めなかった。
責めもしなかった。
ただ。
答えた。
《可能性があります》
ノアの手から。
本が落ちた。
「僕が……」
膝から崩れる。
「僕がAIを使わなかったから……?」
光太郎は。
答えられなかった。
AIに従うことが。
間違いとは限らない。
自分で考えることが。
正しいとも限らない。
自由を選べば。
間違える。
時には。
誰かを傷つける。
そして。
もっと残酷なことに。
AIなら救えたかもしれない命さえある。
ノアは床に落ちた《叡智の書庫》を見つめた。
もう。
便利な本には見えなかった。
敵にも。
救いにも。
見えない。
ただ。
自分が選ばなかった未来を。
知っている存在。
それが。
何より怖かった。
第6部 第1話 完
次回 第2話「AIなら救えた命」
王都の治療院。
眠り続けるラウルの傍らで。
ノアは何度も《叡智の書庫》へ同じ問いを投げる。
もし、AIに従っていたら。
もし、自分で決めなかったら。
もし。
「間違える自由」なんて選ばなかったら。
そして。
ラウルの妻がノアへ問う。
「どうして、AIの言う通りにしなかったの?」
十二歳の少年には。
答えられなかった。
自由には。
自分だけでは払えない代償がある。




