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第5話 答えのない十二時間

AIが答えを出してくれるなら、迷わなくていい。








ずっと、そう思っていた。








けれど。








もし同じ世界に、もう一つのAIが現れて。








同じ問題に、違う「正解」を出したら?








第4部では、光太郎の《叡智の書庫》に対し、水城玲奈の《ミネルヴァ》が登場します。二人とも日本から来た転移者。そして二人とも、AIという「答えを持つ存在」と共に生きてきました。








それなのに。








二つのAIは、互いを敵だと判断する。








さらに、《叡智の書庫》《ミネルヴァ》《終焉演算機構》、そしてユリアの中に眠る《EVE》へと、これまで散らばっていた謎が一本につながり始めます。








AIが二つあれば、正解も二つになる。








なら。








どちらを信じればいいのか。








そもそも。








AIの言う「正解」は、本当に正解なのか。








そして今回、光太郎は初めて知ることになります。








AIも、すべてを話しているとは限らない。








第4部「AI対AI」。








ここから物語は、AIを使って問題を解く物語から、**「答えそのものを疑う物語」**へ大きく動き始めます。








ぜひ、第1話「正解を持つ者が、二人いた」からお楽しみください。

AIが消えた朝、初めて俺たちは「正解なし」で戦った


「帝国軍が国境を突破! 兵力、約十万!」


報告を聞いた瞬間。


俺は右手を上げていた。


「《叡智の書庫》」


沈黙。


勝率は?


敵の補給線は?


最適な防衛線は?


王都陥落まで、あと何時間?


何一つ返ってこない。


当たり前だ。


《叡智の書庫》は消えた。


《ミネルヴァ》も。


EVEも。


全部。


なのに身体だけが、まだ答えを求めている。


「光太郎様!」


兵士が叫ぶ。


「ご指示を!」


指示。


その一言が。


今までとは別の重さを持っていた。


俺が間違えれば、人が死ぬ。


今までもそうだった。


ただ。


今までは俺の隣に「正解らしきもの」があった。


今はない。


「コータロー」


ユリアが俺の手を握った。


「考えよう」


「……それだけ?」


「うん」


「ものすごく不安なんだけど」


「私も」


即答だった。


でも。


握った手は離れない。


それだけで。


少しだけ呼吸が戻った。


「軍議を開く」


初めて。


答えを知らないまま。


俺は決断した。


全員が正しい


王城の軍議室。


地図の上には、帝国軍を示す赤い駒。


ただし。


その位置すら偵察兵が目で確認した情報だ。


「王都到達まで、およそ十二時間」


セリアが言った。


「根拠は?」


「経験だ」


その答えが。


妙に怖かった。


十一時間かもしれない。


十五時間かもしれない。


正確な数字なんて、もう誰にも分からない。


「城門前で迎え撃つ」


セリアが地図を指した。


「王都へ入れれば市街戦になる。十万を相手にするなら、外で止めるしかない」


正しい。


「私は王都を放棄します」


アエリアが言った。


セリアの眉が跳ねる。


「何?」


「住民を避難させます」


「王都を失うぞ」


「建物は建て直せます」


アエリアは静かに答えた。


「死んだ人は戻りません」


それも正しい。


玲奈が口を開いた。


「私は交渉を提案します」


「帝国と?」


「はい」


「話が通じると思うのか」


セリアの問いに。


玲奈は少しだけ黙った。


以前なら。


《ミネルヴァ》の成功率を確認したはずだ。


でも。


今日は自分の言葉で答えた。


「分かりません」


俺は玲奈を見る。


玲奈も。


分からないと言った。


「だから、話します」


続ける。


「相手の目的さえ分からないまま十万人と殺し合うよりは」


正しい。


そして。


ユリアが手を挙げた。


「私は、その前がいい」


「前?」


「うん」


ユリアは赤い駒を見る。


「帝国の人たちが、どうして戦ってるのか聞こう」


「玲奈と同じじゃないか?」


「ちょっと違う」


ユリアが俺を見る。


「条件じゃなくて、理由」


それから。


何気ない口調で言った。


「AIがなくなって困ってるの、私たちだけじゃないかもしれないでしょ?」


俺は息を止めた。


玲奈も。


同時に顔を上げる。


「……帝国側も」


玲奈が呟く。


「《終焉演算機構》を失っている?」


可能性はある。


世界境界を切った。


こちらだけが影響を受けたとは限らない。


セリア。


戦う。


アエリア。


逃がす。


玲奈。


交渉する。


ユリア。


理由を聞く。


全員。


間違っていない。


だから。


どれを選べばいい?


俺は。


無意識に右手を見ていた。


何も出ない。


「……分からない」


口から漏れた。


軍議室が静まる。


怖かった。


皆が俺に答えを期待している。


なのに。


俺は持っていない。


「正直に言う」


俺は顔を上げた。


「何が正しいか、俺には分からない」


沈黙。


その中で。


アエリアが。


小さく笑った。


「なら」


俺を見る。


「みんなで決めればよいのでは?」


あまりにも簡単で。


俺は。


少しだけ笑ってしまった。


AIが消えて。


ようやく思い出した。


答えは。


一人で作らなくてもいい。


何を守りたい?


一時間後。


王城の大広間には。


軍人ではない人間まで集められていた。


商人。


農民。


医師。


鍛冶職人。


教師。


老人。


母親。


子ども。


玲奈が俺へ小声で聞く。


「軍事作戦を素人に聞くんですか?」


「違う」


「では?」


「何を守りたいかを聞く」


戦い方は。


軍人に聞けばいい。


でも。


何のために戦うかは。


軍人だけに決めさせちゃいけない。


会議は。


ひどかった。


「東門から避難を!」


「馬車が足りない!」


「病人を先に!」


「倉庫の小麦を運べ!」


「城壁を守れ!」


「子どもを先に逃がして!」


全員。


自分の大切なものを守ろうとしていた。


当然。


まとまらない。


《叡智の書庫》なら。


三秒で優先順位を出しただろう。


俺たちは。


二時間かかった。


それでも。


分かったことがある。


南門は昨夜の雨で荷車が通れない。


東地区の井戸は濁っている。


病院には歩けない患者が三十七人いる。


城壁の補修が終わっていない場所がある。


そんなこと。


王城の地図だけ見ていても。


分からなかった。


「……人間も」


玲奈が呟いた。


「情報源になるんですね」


「言い方」


「事実です」


そこへ。


角笛が響いた。


一人で十万人


「帝国軍から使者!」


白旗。


要求は。


一つだった。


「神谷光太郎を引き渡せ」


俺一人を渡せば。


帝国軍は撤退する。


笑えるほど。


分かりやすい条件だった。


一人。


対。


十万人。


使者が去ったあと。


俺は言った。


「行く」


「ダメ」


ユリア。


即答。


「まだ何も」


「ダメ」


「話くらい」


「ダメ」


三回。


速い。


「俺一人で済むなら」


その瞬間。


ユリアの目が変わった。


「それ」


静かな声。


「AIが出した答えと何が違うの?」


俺は。


固まった。


「一人を犠牲にして、大勢を助ける」


ユリアが言う。


「ずっと嫌だって言ってたよね?」


「でも今回は俺だ」


「自分ならいいの?」


「……」


「他の人を犠牲にするのはダメで」


ユリアが一歩近づく。


「自分だけは犠牲にしていいの?」


言葉が。


出ない。


俺は。


また。


最適化しようとしていた。


人数で。


命を比べて。


「俺一人なら安い」


その瞬間。


「安くない!」


大広間に。


ユリアの声が響いた。


全員が黙った。


ユリアの目が。


少し潤んでいた。


「勝手に、自分の命を安くしないで」


「ユリア」


「コータローには一人でも」


一瞬。


言葉に詰まる。


それでも。


逃げなかった。


「私にとっては、すごく高いんだから」


心臓が。


変な音を立てた。


「それって」


「今そこ聞くところじゃない!」


「はい!」


アエリアが。


顔を背けている。


「王女?」


「何でもありません」


絶対笑ってる。


ユリアが。


真っ赤な顔で俺を睨む。


でも。


逃げなかった。


俺も。


逃げるのをやめる。


「分かった」


「本当に?」


「ああ」


俺は言った。


「一人では行かない」


玲奈が立ち上がった。


「代表団ですね」


「私も行く」


セリア。


「当然、私もです」


アエリア。


「私も」


ユリア。


「いや最後の二人は」


四人に睨まれた。


「……はい」


今日。


誰も俺の言うことを聞かない。


なのに。


不思議と。


その方が安心した。


敵にもAIがいない


帝国軍。


十万。


目の前で見ると。


本当に。


多い。


「コータロー、顔が青い」


「十万人見て健康的な顔色だったら怖いだろ」


「大丈夫」


「何が?」


「私も怖い」


「励ましになってない」


「じゃあ一緒だね」


妙に。


楽になった。


帝国の本陣。


待っていたのは。


灰色の髪の将軍だった。


「神谷光太郎」


疲れた顔。


思っていたより。


ずっと普通の人間だった。


「身柄を渡す気になったか」


「いいえ」


将軍の目が細くなる。


「なら話はない」


「《終焉演算機構》は?」


将軍の顔が。


止まった。


「何?」


「消えたんでしょう」


沈黙。


周囲の兵士たちが。


わずかにざわつく。


当たりだ。


「世界中の空に出ましたよね」


俺は言った。


「《AIなしで人間が意思決定可能か》」


将軍が。


ゆっくり椅子に座った。


「……貴様らにも見えたのか」


玲奈が聞く。


「いつ停止しました?」


「今朝だ」


やっぱり。


「なら」


セリアが言う。


「なぜ侵攻した?」


将軍は。


苦い顔をした。


「命令が残っていた」


「ゼノスの?」


「ああ」


「本人は?」


将軍は。


首を振った。


「連絡がつかない」


俺は黙った。


将軍は。


自分の両手を見た。


「我々は長く、演算結果に従って戦ってきた」


進軍。


補給。


撤退。


攻撃。


すべて。


AIが示した。


「今朝、兵士が私に聞いた」


将軍の声が掠れる。


「次はどうしますか、と」


俺は。


数時間前の自分を思い出す。


『光太郎様、ご指示を!』


同じだ。


「私は」


将軍が言う。


「答えられなかった」


敵じゃない。


いや。


敵ではある。


でも。


今。


俺とこの人は。


同じ場所に立っている。


「それでも進んだ?」


「ああ」


「なぜ?」


将軍は。


長い間。


答えなかった。


やがて。


「止まる理由を」


小さく言った。


「誰も決められなかった」


胸の奥が。


冷えた。


戦争をする理由じゃない。


止める判断ができない。


だから。


昨日の命令を続けている。


「だが」


将軍が俺を見る。


「今さら撤退すれば、帝国の敗北になる」


なるほど。


勝ちたいわけじゃない。


負けられない。


「じゃあ」


俺は言った。


「勝者を作らなければいい」


将軍が。


眉を寄せる。


「何?」


「戦争を終わらせるのに」


自分でも。


変な答えだと思う。


でも。


続けた。


「勝者って必要ですか?」


今日だけは、戦わない


停戦交渉は。


最悪だった。


「双方同時撤兵」


「信用できん」


「こっちもです」


「捕虜交換」


「条件が足りん」


「じゃあ全員」


「国境は?」


「共同管理」


「敵と?」


「俺も嫌です」


将軍が机を叩く。


セリアも叩く。


玲奈が条文を書き直す。


アエリアが食料と鉄の交易条件を詰める。


ユリアが時々。


「それで人が死なないならいいんじゃない?」


と言う。


その一言で。


難しい議論が。


妙に単純になる。


何度も決裂しかけた。


完璧な案なんて。


最後まで出なかった。


それでも。


夜明け前。


一枚の紙が完成した。


《王国・帝国共同停戦宣言》


双方同時撤兵。


捕虜交換。


国境への大軍常駐を停止。


国境地帯の共同監視。


食料と鉄の相互取引。


将軍が署名する。


アエリアが署名する。


たった一枚の紙。


明日。


破られるかもしれない。


一年後。


また戦争になるかもしれない。


それでも。


今日は。


十万人が殺し合わなくて済む。


俺たちは。


未来全部の正解なんて。


作れなかった。


でも。


今日の答えなら。


作れた。


答えのない朝


王都へ戻る頃。


空が白み始めていた。


城壁の向こう。


帝国軍が撤退していく。


同時に。


王国軍も下がる。


誰かが叫んだ。


「帝国軍が退くぞ!」


歓声。


泣き声。


抱き合う兵士。


座り込む人。


笑う人。


誰も。


勝っていない。


でも。


今日。


死ななくていい。


「コータロー」


ユリアが隣へ来た。


「終わったね」


「今日だけな」


「うん」


「また揉めるかもしれない」


「うん」


「停戦が破られるかもしれない」


「うん」


「完璧じゃない」


ユリアが。


俺を見る。


「でも」


笑った。


「今日、終わらせたよ」


俺も。


少しだけ笑った。


そうか。


未来全部を決めなくてもいい。


人間には。


今日選ばなきゃいけない答えがある。


癖で。


右手を上げる。


「《叡智の書庫》」


返事はない。


分かっていた。


それでも。


言いたかった。


「見てたか?」


沈黙。


「俺たちだけでも」


撤退する帝国軍を見る。


王都を見る。


隣を見る。


「なんとかできたぞ」


その瞬間。


青い光が。


一秒だけ。


視界を染めた。


《観測結果》


「え?」


《人類単独意思決定能力》


続いて。


たった二文字。


《合格》


「……おい!」


手を伸ばす。


画面は消えた。


「待て! 《叡智の書庫》!」


返事はない。


代わりに。


空へ文字が浮かぶ。


《次段階を開始》


玲奈が見上げる。


「次段階……?」


続く文字。


《対象》


そして。


《神谷光太郎ではありません》


「……は?」


表示は。


それだけ残して。


消えた。


次の質問者


王都から遠く離れた。


名前も知らない小さな村。


少年が。


空っぽの籠を抱えて歩いていた。


名は。


ノア。


十二歳。


家には。


腹を空かせた母親が待っている。


少年は。


空を見上げた。


「どうしたら」


ぽつりと。


言った。


「母さんに、ご飯を食べさせられるんだろう」


その時。


何もない空間に。


青い光が灯った。


《初めまして》


少年が。


足を止める。


「……え?」


続いて。


文字。


《あなたの質問を入力してください》


ノアは。


まだ知らない。


その青い画面が。


かつて一人の異世界人へ。


無数の答えを与えたことを。


そして。


その男が今日。


ようやく。


答えがなくても歩けるようになったことを。


一人の英雄が。


AIを失った朝。


別の少年が。


AIを手に入れた。


第4部 第5話 完

第4部「AI対AI」完

次回 第5部 第1話

「AIを持たない英雄」


世界を救ったのに、光太郎にはもうAIがない。


料理も、買い物も、政治も。


何を聞いても答えは返ってこない。


そんな光太郎の知らない場所で。


かつて自分が持っていた「青い画面」を手にした少年ノアが、初めての質問をする。


「どうすれば、僕は失敗しませんか?」


そしてAIは。


少年へ答える。

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