旧居城との別れ2
11歳となったリリアスがすっかり旧居城の外を忘れ始めた頃に、幾度も墓所へ訪れる者があった。
辺境への赴任が決まり、亡き母への墓所に最後の別れをする騎士候補の少年だったが、その切ない表情にリリアスは惹かれるものを感じ、ルイ以外の人につい声を掛けてしまう。
「……ここに、貴方の母上が眠っていらっしゃるの?」
姿自体は遠目に何度か見たことがあった、墓所に訪れる数少ない親族の中で唯一の同世代だったし、とても美しい紫水晶の瞳に少しだけ恋焦がれていた。
「母上は、この地に眠る従僕と呼ばれる従者と共に住まわれる事を望みました。
大地に葬られ、始祖神さまのもとに旅立つ事ではなく、旧居城の中で暮らしておられるのです」
この世界の大地を作ったとされる始祖神のための神官は、旧居城の墓に訪れる事はない。ガラス張りの天井ではなく、日の光に照らされた土の中に住まわなくては始祖神のもとへと向かえないのが神殿の教えだった。
「自分もきっと、この地に眠ることになるのでしょう。先に辺境へと向かった父も、同様にそれを願っています」
「そう、なのですね。わたしの両親は外の世界に眠り、始祖神のもとへ旅立ちました。
このまま、この地に収まりたいのか……まだ分かりません」
珍しい紫の瞳の少年は惜しげに小さな墓への挨拶を終えてから、リリアスの手にそっと触れる。少年の騎士候補らしい硬い表情が和らいでいき、年相応の笑顔になった。
「……いや、どこに眠るのかなんて、その時になってから決めればいいさ。深く考えるような事じゃない。でも、この場所はとてもいい所だ。眠りにつくには、最高の場所だ。だから自分は、最後の瞬間ここに戻る事を願っている。貴方の考えの行き着く先は違う事になるのかもしれないけれど……もし、自分たちと一緒になったのなら、それは遠い先に、この地に眠りについた際の楽しみにしているよ」
リリアスに深く礼と旧居城の住まいへと敬礼をし、紫の瞳の少年は旧居城を後にする。
辺境領までは、馬車で三日の距離。旧居城に彼が再び訪れるのは、何年も先の話になるだろう。
「…………ルイ。わたしがここを出て、両親の墓を見舞う事や公式行事に参加することは、罪でしょうか?」
「貴方はこの地の王。すべての従僕を従わせる事のできる、唯一の存在。何をするのも自由です、何を望むのも許されます……」
「---そう、でしたね」
紫水晶の鍵をリリアスの首にかけ、それから臣下の礼をしてルイは寂しげな顔で頬に口付ける。
「ボクには引き出せなかった言葉を、あの少年に言わされて……ちょっと悔しいな。新しい貴方の部屋は、前第二王配の住まいを修繕して用意した。仕える者たちも厳選しておいたし、調度品も整えている」
「ここには、戻ってきてもいいの?」
ルイは大きく息を吐くとリリアスを抱きとめ、浴びせるような口付けと抱擁を繰り返す。
「何度でも、いつでもここに帰っておいで……。貴方は、唯一の王なのだから」
やがて、閉ざされていた大扉の鍵は開かれ、何人もの従者がリリアスを出迎えた。旧居城を出ることへの不安が消える事は無かったが、一人きりで震えるだけの、幼い第三王女の日々は終わりを告げた。




