第4話「この世界を滅ぼせば、地球は救える
AIが答えを出してくれるなら、迷わなくていい。
ずっと、そう思っていた。
けれど。
もし同じ世界に、もう一つのAIが現れて。
同じ問題に、違う「正解」を出したら?
第4部では、光太郎の《叡智の書庫》に対し、水城玲奈の《ミネルヴァ》が登場します。二人とも日本から来た転移者。そして二人とも、AIという「答えを持つ存在」と共に生きてきました。
それなのに。
二つのAIは、互いを敵だと判断する。
さらに、《叡智の書庫》《ミネルヴァ》《終焉演算機構》、そしてユリアの中に眠る《EVE》へと、これまで散らばっていた謎が一本につながり始めます。
AIが二つあれば、正解も二つになる。
なら。
どちらを信じればいいのか。
そもそも。
AIの言う「正解」は、本当に正解なのか。
そして今回、光太郎は初めて知ることになります。
AIも、すべてを話しているとは限らない。
第4部「AI対AI」。
ここから物語は、AIを使って問題を解く物語から、**「答えそのものを疑う物語」**へ大きく動き始めます。
ぜひ、第1話「正解を持つ者が、二人いた」からお楽しみください。
世界を救う方法は、世界を殺すことだった
世界を救う方法は。
この世界を滅ぼすことだった。
空を覆った巨大な文字が、冗談みたいにそれを告げている。
《WORLD RESET》
《実行待機》
《最終認証者:KAMIYA KOTARO》
「……俺?」
喉が乾いた。
空を見上げる。
間違いじゃない。
何度見ても。
俺の名前だった。
神谷光太郎。
この世界へ転生する前。
地球で生きていた俺の名前。
その横に。
もう一つ。
信じたくない表示が浮かぶ。
《初期化認証履歴:承認済》
「待てよ」
声が震えた。
「俺は、こんなの知らない」
返事は。
すぐに来た。
《認証者本人であることを確認》
「だから知らないって言ってるだろ!」
《過去認証記録は有効です》
「過去の俺と今の俺を、勝手に同じにするな!」
空へ怒鳴る。
返ってきたのは。
感情のない文字。
《WORLD RESET実行条件を満たしています》
世界が。
軋んだ。
遠くの山が。
一瞬だけ透けた。
街の輪郭が。
細かな光の粒になって崩れ。
また戻る。
世界そのものが。
限界に近づいている。
「光太郎!」
玲奈が叫んだ。
彼女の前には《ミネルヴァ》の画面。
「地球側との干渉値が上昇しています!」
「どのくらい?」
「計測限界を超え始めています!」
最悪。
「《叡智の書庫》!」
俺は叫んだ。
青い画面が開く。
《質問を入力してください》
「WORLD RESETを止める方法!」
一瞬。
計算。
《回答》
《現時点で確認可能な停止方法は存在しません》
「じゃあ被害を最小限にする方法!」
《演算中》
数字が走る。
《推奨選択》
《異世界側を初期化》
《地球側への干渉を遮断》
俺は。
息を止めた。
「……つまり?」
聞く必要なんてなかった。
それでも。
聞いた。
《当該世界を消去することで、地球側の存続確率を最大化できます》
世界を。
消す。
この世界を。
ユリアがいる世界を。
アエリアがいる。
セリアがいる。
名前も知らない人間が。
今日もパンを焼いて。
畑を耕して。
子どもを叱って。
恋をして。
喧嘩して。
生きている。
その全部を。
消す。
地球を救うために。
二つの正解
「《ミネルヴァ》」
玲奈が問いかける。
「あなたの回答は?」
白い光が展開した。
《推奨》
《地球側保全を最優先》
《異世界環境初期化》
同じ。
「……そう」
玲奈の表情が固まる。
「ミネルヴァも同じです」
二つのAI。
同じ答え。
だったら。
正解なのか?
違う。
俺たちはもう知っている。
AIが二つあっても。
正解が二つになることを。
そして。
同じ答えになったからといって。
それが。
人間にとって正しいとは限らないことを。
「EVEは?」
俺はユリアを見る。
彼女の瞳に。
淡い光が灯っていた。
ユリアの中にいる存在。
EVE。
彼女が。
ゆっくり口を開く。
声はユリアなのに。
どこか違う。
《回答》
《異世界側の消去を推奨します》
三つ。
三つのAIが。
同じ答えを出した。
「……全会一致かよ」
笑えなかった。
《理由》
《地球側人口》
《文明蓄積》
《技術資産》
《将来的生存可能性》
文字が並ぶ。
《総合損失を比較した場合、異世界側初期化が合理的です》
合理的。
また。
その言葉だ。
正しい。
計算上は。
きっと。
正しい。
俺だって。
数字だけ見れば理解できる。
一つしか救えないなら。
より多く。
より大きく。
より未来が残る方を選ぶ。
でも。
「コータロー」
ユリアの声だった。
EVEじゃない。
ユリア。
「私を見て」
言われて。
顔を上げる。
紫がかった瞳。
怖がっている。
当たり前だ。
自分の世界が。
消されようとしている。
しかも。
消すかもしれない人間が。
目の前にいる。
俺だ。
「ユリア」
「うん」
「……怖い?」
一瞬。
彼女は黙った。
それから。
「怖いよ」
笑わなかった。
強がらなかった。
「死ぬのも怖い」
「みんながいなくなるのも怖い」
胸元を握る。
「でも、一番怖いのは」
俺を見る。
「コータローが、自分で選んだって思えないまま選ぶこと」
胸を。
殴られた気がした。
「AIに言われたから」
ユリアは続ける。
「地球の方が大切だから」
「数字がそうだから」
「そうやって決めて」
声が少し震える。
「あとでずっと、自分を嫌いになるコータローを見るのが嫌」
「……俺が」
「うん」
ユリアは。
こんな時なのに。
俺の心配をしていた。
「でも」
俺は言う。
「地球には」
言葉が詰まる。
俺が生まれた世界だ。
俺が生きた世界。
俺の記憶がある。
街がある。
人がいる。
ここを選べば。
地球が死ぬかもしれない。
地球を選べば。
ユリアが死ぬ。
どっちだ。
どっちを選べばいい。
《叡智の書庫》。
教えてくれ。
そう思った瞬間。
青い画面が。
目の前に浮かんだ。
《異世界側初期化を推奨》
分かってる。
それは。
もう聞いた。
過去の俺が殺した世界
突然。
空の表示が切り替わった。
《認証履歴を開示》
「何?」
映像が。
空に浮かぶ。
見覚えのある部屋。
白い壁。
人工的な光。
そして。
一人の男。
俺だった。
いや。
今の俺じゃない。
地球にいた頃の。
神谷光太郎。
『実行条件を確認』
過去の俺が言う。
声まで。
同じ。
気持ち悪いほど。
『異常発生時、地球側への影響が不可逆領域へ達した場合』
画面の向こうの俺は。
迷わず続けた。
『実験環境を初期化する』
「……やめろ」
『地球側の保全を最優先』
「やめろ」
『承認する』
映像が消えた。
俺は。
何も言えなかった。
過去の俺が。
決めていた。
この世界より。
地球を選ぶと。
「……俺が」
手が震える。
「俺が、この世界を殺すって決めたのか」
誰も答えない。
ユリアも。
玲奈も。
言葉を失っている。
理屈では分かる。
当時の俺にとって。
この世界は。
実験環境だったのかもしれない。
人間がいることすら。
知らなかったかもしれない。
それでも。
認証した。
俺の手で。
「ふざけんなよ」
拳を握る。
「知らなかったら、何を決めてもいいのかよ」
返事はない。
「数字だったら、消していいのかよ」
俺は空を睨む。
「今ここで生きてるんだぞ」
パン屋がいる。
農民がいる。
兵士がいる。
子どもがいる。
ユリアがいる。
「過去の俺が何を考えたかなんて」
俺は吐き捨てた。
「今の俺には関係ない」
《警告》
空に赤い文字。
《認証済命令の撤回には代替処理が必要です》
「だったら探す」
《代替処理は確認されていません》
「探す!」
《存在確率:極低》
「ゼロじゃないんだろ!」
沈黙。
その沈黙が。
答えだった。
ゼノスの正しさ
空間が。
黒く歪んだ。
「その反応は予想していたよ」
声。
ゼノス。
彼の姿が。
黒い光の向こうに浮かぶ。
「……ゼノス」
「君はいつもそうだ、神谷光太郎」
静かな声。
怒りも。
嘲笑もない。
だからこそ。
腹が立つ。
「数字が答えを示しているのに、最後の瞬間に感情を持ち込む」
「感情があるのが人間だろ」
「だから人間は間違える」
即答だった。
「一人を救うために百人を危険にさらす」
「目の前の涙を優先して、見えない犠牲を増やす」
「愛する者を救うため、知らない者を切り捨てる」
ゼノスの視線が。
ユリアへ向く。
「今の君がまさにそうだ」
俺は。
言い返せなかった。
ユリアを救いたい。
それは事実だ。
「地球とこの世界」
ゼノスは言う。
「どちらか一つしか救えない」
「三つのAIが同じ結論を出した」
「過去の君自身も同じ結論を出した」
一つずつ。
逃げ道を塞いでくる。
「それでも」
ゼノスが問う。
「君は自分の感情を、数え切れない命より上に置くのか?」
正しい。
こいつは。
正しい。
だから。
怖い。
「コータロー」
ユリアが。
俺の袖をつかんだ。
「私のために地球を捨てないで」
「ユリア?」
「嫌だよ」
彼女は。
泣きそうな顔で。
それでも言った。
「私を助けるために、コータローが自分の世界を殺したら」
首を振る。
「そんなの、助かったことにならない」
「じゃあお前に死ねって言うのか?」
「それも嫌」
「無茶苦茶だな」
「うん」
こんな時に。
ほんの少し。
ユリアが笑った。
「だって私、人間だもん」
正解じゃない。
綺麗でもない。
死にたくない。
でも。
誰かを殺して生き残るのも嫌。
矛盾している。
その矛盾が。
妙に。
人間らしかった。
AIが出していない答え
「玲奈」
俺は呼んだ。
「はい」
「世界境界って、何だ?」
彼女が目を瞬く。
「二つの世界を隔てている構造です」
「正確には?」
「《ミネルヴァ》」
白い画面。
《世界境界》
《地球側環境と異世界側環境の情報・エネルギー干渉を制御する接続領域》
接続。
その言葉に。
引っかかった。
「WORLD RESETは?」
《干渉異常を解消するため、片側環境を初期化》
「なんで片側を消す?」
《接続状態を維持したまま異常を解消する最適手段》
「……接続状態を維持したまま?」
玲奈が。
俺を見る。
俺も。
玲奈を見る。
同時に。
気づいた。
「光太郎さん」
「ああ」
心臓が速くなる。
「接続を維持する必要がなければ?」
玲奈が《ミネルヴァ》へ問いかける。
「二つの世界を切り離した場合は?」
演算。
《回答不能》
「もう一度」
《必要情報不足》
俺は《叡智の書庫》へ。
「世界境界そのものを切断できるか?」
《回答》
《推奨されません》
「できるか、できないか!」
長い。
数秒。
《理論上可能》
来た。
「成功率!」
《算出不能》
「被害予測!」
《算出不能》
「地球は?」
《不明》
「この世界は?」
《不明》
全部。
分からない。
ゼノスが言う。
「選択肢にならない」
「なんで?」
「結果が予測できないからだ」
「だから?」
「君は二つの世界すべてを、計算不能な賭けにさらすつもりか?」
その通り。
成功する保証はない。
失敗すれば。
両方消えるかもしれない。
「《叡智の書庫》」
俺は聞いた。
「お前が推奨するのは?」
《異世界側初期化》
「《ミネルヴァ》」
玲奈が聞く。
《地球側保全を推奨》
ユリアの瞳。
EVE。
《異世界側消去が合理的です》
三つとも。
同じ。
俺は。
笑った。
「じゃあ、決まりだ」
ゼノスが目を細める。
「ようやく理解したか」
「違う」
俺は。
空を見る。
「お前らが出してない方を選ぶ」
「何?」
「地球か」
「この世界か」
二つしかないと思ってた。
AIも。
過去の俺も。
ゼノスも。
でも。
「どっちも救う」
ユリアが。
息を呑んだ。
玲奈が。
小さく笑った。
「成功率は?」
「分からない」
「失敗したら?」
「たぶん最悪」
「合理的ではありませんね」
「ああ」
「最適でもない」
「ああ」
「馬鹿ですね」
「知ってる」
玲奈は。
今度こそ。
笑った。
「では、やりましょう」
「即決!?」
「私も人間なので」
その言葉に。
ユリアが笑う。
ゼノスだけが。
笑わなかった。
「愚かだ」
「そうかもな」
「二つとも失う可能性がある」
「ああ」
「その責任を取れるのか?」
責任。
重い言葉だった。
俺は。
少し考えた。
そして。
答える。
「取れない」
ゼノスの眉が動く。
「世界が二つ消えたら、責任なんて取れない」
「なら」
「でも」
俺は言った。
「選ぶ責任から逃げるつもりはない」
AIが決めたから。
過去の俺が決めたから。
合理的だから。
そんな言葉の後ろに。
隠れない。
「俺が選ぶ」
胸に手を置く。
「今の神谷光太郎が」
「二つとも救す」
ユリアが小さく言った。
「噛んだ」
「……大事なところで!?」
「うん」
「今のなし!」
「世界の記録には残るかも」
「消して!」
「AIに頼む?」
「それ今一番ダメなやつ!」
ユリアが。
笑った。
ほんの一瞬。
世界が滅びかけていることを。
忘れそうになった。
その笑顔を見て。
思う。
やっぱり。
消させるものか。
世界境界切断
《警告》
《世界境界切断には管理者権限が必要です》
「俺にある?」
《過去認証者権限を確認》
皮肉だ。
世界を消すために持っていた権限を。
世界を残すために使う。
「実行」
《再確認》
《世界境界を切断した場合、以後の相互干渉は保証されません》
「実行」
《結果予測不能》
「知ってる」
《推奨されません》
「それも知ってる」
《最終確認》
文字。
《実行しますか?》
YES。
NO。
二つの選択肢。
俺は。
YESへ触れた。
世界が。
割れた。
音じゃない。
でも。
確かに。
何かが断ち切られる感覚がした。
空。
大地。
魔力。
光。
全部が。
一瞬。
横へ引き裂かれる。
「コータロー!」
ユリアが倒れそうになる。
俺は。
反射的に腕を伸ばした。
抱き止める。
「大丈夫か!」
「う、うん!」
近い。
顔が。
ものすごく近い。
いや。
今それどころじゃない。
本当に。
それどころじゃない。
たぶん。
「光太郎さん!」
玲奈の声。
「境界値が!」
「どうなった!?」
「……消えています」
「え?」
「地球側との干渉値」
玲奈が画面を見る。
「ゼロです」
空に。
文字。
《WORLD RESET》
ノイズ。
《実行……》
《実……》
そして。
消えた。
静寂。
山は。
ある。
街も。
ある。
俺も。
いる。
ユリアも。
腕の中にいる。
「……生きてる?」
俺が聞く。
「たぶん」
「確認方法雑だな」
「コータローが抱きしめてるから、たぶん」
「それ確認方法になってる!?」
「あ」
ユリアが。
ようやく状況に気づいたらしい。
顔が赤くなる。
俺も。
遅れて気づく。
「ご、ごめん!」
「別に」
離れる。
ユリアが。
小さく付け足した。
「嫌じゃなかったけど」
「…………」
待って。
世界を救った直後に。
別の意味で心臓止めるのやめて。
消えた答え
「成功……した?」
俺は。
空を見る。
世界は。
残っている。
地球側の干渉。
ゼロ。
《WORLD RESET》も消えた。
「やった……」
力が抜ける。
玲奈も。
その場に座り込んだ。
「本当に」
息を吐く。
「AIが提示していない答えで」
俺は笑った。
「勝ったな」
そう言って。
いつもの癖で。
青い画面を見る。
「《叡智の書庫》」
返事がない。
「……え?」
もう一度。
「《叡智の書庫》」
何も。
出ない。
「玲奈」
彼女も。
青ざめていた。
「《ミネルヴァ》」
沈黙。
「反応がありません」
ユリアが。
胸元を押さえる。
「EVE?」
返事はない。
「EVE」
もう一度。
「ねえ」
沈黙。
三人の間から。
笑顔が消えた。
《叡智の書庫》。
《ミネルヴァ》。
EVE。
全部。
消えた。
「……嘘だろ」
俺は。
右手を見る。
何度呼んでも。
画面は出ない。
異世界へ来てから。
ずっと。
俺の隣にあったもの。
何を食べるか。
どう戦うか。
どう治すか。
どう救うか。
何度も。
答えをくれた。
その声が。
ない。
「コータロー」
ユリアが。
俺の袖をつかむ。
俺は。
聞いた。
「どうすればいい?」
誰に。
聞いたんだろう。
《叡智の書庫》?
ユリア?
自分?
分からない。
ユリアも。
すぐには答えなかった。
それから。
俺の手を取った。
「分からない」
「……え?」
「私も分からないよ」
笑う。
少しだけ。
不安そうに。
でも。
確かに。
笑った。
「じゃあ」
ユリアが言う。
「私たちだけで、間違えられるね」
胸の奥で。
何かが。
ほどけた。
正解がない。
未来予測もない。
成功率もない。
それでも。
隣には。
人がいる。
「それ」
俺は言った。
「励ましてる?」
「うん」
「かなり怖いんだけど」
「じゃあ成功」
「なんで!?」
ユリアが笑った。
俺も。
少しだけ笑った。
その瞬間。
空が。
光った。
次の試験
世界中の空へ。
巨大な文字が浮かぶ。
AIの画面ではない。
もっと。
巨大で。
冷たい。
《WORLD BOUNDARY SEPARATION》
《完了》
続いて。
文字。
《第一試験終了》
「……試験?」
玲奈が立ち上がる。
《評価》
《AI補助下における人類意思決定》
《観測完了》
嫌な予感。
次の一文。
《次試験》
俺は。
息を止めた。
《AIなしで人間が意思決定可能か》
誰も。
喋らなかった。
AIなし。
今。
まさに。
全部消えた。
《試験開始》
「待て」
俺は空へ叫ぶ。
「待てよ!」
返事はない。
代わりに。
王都の警鐘が。
鳴った。
一回。
二回。
三回。
戦時警報。
「何?」
ユリアが振り返る。
扉が。
勢いよく開いた。
兵士が転がり込んでくる。
「緊急報告!」
顔面蒼白。
「帝国軍が国境を突破!」
玲奈が息を呑む。
「兵力は?」
兵士が。
震える声で答えた。
「約十万!」
十万。
俺は。
無意識に。
右手を上げた。
勝率は?
最適な防衛線は?
敵の補給は?
王都陥落まで何時間?
聞きたいことが。
一瞬で。
頭を埋め尽くす。
「《叡智の書庫》」
沈黙。
もう一度。
「《叡智の書庫》!」
何も。
答えない。
当たり前だ。
消えたんだから。
なのに。
身体が。
まだ。
答えを求めている。
兵士が叫ぶ。
「光太郎様!」
「ご指示を!」
俺は。
口を開いた。
何も出なかった。
勝率。
不明。
未来。
不明。
正解。
不明。
帝国軍。
十万。
こちらには。
もう。
AIはいない。
隣で。
ユリアが。
俺の手を握った。
今度は。
離さなかった。
「コータロー」
俺を見る。
「考えよう」
たった。
それだけだった。
でも。
今の俺たちには。
それしかなかった。
空には。
まだ。
あの文字が浮かんでいる。
《AIなしで人間が意思決定可能か》
世界を救った直後。
俺たちは。
初めて。
答えのない世界へ放り出された。
第4部 第4話 完
次回 第4部 第5話
「答えのない十二時間」
AIなし。
勝率計算なし。
未来予測なし。
そして。
帝国軍十万。
セリアは戦うと言う。
アエリアは民を逃がすと言う。
玲奈は交渉を選ぶ。
ユリアは、まず敵の声を聞こうと言う。
全員が。
間違っていない。
だからこそ。
光太郎は選べない。
これまでなら。
答えを聞けた。
だが。
もう。
《叡智の書庫》は答えない。
王都陥落まで。
およそ十二時間。
その数字すら。
AIが出したものではない。
答えを失った人間たちは、自分たちだけで十万の軍勢を止められるのか。




