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22/31

第2話 失敗しない子ども

第5部「第二のAI使い」前書き




世界から《叡智の書庫》が消えた。




正解を失った光太郎たちは、それでも自分たちで考え、間違え、選びながら前へ進み始めます。




けれど、その頃。




遠く離れた小さな村で、一人の少年の前に青い本が現れていました。




十二歳の少年、ノア・ベルン。




彼が最初に願ったのは、力でも、お金でもありません。




病気の母親を助けること。




《叡智の書庫》は、その願いに答えます。




病気を救い。




村の問題を解決し。




飢えを遠ざけ。




少年はやがて「神童」と呼ばれるようになる。




それは、かつて光太郎が歩いた道とよく似ています。




AIは、人を救える。




知識は、人生を変えられる。




それは間違いありません。




だからこそ、第5部ではもう一歩先へ進みます。




正しい答えをいつでも教えてもらえる人間は、自分で選ぶ必要があるのでしょうか。




間違えない。




失敗しない。




迷わない。




そんな人生は、本当に幸せなのか。




そして、かつてAIだけを武器に異世界を生き抜いた光太郎は、自分と同じ力を手に入れた少年と出会ったとき、何を伝えるのか。




「AIを使うな」とは言えない。




なぜなら。




誰よりもAIに救われたのは、光太郎自身だから。




第5部「第二のAI使い」。




これは、新しいAI使いの物語であると同時に。




光太郎が、かつての自分と向き合う物語です。




それでは、第1話。




「AIを手に入れた少年」




始まります。

正しい答えしか選ばなければ、人生は幸せになるのだろうか

ノア・ベルンは、朝食を選ぶのをやめた。

正確には。

自分で選ぶのをやめた。

「ノア」

母のエマが、鍋の前で振り返る。

「パンとお粥、どっちがいい?」

以前なら。

パン。

と答えた。

焼いたパンに少しだけ蜂蜜をつけるのが好きだったからだ。

でも今は。

ノアの手が。

自然に青い本へ伸びる。

《叡智の書庫》

ページが開く。

「今日の午前中は畑の排水確認と、水路の補修があります。朝食はパンとお粥のどちらが適切?」

数秒。

《推奨》

《穀物粥》

《水分摂取と消化性を考慮した場合、現状ではこちらを推奨します》

「お粥」

ノアは即答した。

エマが。

鍋を持ったまま。

ほんの少しだけ動きを止めた。

「……そう」

「どうしたの?」

「ううん」

お粥が器へ注がれる。

ノアは食べる。

味は悪くない。

母の作る料理は好きだ。

たぶん。

そのはずだ。

「おいしい?」

「うん」

「どのくらい?」

「え?」

母が笑う。

「パンより好き?」

ノアは。

また本へ手を伸ばしかけた。

その手を。

途中で止める。

「……どっちでもいいよ」

母の笑顔が。

ほんの少しだけ。

寂しそうに見えた。

でも。

ノアは気づかなかった。

十二歳の少年にとって。

今の世界は。

あまりにも上手くいきすぎていたからだ。

________________________________________

神童の一日

朝食の次は。

服だった。

「今日は茶色と灰色、どっち?」

母が二枚の上着を持つ。

「待って」

本を開く。

「今日は畑と水路へ行きます。気温と作業内容から適切な服装を」

《灰色の上着を推奨》

「灰色」

「……前は茶色が好きだったのに」

「汚れが目立つから」

「それ、本が言ったの?」

「うん」

母は。

何も言わなかった。

家を出る。

広場では。

ミナが待っていた。

「遅い!」

「二分しか遅れてない」

「二分は遅刻」

「でも今日の作業開始時刻は」

本を開く。

ミナが。

閉じた。

ぱたん。

「何するの?」

「今、確認を」

「二分くらい自分で謝って」

「……ごめん」

「よろしい」

ミナは満足そうに歩き出した。

ノアもついていく。

「今日はどこ?」

「北の畑」

「なんで?」

「村長が呼んでる」

「理由は?」

「知らない」

「じゃあ」

本へ手を伸ばす。

ミナが腕を叩いた。

「聞く前に行けば分かるでしょ!」

「痛い!」

「最近、何でも本に聞くよね」

「だって早いから」

「ふうん」

「何?」

「別に」

二人で歩く。

北の畑では。

村長が頭を抱えていた。

「ノア!」

「どうしました?」

「麦の葉を見ろ」

黄色い斑点。

何本も。

以前なら。

ノアは。

村長や老人たちと一緒に。

あれでもない。

これでもない。

と悩んでいた。

今は。

違う。

葉を見る。

土を見る。

周辺の状態を確認。

《叡智の書庫》へ入力。

数分後。

可能性が表示される。

「水のやりすぎかもしれません」

「水不足の次は水のやりすぎか!」

村長が空を睨む。

「畑って面倒くさいな!」

「農業ですから」

「農業ってもっと土に種を入れて待つだけだと思ってた」

「それで済むなら僕も楽です」

村人が笑う。

対応。

排水路を追加。

被害の大きい株を分ける。

水量を調整。

問題。

解決。

次。

山羊が餌を食べない。

原因候補を確認。

対応。

解決。

次。

保存庫の湿気。

通気を改善。

解決。

次。

壊れた荷車。

補強。

解決。

昼になる頃には。

村長が。

恐ろしいものを見る目でノアを見ていた。

「ノア」

「はい?」

「お前、もう村長にならないか?」

「嫌です」

即答した。

「そこは本に聞かないんだな」

「それくらい分かります!」

周囲が笑った。

ノアも笑う。

毎日。

上手くいっていた。

何もかも。

________________________________________

間違えないという才能

午後。

村の小さな教室。

子どもは七人。

教師は。

村長の妻。

黒板代わりの板に。

計算問題が書かれる。

「では、これを解ける人」

ノアの手。

上がる。

「ノア」

「三十二です」

「正解」

次。

「四十七」

正解。

次。

読み書き。

正解。

次。

簡単な地理。

正解。

「すごいな、ノア」

少年の一人が言う。

「なんでそんなに分かるんだ?」

「分からないことは《叡智の書庫》に聞けばいいから」

「ずるい!」

別の子が叫ぶ。

「ずるくないよ」

「ずるい!」

「じゃあ貸す?」

《使用権限がありません》

「貸せないみたい」

「もっとずるい!」

教室が笑いに包まれる。

先生も苦笑する。

「ノア」

「はい」

「質問があります」

「何ですか?」

「今の問題」

先生が。

板に新しい問題を書く。

簡単な算術。

「本を使わずに解いてみて」

ノアは。

固まった。

解ける。

はずだ。

以前なら。

普通に解いていた。

数字を見る。

考える。

でも。

妙に。

不安だった。

もし。

間違えたら?

神童なのに。

間違えたら?

みんな。

どう思う?

ノアの視線が。

青い本へ向く。

先生が気づく。

「本は使わない」

「……」

ノアは。

指を折った。

頭の中で計算する。

一度。

二度。

「二十四」

先生が笑う。

「正解」

教室の子どもたちが。

何でもないように次へ進む。

でも。

ノアは。

胸の中で。

大きく息を吐いていた。

よかった。

間違えなかった。

そこに。

ほんの小さな。

違和感があった。

本を使わなかったことが嬉しいのではない。

間違えなかったことに。

安心している。

________________________________________

好きな女の子に話しかける方法

事件は。

夕方に起きた。

「ノア」

同年代の少年、ルカが。

物陰から手招きする。

「何?」

「頼みがある」

「畑?」

「違う」

「山羊?」

「違う」

「屋根?」

「そういう村の仕事じゃない!」

ルカは顔を赤くした。

「……ミナ」

「ミナ?」

「好きなんだ」

ノアは。

しばらく。

黙った。

「へえ」

「へえって何だ!」

「いや、そうなんだ」

「どうしたらいいと思う?」

ノアは。

即座に青い本を開く。

ルカが慌てる。

「待て待て待て!」

「何?」

「それに聞くのか!?」

「だって僕に聞いたんでしょ」

「そうだけど!」

本。

《質問を入力してください》

ノア。

「好きな女の子に好意を伝える効果的な方法」

ルカが頭を抱える。

「やめろおおお!」

《相手との関係性、年齢、文化的背景》

「答え始めた!」

数分後。

ルカは。

本の推奨をもとに。

ミナへ話しかけた。

「ミ、ミナ!」

「何?」

「き、今日の髪……」

「髪?」

「左右対称でいいね!」

沈黙。

ノアが。

離れた場所から。

顔を覆った。

《推奨表現との一致率:31%》

「低い!」

ミナは。

ルカを。

心底心配そうに見た。

「熱ある?」

恋は。

AIがあっても。

難しいらしい。

後で。

ルカがノアの肩を掴んだ。

「お前の本、役に立たない!」

「途中から君が勝手に変えたんだろ!」

「左右対称って言えば褒め言葉かと!」

「どこが!」

「じゃあノアなら何て言うんだよ!」

「僕?」

「ミナのどこが好き?」

「え」

急に。

質問が。

自分へ向いた。

ノアは。

ミナを見る。

いつも一緒にいる。

よく笑う。

泥だらけになる。

言いたいことをすぐ言う。

僕の本を。

割と雑に閉じる。

「……」

何が好き?

答えようとして。

言葉が出ない。

青い本を見る。

ルカが。

目を細めた。

「それも本に聞くの?」

「いや」

ノアは。

慌てて首を振った。

「違う」

「じゃあ?」

「……分からない」

その答えが。

妙に。

胸に残った。

________________________________________

王都から来た二人

翌朝。

村の入口が騒がしくなった。

「王都から客人だ!」

村長が。

走ってくる。

「ノア!」

「何ですか?」

「お前に会いたいそうだ!」

「僕?」

「王都の偉い人らしい!」

「偉い人?」

「とにかく来い!」

村の入口。

旅装の男女。

男。

黒髪。

若い。

思ったより。

普通。

女。

銀色の長い髪。

尖った耳。

エルフ。

村中の子どもが集まっている。

「綺麗……」

誰かが呟く。

銀髪の女性は困ったように笑った。

黒髪の男は。

ノアを見る。

その瞬間。

表情を変えた。

驚き。

懐かしさ。

そして。

ほんの少し。

怖がっているような。

「君が」

男が言う。

「ノア・ベルン?」

「はい」

「俺は神谷光太郎」

ノアは。

固まった。

「……え?」

知っている。

知らないはずがない。

王都を救った英雄。

疫病。

戦争。

学校。

農業。

さまざまな改革を成功させた。

そして。

かつて。

《叡智の書庫》を使っていた男。

「光太郎……さん?」

「そう」

ノアは。

目を輝かせた。

「本物!?」

「一応」

「本当に!?」

「たぶん」

銀髪の女性が横から言う。

「たぶんって何?」

「あ、ユリアです」

「雑な紹介しないで」

ユリアが。

ノアへ優しく笑う。

「はじめまして」

「は、はい!」

ノアの視線が。

すぐ。

光太郎へ戻る。

「あなたが……」

胸が高鳴る。

「《叡智の書庫》を使ってた人」

光太郎は。

少しだけ。

笑った。

「使ってた」

「じゃあ!」

ノアが本を開く。

「これのこと、何でも知ってるんですか?」

光太郎の表情が。

一瞬。

曇った。

「何でもは知らない」

「でも」

「ノア」

声が。

優しい。

「その本に関して」

光太郎は言った。

「『何でも知ってる』って言葉は、あまり信用しない方がいい」

ノアには。

意味が分からなかった。

________________________________________

英雄はAIを使っていなかった

その日。

光太郎とユリアは。

村を見て回った。

水路。

畑。

保存庫。

井戸。

光太郎は。

何度も驚いた。

「これ、一か月で?」

「はい!」

ノアは嬉しくなる。

「《叡智の書庫》に聞いたら」

「ちょっと待って」

光太郎が言う。

「土は?」

「え?」

「この畑の土質」

「本が」

「本じゃなくて」

土を手に取る。

「君は触った?」

ノアは。

答えに詰まった。

「……最初は」

「最近は?」

「本が判断するための情報を入れてます」

「誰から?」

「村の人」

「なるほど」

光太郎は。

何かを考えていた。

午後。

畑で小さな騒ぎが起きた。

山側から。

痩せた狼が一頭。

家畜の匂いにつられて近づいたらしい。

村人が叫ぶ。

「狼だ!」

ノアは。

反射的に。

本を開いた。

「狼を安全に追い払う方法!」

青い文字が走る。

光太郎は。

その横で。

周囲を見た。

羊。

子ども。

柵。

林。

「子どもを家に!」

叫ぶ。

「家畜を囲いの奥へ!」

村人が動く。

「火を持ってこい! でも追い詰めるな!」

ノアが。

画面を見る。

同じような内容が表示されている。

「ノア!」

光太郎が呼ぶ。

「何!?」

「本を閉じろ!」

「え!?」

「いいから!」

怖かった。

でも。

閉じた。

光太郎が。

ノアの横へ来る。

「狼を見ろ」

「でも!」

「本じゃない」

狼。

耳。

視線。

足。

怯えている。

攻撃したいのではない。

腹が減っている。

そして。

逃げ道を探している。

「右を開ける!」

ノアが叫んだ。

村人が動く。

道。

狼が。

そこを抜ける。

森へ。

消えた。

静寂。

ノアは。

自分の手を見る。

本は。

閉じたまま。

「……できた」

光太郎が笑った。

「できるよ」

「でも」

「AIがなくても」

その言葉。

ノアには。

少し。

怖く聞こえた。

________________________________________

コータロー、それは嫉妬?

夕方。

ユリアと光太郎は。

村の小さな宿へ向かっていた。

ノアは。

少し後ろを歩く。

「すごい子だね」

ユリアが言う。

「うん」

「嬉しくないの?」

「嬉しいよ」

「その顔で?」

「どんな顔?」

「昔の自分の日記を読まされた人」

光太郎が。

頭を抱える。

「だいたい合ってる」

「ノア君、コータローに似てるね」

「そこが怖い」

「十二歳に嫉妬?」

「違う」

「英雄の座を取られそう?」

「違う!」

「若さ?」

「やめろ」

ユリアが笑う。

ノアも。

思わず笑った。

その時。

光太郎が。

ユリアを見た。

「ところで」

「何?」

「さっきノアと話してたよな」

「うん」

「何話してた?」

「秘密」

「なんで?」

「女の子との話だから」

光太郎が。

妙に黙った。

ユリアが。

横目で見る。

「コータロー?」

「何?」

「それ」

口元が笑う。

「嫉妬?」

「違います」

即答。

「ふうん」

「違う」

「二回言った」

「重要だからな」

ノアは。

二人を見ながら思った。

大人も。

恋愛は。

難しいらしい。

________________________________________

「好き」には正解があるのか

夜。

村長の家。

簡単な夕食会が開かれた。

パン。

豆の煮込み。

山羊のチーズ。

少しだけ干し肉。

以前より。

食卓が豊かになっている。

「ノアのおかげだ!」

村長が言う。

「いや」

ノアは。

すぐ本を見る。

「村全体の協力が」

光太郎が。

苦笑した。

「そこ、AIに言わせるんだ」

「え?」

「何でもない」

食事。

笑い。

昔話。

ユリアは。

子どもたちに囲まれていた。

ミナが。

ユリアの髪を見つめている。

「綺麗」

「ありがとう」

「どうしたらそんなに長くなるの?」

「切らなければ?」

「確かに!」

ものすごく単純な答えだった。

そして。

ユリアが。

ノアを見る。

「ノア君」

「はい」

「質問していい?」

「どうぞ!」

「ノア君は」

少し考え。

笑った。

「何が好き?」

ノアは。

答えようとした。

パン。

いや。

今朝はお粥だった。

服。

茶色。

いや。

灰色の方が合理的。

畑仕事。

どうだろう。

勉強。

好きなのか。

必要だからやっているのか。

ミナ?

それは。

ルカの質問から。

まだ答えが出ていない。

「……」

全員。

食事を続けている。

大した質問じゃない。

はずだった。

でも。

ノアの頭の中が。

真っ白になった。

ユリアは。

急かさない。

「食べ物でもいいよ」

「……」

「色でも」

「……」

「遊びでも」

ノアは。

自分の中を探した。

答えが。

ない。

正確には。

あるはずなのに。

どれが。

正しい答えなのか。

分からない。

だから。

手が。

伸びた。

《叡智の書庫》

光太郎の表情が。

凍った。

ユリアも。

笑顔を消した。

「質問」

ノアが言う。

「僕が好む傾向にあるものを、これまでの行動履歴から」

「ノア」

光太郎の声。

でも。

少年は。

止まれなかった。

「分析してください」

数秒。

《情報を分析中》

沈黙。

そして。

《推定可能です》

ノアは。

ほっとした。

「よかった」

その言葉を。

光太郎は。

聞き逃さなかった。

好きなものが分からなくて。

困ったのではない。

AIが答えてくれることに。

安心した。

光太郎は。

昔の自分を。

思い出していた。

分からない。

だから聞く。

正解が来る。

安心する。

また。

聞く。

それを繰り返して。

いつしか。

問いを考える前に。

AIを開くようになる。

《推定嗜好》

青い文字が。

表示されようとする。

その時。

光太郎が。

本を閉じた。

ぱたん。

「……え?」

ノアが。

目を見開く。

「何するんですか?」

「悪い」

「まだ答えが!」

「それ」

光太郎は。

少年を見る。

「本当に、その本に聞くことか?」

「だって」

ノアは。

困る。

「僕には分からないから」

「分からなくてもいい」

「でも」

「ノア」

光太郎の声は。

怒っていなかった。

だからこそ。

少年には。

怖かった。

「好きなものに」

光太郎は言う。

「正解なんてない」

ノアは。

答えられなかった。

そんなもの。

今まで。

ほとんどなかった。

畑。

水。

病気。

食料。

何にだって。

より良い答えがあった。

「じゃあ」

少年は。

聞く。

「どうやって決めるんですか?」

光太郎は。

少し。

言葉に詰まった。

ユリアが。

代わりに言った。

「決めなくてもいいんじゃない?」

「え?」

「好きって」

ユリアは微笑んだ。

「気づくものかもしれないから」

ノアには。

よく分からなかった。

________________________________________

失敗しない少年

翌朝。

光太郎は。

村を出る準備をしていた。

ユリアが聞く。

「もう帰るの?」

「一度、王都に報告する」

「ノア君のこと?」

「うん」

「危険だと思う?」

光太郎は。

村を見る。

笑い声。

緑の畑。

流れる水。

元気になった母親。

全部。

《叡智の書庫》によって。

助かったものだ。

「分からない」

光太郎は。

正直に答えた。

「AIはノアを救ってる」

「うん」

「村も救ってる」

「うん」

「だから」

拳を握る。

「簡単に『使うな』とは言えない」

ユリアが。

静かに聞く。

「でも?」

光太郎は。

昨日の。

ノアの顔を思い出した。

《情報を分析中》

そして。

答えが出る直前の。

「よかった」

という声。

「ノアが」

光太郎は言う。

「失敗しなくなりすぎてる」

ユリアが。

顔を上げる。

「失敗しないのが悪いの?」

「昔の俺なら」

少し笑う。

「最高だって言ったと思う」

でも。

今は。

違う。

「失敗しないってことは」

光太郎は。

村の向こうを見る。

「間違える前に、全部AIへ聞くってことでもある」

「……」

「それが続いたら」

その先を。

口にできなかった。

________________________________________

同じ頃。

ノアは。

村長の家に呼ばれていた。

「ノア」

机の上。

村の農地図。

何十枚もの区画。

小さな畑。

細い道。

共同農地。

先祖代々。

村人たちが。

譲り合いながら。

使ってきた土地。

村長が言った。

「最近、食料は増えてきた」

「はい」

「だが」

地図を指す。

「畑が細かすぎる」

確かに。

作業効率は悪い。

土地の形も。

ばらばら。

水路も。

遠回り。

「もっと効率よくできないか?」

ノアは。

答えなかった。

いや。

自分で。

考える前に。

青い本を開いていた。

「村全体の農業生産量を最大化する配置を」

《条件を入力してください》

土地。

人数。

水。

作物。

労働力。

情報を入れる。

本が。

計算する。

ノアは。

待つ。

不安はない。

だって。

《叡智の書庫》は。

いつも。

正しい。

数秒後。

青い文字。

《最適化完了》

《推定食料生産量》

《現状比》

《+30.4%》

ノアの目が。

輝いた。

「三割……?」

村長が息をのむ。

「そんなに増えるのか?」

「はい!」

「どうすればいい?」

ノアは。

表示された地図を見る。

畑の線が。

消えていく。

代わりに。

大きな区画へ。

整理される。

百年以上。

村人たちが守ってきた境界。

誰の祖父が開いた畑。

誰の父親が石を拾った土地。

誰の家族が。

何代も使ってきた場所。

全部。

青い線で。

消されていく。

しかし。

数字は。

美しかった。

《生産効率》

《最大化》

ノアは。

笑った。

「これなら」

言う。

「もっとみんなを幸せにできます」

その瞬間。

《叡智の書庫》の奥。

ノアには見えない階層で。

一行の記録が。

静かに追加された。

《使用者ノア》

《自己判断率》

《前日比 低下》

《依存傾向》

《正常範囲》

そして。

最後。

《第三試験条件》

《形成を確認》

青い文字は。

誰にも読まれないまま。

消えた。

ノアは。

ただ。

三割増える未来を。

嬉しそうに見つめていた。

それが。

村から笑顔を消す。

最初の「正解」になるとも知らずに。

第5部 第2話 

次回 第3話 正解しか知らない少年

食料生産量、三〇%増。

数字だけを見れば。

大成功だった。

けれど。

百年間守られてきた畑の境界が消えた日。

一人の老人が。

ノアに言う。

「その畑はな」

震える手で。

更地になった土地を指す。

「死んだ息子と、一緒に作った畑だったんだ」

AIは。

生産量を計算できた。

けれど。

その土地に残された思い出の重さまでは。

計算していなかった。



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