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第1話 十日後に焼かれる故郷

第3部から、この物語は少しだけ重くなります。


これまで光太郎は、《叡智の書庫》の知識を使いながら、村や王都で起きる問題と向き合ってきました。


しかし今回、AIが示すのは「どうすれば全員を救えるか」という答えではありません。


「誰を諦めれば、より多くの人を救えるか」


という答えです。


六万の帝国軍。


ユリアの故郷、白樹都市リュネール。


そこに暮らす十万人。


そして、《叡智の書庫》が示した極めて合理的な最適解。


一つの都市を犠牲にすれば、王国全体を救える。


数字だけを見れば、それは正しいのかもしれません。


けれど、その「一つ」の中には。


誰かの家があり。


家族がいて。


思い出があり。


生きてきた時間があります。


第3部で光太郎が戦うのは、帝国軍だけではありません。


「正しい答えなら、人間は従うべきなのか」


その問いそのものと戦います。


さらに、これまでほとんど語られてこなかったユリアの過去。


彼女がなぜ故郷を離れたのか。


そして、彼女の中に眠る謎も少しずつ動き始めます。


AIは答えをくれる。


けれど。


その答えを選ぶのは誰なのか。


ここから、『AIだけが使える異世界』は本当の意味で「AIと人間の物語」へ入っていきます。


第3部。


戦争編「一つの都市と十万人の命」


光太郎たちが選ぶ答えを、最後まで見届けていただければ嬉しいです。

第1話 十日後に焼かれる故郷


十日後。


ユリアの故郷は、焼かれる。


しかも。


火をつけるべきだと提案したのは、帝国軍ではなかった。


俺のAIだった。


《推奨防衛案》


《白樹都市リュネールを戦略的囮として使用》


《市街地焼却による帝国軍進軍遅延》


そして。


最後に表示された数字。


《王都防衛成功率:99.8%》


正しい。


たぶん。


恐ろしいほどに。


だから俺は、その答えを選ばなかった。


一 正しすぎる答え


「消してくれ」


《確認》


「表示を消せ」


青い文字が消える。


残ったのは、馬車の音だけだった。


ガタッ。


ガタッ。


ガタッ。


王都から北へ延びる街道。


俺、神谷光太郎たちは、白樹都市リュネールへ向かっていた。


ヴァルガード帝国軍。


推定六万。


王都を攻めた東方領主軍の、およそ二十倍。


その大軍が北方国境を突破し、こちらへ向かっている。


そして進軍路の途中にあるのが。


人口十万のエルフ都市。


白樹都市リュネール。


隣を見る。


銀色の髪。


緑の瞳。


ユリアは、ずっと前を見ていた。


「……ユリア」


「何?」


「まだ戻れる」


彼女がこちらを見る。


「どこへ?」


「王都」


「どうして?」


「君まで行く必要はない」


ほんの一瞬。


彼女の瞳が揺れた。


でも。


すぐに首を振る。


「行くよ」


「でも」


「私、薬師だから」


「……」


「戦争になれば、怪我する人がいる」


淡々と。


いつもの口調。


「病気になる人もいる」


「ああ」


「薬師が必要」


正しい。


正しいけれど。


彼女の両手は。


膝の上で、強く握られていた。


「怖い?」


聞いた瞬間。


少し後悔した。


ユリアは何も答えない。


馬車だけが進む。


やがて。


「……少し」


「少しか」


「かなり」


「増えたな」


「ものすごく」


俺は苦笑した。


「正直だな」


「コータローだから」


その一言だけで。


胸の奥が変なところを殴られた。


「じゃあ」


俺は前を向いた。


「怖くなったら言ってくれ」


「言ったら?」


「……考えてなかった」


「そこは何かするところじゃない?」


「三日くらい考える時間をくれ」


「遅いよ」


初めて。


ユリアが笑った。


小さな笑顔。


それだけなのに。


少し安心した。


帝国軍六万。


十万人の都市。


AIが提示した99.8%。


そんな数字ばかり見ていると。


忘れそうになる。


ここにいるのは。


数字じゃない。


ユリアだ。


二 六万人を相手に二百人で何をする?


今回。


王国から同行する兵士は二百人。


指揮官はセリア。


帝国軍は六万。


俺は馬上のセリアへ聞いた。


「一応確認していい?」


「何だ」


「二百人で六万人と戦う方法ってある?」


「ある」


「あるの!?」


即答だった。


「神谷が五万九千八百人倒せ」


「俺を兵器扱いするな!」


「なら残りは任せろ」


「そういう問題じゃない!」


前方で兵士が何人か吹き出す。


ユリアも笑った。


セリアは真顔だった。


たぶん半分くらい本気だ。


「そもそも俺、剣も魔法も使えないんだけど」


「AIがあるだろう」


「AIは六万人を吹き飛ばす魔法じゃない!」


「不便だな」


「今さら!?」


笑いが起きた。


ほんの数秒。


戦争を忘れる。


でも。


誰も。


六万という数字を忘れてはいない。


だからこそ。


笑えるときに笑う。


たぶん。


人間にはそういう時間が必要なのだ。


俺は《叡智の書庫》を呼び出した。


「帝国軍の現在位置」


《推定位置を表示》


視界に地図。


北から南へ。


赤い光点が動いている。


「平均進軍速度」


《一日18.4キロメートル》


「リュネール到着予測」


一瞬。


聞くのをためらった。


でも。


知らなければ何もできない。


「あと何日?」


《推定》


《9.4日》


昨日は十日だった。


当たり前だ。


時間は止まらない。


「九日?」


ユリアが聞いた。


俺はうなずく。


「ああ」


彼女は前を向いた。


「そっか」


それだけだった。


街道沿いでは。


子どもが遊んでいる。


畑では農民が働いている。


洗濯物が風に揺れている。


平和そのものだった。


九日後。


この道を。


六万人の兵士が通る。


戦争は。


始まった瞬間に戦争になるんじゃない。


誰かに見えていないだけで。


もう。


ずっと向こうから近づいている。


三 逃げることは、正しい


昼過ぎ。


俺たちは最初の避難民とすれ違った。


荷車三台。


十数人。


老人。


女。


子ども。


積まれている荷物は少ない。


毛布。


服。


食料。


鍋。


それくらい。


セリアが馬を止めた。


「どこからだ?」


「北の村だ」


老人が答える。


「帝国軍を見たか?」


「見てはいない」


「では、なぜ避難を?」


老人は。


北を見た。


「煙だ」


「煙?」


「隣村の方から上がってた」


子どもが母親の服を握る。


「だから逃げた」


俺は言った。


「正しい判断です」


老人が俺を見る。


「正しい?」


「ああ」


「……そうか」


なぜか。


嬉しそうではなかった。


「畑を置いてきた」


「……」


「今年は、よくできてたんだ」


麦。


豆。


果樹。


老人は、それだけ言った。


「孫と植えた木もある」


そして。


寂しそうに笑う。


「それでも逃げるのが正しいのか?」


答えが出なかった。


命を守る。


最優先。


当然。


AIに聞けば。


きっと迷わない。


《即時避難を推奨》


そう返すだろう。


でも。


人間は。


命だけを抱えて生きているわけじゃない。


家。


畑。


仕事。


思い出。


家族の墓。


十年。


二十年。


何十年もかけて作ったもの。


それを置いて。


生きるために逃げる。


正しい。


そして。


苦しい。


どちらも同時に存在する。


「……戦争が終わったら」


俺は言った。


「戻れます」


老人が笑う。


「そうだといいな」


荷車は。


南へ進んでいった。


ユリアが。


ずっと見送っていた。


「コータロー」


「ん?」


「リュネールも」


声が小さい。


「逃げた方がいい?」


来た。


避けたかった質問。


でも。


避けられない。


「今なら」


俺は答える。


「十万人を避難させられる可能性はある」


「どこへ?」


「王都周辺」


「十万人だよ」


「ああ」


「食料」


「用意する」


「寝る場所」


「作る」


「薬は?」


「集める」


「子どもは?」


「……」


「老人は?」


詰まった。


十万人。


口で言うのは簡単だ。


でも。


十万人が移動する。


十万人が食べる。


水を飲む。


眠る。


排泄する。


病気になる。


十万人を避難させるということは。


十万人分の人生を。


丸ごと動かすということだ。


「簡単じゃない」


俺は言った。


ユリアは黙っている。


「でも」


俺は続けた。


「やる」


彼女がこちらを見る。


「できるかどうかは、まだ分からない」


「……うん」


「それでもやる」


しばらく。


何も言わなかった。


そして。


「ありがとう」


それだけ。


言った。


四 十五歳の薬師


その夜。


街道脇の森で野営した。


兵士たちは交代で休んでいる。


俺は焚き火の前で地図を広げていた。


リュネール。


人口約十万。


周囲を川と森に囲まれ。


北側には帝国軍。


南側には王都。


防衛拠点として見れば。


優秀だった。


だからAIは選んだ。


リュネールへ帝国軍を誘い込む。


橋を落とす。


補給線を切る。


最後に都市を焼く。


六万を足止め。


その間に王都を再編。


王都防衛成功率。


99.8%。


「また見てる」


声。


ユリアだった。


俺の隣へ座る。


「寝ないの?」


「もう少し」


「昨日もそう言った」


「記憶力いいな」


「薬師だから」


「それ関係ある?」


「患者が何飲んだか忘れたら困るでしょ」


「なるほど」


「だから寝て」


「結論そこ?」


ユリアは焚き火を見る。


しばらく。


何も言わなかった。


そして。


「ねえ、コータロー」


「ん?」


「私がどうしてリュネールを出たか」


俺は地図から顔を上げた。


「聞いていいのか?」


「今まで聞かなかったね」


「話したくなさそうだったから」


「……うん」


薪が弾ける。


パチッ。


「追放されたの」


知っていた。


でも。


その理由までは知らない。


「十五歳の時」


ユリアは話し始めた。


「私、薬師見習いだった」


「うん」


「病気の子がいたの」


高熱。


何日経っても下がらない。


町の薬師たちは。


昔から使われてきた薬を使った。


それでも。


症状は悪化した。


「私は、本を読んだ」


「薬草について?」


「うん」


古い記録。


似た症状。


別の薬草。


「それなら助かるかもしれないと思った」


「先生は?」


「止めた」


「でも」


ユリアの指が。


服を握る。


「このままだと死ぬと思ったから」


使った。


十五歳の少女が。


自分で決めた。


「その子は?」


分かっていた。


たぶん。


それでも。


聞かなければならなかった。


「死んだ」


短い言葉だった。


「薬が原因かは分からない」


「元々、かなり悪かった」


「でも」


ユリアが。


焚き火を見る。


「私が薬を使った後に死んだ」


誰も。


その因果を証明できなかった。


それでも。


町は答えを必要とした。


誰が間違った?


誰が責任を取る?


答えは。


十五歳の薬師見習いになった。


「私が殺したって言われた」


胸が痛む。


「長老会は」


彼女が続ける。


「勝手に治療法を変える薬師は危険だって」


「それで」


「追放」


十五歳。


故郷を失った。


「家族は?」


聞いてから。


まずかったと思った。


「ごめん」


でも。


ユリアは首を振った。


「何も言わなかった」


「……」


「お父さんも」


「お母さんも」


責めなかった。


助けなかった。


ただ。


何も言わなかった。


たぶん。


それが。


一番痛かった。


「私」


ユリアが笑う。


笑顔にはなっていない。


「ずっと考えてた」


「何を?」


「あの時」


火を見る。


「先生の言う通りにしてたら、その子は助かったのかなって」


「……」


「私が決めなかったら」


声が。


ほんの少し震える。


「死ななかったのかなって」


俺は。


何も言えなかった。


間違える。


だからAIに決めさせる。


ゼノスの答え。


瀬能零司が。


三十四年の果てにたどり着いた答え。


目の前には。


十五歳で。


自分の選択によって誰かが死んだかもしれないという痛みを。


ずっと抱えてきた少女がいる。


「分からない」


俺は言った。


ユリアが顔を上げる。


「俺には分からない」


「その薬が正しかったか」


「使わなければ助かったか」


「君が間違えたのか」


慰めることならできた。


君は悪くない。


仕方なかった。


でも。


そんな簡単な話じゃない。


だから。


言わない。


「でも」


俺は続けた。


「君が助けようとしたことだけは知ってる」


ユリアの瞳が。


揺れた。


「俺は今の君を見てるから」


王都でも。


村でも。


病人がいれば。


誰より先に走った。


追放された町を前にしても。


逃げずに戻ろうとしている。


それが。


俺の知っているユリアだ。


彼女が俯く。


「……ずるい」


「何が?」


「そういうこと言うの」


「まずかった?」


「逆」


「逆?」


「だから困る」


「何が?」


「分からないなら」


ほんの少し。


頬が赤い。


「そのままでいい」


恋愛というものについて。


俺は。


未だにほぼ何も理解していなかった。


《叡智の書庫》へ聞こうかと思い。


やめた。


これは。


AIに聞いたら負ける気がした。


五 白い森


三日目。


景色が変わった。


木々が。


白い。


最初は雪かと思った。


違う。


幹そのものが白い。


何百。


何千。


淡い緑の葉。


その間から。


柔らかな光が落ちる。


「白樹」


ユリアが言った。


声が。


少し懐かしそうだった。


「リュネールにしか生えないの」


「綺麗だな」


「うん」


指をさす。


「あそこに川があるでしょ」


「ああ」


「薬草採りに来てた」


「へえ」


「何度か落ちた」


「何度?」


「三回」


「多いな」


「……五回だったかも」


「増えた!」


「子どもだったから」


「子どもでも二回目くらいで学習しようよ」


ユリアが笑う。


その表情。


初めて見る。


ここには。


追放された記憶だけじゃない。


子どもの頃。


笑った日も。


失敗した日も。


薬草を摘んだ日も。


全部ある。


ここは。


本当に。


ユリアの故郷なのだ。


その時。


視界に赤い表示。


《警告》


「……何だ?」


《未確認情報構造を検出》


足が止まる。


「コータロー?」


「ちょっと待って」


《解析中》


《対象》


表示された名前に。


息を呑んだ。


《ユリア》


「……何?」


彼女を見る。


いつものユリア。


「どうしたの?」


《ユリア生体情報内に》


《既知形式と類似する情報構造を検出》


「既知形式?」


嫌な予感がする。


「何と似てる?」


数秒。


そして。


《AI由来情報構造との類似率:87.3%》


「……は?」


理解できなかった。


ユリア。


AI。


何を言っている?


「コータロー?」


言うべきか。


でも。


何を?


俺自身が意味を理解できていない。


その時。


前方から兵士の声。


「都市が見えたぞ!」


森が開ける。


巨大な白樹。


白い塔。


橋。


神殿。


無数の家。


緑と白に包まれた。


美しい都市。


白樹都市リュネール。


人口。


約十万人。


ユリアの故郷。


そして。


九日後。


六万人の帝国軍が到達する街。


六 「おかえり」はなかった


城門。


王国からの使者としてセリアが書状を差し出した。


「ヴァルガード帝国軍が南下している」


門番が読む。


顔色が変わる。


「長老会へ伝えてくれ」


「分かった」


その時。


別の門番が。


ユリアを見た。


固まる。


「……お前」


ユリアの肩が。


小さく震えた。


「久しぶり」


「ユリア?」


驚き。


次に出てきたのは。


喜びではない。


警戒だった。


「なぜ戻った」


俺は。


何も言えなかった。


おかえり。


ではない。


なぜ戻った。


城門が開く。


街へ入る。


視線が集まる。


道の両側。


店。


窓。


橋。


誰もが。


ユリアを知っている。


それなのに。


誰も近づかない。


「ユリア」


「大丈夫」


早すぎる。


明らかに。


大丈夫ではない人の答え方だった。


「手」


「え?」


「震えてる」


彼女が。


自分の手を見る。


小さく震えている。


隠すように。


握った。


俺は。


何も言わず。


隣を歩いた。


七 呪われた子


都市中央。


巨大な白樹。


その根元に。


神殿があった。


白い階段。


その上に。


長老たち。


中央。


長い銀髪の老人。


深い皺。


鋭い目。


彼は。


セリアを見なかった。


俺も。


兵士も。


見なかった。


ただ。


ユリアだけを見る。


「……長老」


老人は静かに答えた。


「十五年ぶりか」


「はい」


「なぜ戻った」


また。


同じ言葉。


ユリアが。


前へ出る。


「帝国軍が来ます」


「知っている」


「六万人です」


「聞いている」


「九日以内に」


「それも知っている」


「なら!」


ユリアの声が強くなる。


「避難してください」


コン。


老人の杖が。


石床を叩いた。


静寂。


「口を慎め」


ユリアの顔が。


硬くなる。


「十五年前」


老人は言った。


「我らの教えを破り」


一拍。


「人の命を奪った者が」


「違う!」


ユリアが叫んだ。


「私は……!」


声が。


止まる。


老人は続ける。


「追放された者が、今さら何を言う」


拳が。


勝手に握られた。


でも。


ユリアが。


俺の前へ手を出す。


止める。


自分で話す。


そういう目だった。


「私のことは」


ユリアの声は震えている。


「どう思ってもいい」


「でも」


一歩。


前へ。


「帝国軍は来ます」


「子どもも」


「老人も」


「病人も」


「みんな危険です」


長老は。


しばらく黙っていた。


「変わらんな」


「……え?」


「自分の知識だけが正しいと思い」


「昔からの判断を否定する」


「違います!」


「十五年前もそうだった」


ユリアの顔から。


血の気が引く。


もう。


黙れなかった。


「彼女の話を聞いてください」


老人が。


初めて俺を見る。


「人間か」


「神谷光太郎です」


「知っている」


「なら話は早い」


俺も前へ出る。


「九日後」


「帝国軍六万が到達します」


「だから?」


「十万人を避難させる必要があります」


周囲が。


ざわめく。


長老が目を細める。


「白樹都市を捨てろと?」


「都市は」


俺は答える。


「また作れます」


「……」


「人は」


一拍。


「作り直せません」


静かになった。


「避難してください」


「断る」


即答。


「なぜ!」


「ここは我らの故郷だ」


老人が。


白樹を見上げる。


「人間には分からん」


その言葉に。


昼間すれ違った老人を思い出した。


畑。


麦。


果樹。


逃げればいい。


そんなに簡単ではない。


分かる。


それでも。


「死んだら」


俺は言った。


「戻る場所そのものがなくなる」


長老は。


俺ではなく。


ユリアを見る。


「お前が連れてきたのか」


「……はい」


「人間を」


「違います」


「戦争を」


「違う!」


「災いを」


「違います!」


老人の声が。


さらに低くなる。


「お前が戻る時は」


ユリアの顔が。


強張る。


「いつも人が死ぬ」


俺の中で。


何かが切れそうになった。


それより先に。


老人が告げた。


「災いを連れて戻ったか」


そして。


ユリアへ。


最も残酷な言葉を投げた。


「呪われた子よ」


八 それだけは、絶対に違う


神殿を出た。


「今日は終わりにしよう」


俺は言った。


「え?」


「宿へ行く」


ユリアが振り返る。


「でも、避難の話」


「明日だ」


「時間ないよ」


「分かってる」


「なら」


「今は無理だ」


彼女が黙る。


これ以上。


あの場所に。


ユリアを立たせたくなかった。


「……ごめん」


「何で君が謝る?」


「私が」


声が。


小さい。


「戻ってきたから」


「違う」


思った以上に。


強い声が出た。


「帝国軍が来るのは君のせいじゃない」


「でも」


「違う」


俺は。


彼女を見る。


「長老が何を言おうが」


「……」


「それだけは」


はっきり言う。


「絶対に違う」


ユリアは。


しばらく。


俺を見ていた。


そして。


「うん」


小さく答えた。


その時。


視界。


青。


《叡智の書庫》。


頼んでいない。


《対象情報構造を再検出》


「また……」


《解析継続》


《対象:ユリア》


嫌な予感が膨らむ。


《AI由来情報構造》


「止めろ」


《識別コード照合》


「やめろ」


ユリアが。


俺を見る。


「コータロー?」


《一致候補を検出》


俺の声とは関係なく。


解析は続く。


そして。


表示された。


知らない名前。


《識別候補》


《EVE》


「……EVE?」


誰だ。


何なんだ。


その瞬間。


画面が切り替わった。


《外部接続要求を検知》


背中に。


冷たいものが走る。


「ゼノス?」


違う。


表示が。


今までと違う。


《接続元:不明》


《通信要求》


そして。


《宛先》


文字が。


ゆっくり。


一文字ずつ表示される。


《ユリア》


「……何だよ、これ」


俺は。


彼女を見る。


ユリアは。


何も知らない。


ただ。


不安そうに俺を見ている。


そして。


俺にしか見えない青い画面へ。


最後の文章が現れた。


《MESSAGE》


《やっと会えたね》


息が。


止まった。


帝国軍到達まで九日。


人口十万。


避難を拒む白樹都市。


99.8%の防衛計画。


そして。


ユリアの中に存在する。


AIに似た何か。


俺は。


ようやく理解した。


今回の戦争で。


俺たちが知らないことは。


多すぎる。


帝国軍が来るまで。


まだ九日。


なのに。


戦争は。


もう始まっていた。


しかも。


敵が誰なのかさえ。


俺たちはまだ知らない。


第1話 完

次回 第2話

「救えない患者を選ぶ日」


帝国軍本隊の到着まで。


あと七日。


白樹都市へ避難民が押し寄せる。


負傷者。


発熱。


感染症。


患者は増え続ける。


しかし。


薬は足りない。


そして《叡智の書庫》が提示したのは。


助ける命ではなかった。


諦める命だった。


「この子を治療しなければ、あと三人救えます」


その言葉を聞いた瞬間。


ユリアの顔から。


表情が消えた。

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