第三王女リリアス2
「---はい」
ルイに手を引かれ、豪華な扉の前へと連れ出される。胸元から出したきれいな色の紫水晶の鍵を見せられ、いくつもの扉が開かれていった。
王のための居城だったのは、本当の事だろう。深い装飾の彫られた天井と床に張り巡らされた幾何学模様のタイル。その入り口でさえ塵の積もることは無く清浄に保たれており、リリアスは王のための大きな休息の椅子に座らされた。
持ち手にはルビーが埋め込まれ、小さなテーブルは玻璃のガラスと細工とが施されている。王宮の中でさえ見たことがないような古い豪華な紋様が壁を彩り、手入れの整った植物たちが明るく迎えてくれる。
「リリアスフィールト。温かいお茶でも飲んで、まずは気を落ち着かせて。貴方はこれから、ここの王となるのだから……」
テーブルのベルが鳴らされ、エプロンドレス姿の少女たちが出来立ての紅茶と焼菓子を運んでいく。ルイはミルクと砂糖菓子を入れ、幼いリリアスが飲みやすいように仕立ててから口元へと運んだ。
旧居城に押し込まれて以来の、二週間ぶりとなる暖かなお茶に喉をひりつかせながら飲み干すと、嗚咽のような泣き声が止まらなくなった。
「……もう、貴方を傷付ける者は誰も居ない。すぐに気が付かなくてごめん。貴方はとても小さくて静かだったから、この場所は何もないし、墓所を訪れるもの以外で立ち入る者は少ないんだ」
ルイはリリアスを椅子から持ち上げて抱きとめ、すっかり汗と涙で汚れた顔と手を布で拭き上げていく。
「ボクの正式な名前は、ルイリントベル・オーファルゴート。貴方の遠い親戚で、血縁上は再従兄弟より離れているかな? 従僕と呼ばれている、王のための小間使いを束ねる長だよ」
「ルイは、わたしと血がつながっているの?」
「うん、ボクたちは王族の一人だ。従僕は王の愛妾でもあり、その子供たち。今の王族よりも濃い王家の血筋を受け継いでいる……。そうだね、叔父だと思ってくれても構わないよ。それくらい、貴方とは近い位置に居るんだ」
「……おじうえと、およびした方がよろしいのですか?」
「ただのルイでいいよ。公式には認められた王族ではないし、表向きは、ただの旧居城の管理者だからね。リリアスフィールトは、リリアスはまだ飲み込めていないと思うけれど、ここは本当に王が住むための居室だったんだ……。この絵をご覧、私たちの曾祖母にあたるイウス王だよ」
客室に飾られた大きな油絵を指さされ、リリアスは自分と同じような蜜色の髪を揺らした女王の姿絵を見つめた。銀の王冠を戴いた妖艶な瞳は、見るだけでも心を奪われるような、とても魅惑的な姿絵に仕上がっている。
「イウス王は王に仕える従僕の待遇改善を求め、立ち入りを禁じられていた居城を誰でも出入りできる墓所へと移り変えたんだ。だからこの場所は、王のための住まいは普段閉じられていて、ボクが認めた者以外の立ち入りは許されない。たとえ女王であっても、この地を害する者は処刑される。それが従僕と、イウス王との間に定められた権利なんだ」
それからリリアスはエプロンドレス姿の少女たちに案内され、湯浴みと共に丁寧に肌を磨かれていく。
少女たちは王に話しかける事を禁じられているらしく、ルイから彼女たちがこれからは侍女として仕える事やそれぞれの名前を伝えられた。
何処から持ち出したのかちょうどよい丈の薄衣の夜着が用意され、寝化粧と肌の手入れを施されたリリアスは身体に大きすぎる寝台に横たわる事となった。
共寝にはルイが付き、専属の楽団たちが心地よい眠りを誘う音楽を奏で始める。
この地の王がどれだけ安らげるかを計算し尽くされた待遇に、不安を感じながらもリリアスは初めての安堵の眠りに落ちた。
「さて、ノッデ・リリアスフィールト・オーファルゴートは、従僕全ての王となられた。真なる女王だ。我々の一族を侮り、旧居城の地を牢屋のように扱った偽りの女王には鉄槌を……。
幼い即位ではあるが、旧居城の格を落とす王命を下した罪は重い。メリッサ女王からは本来の王としての従僕の権限を剥奪し、我らはリリアスフィールト陛下にのみ忠誠を誓う。彼女が女王だ、その意志や願いは全て望みのままに叶えられる」
侍女や扉を守る兵士たちは、眠りにつくリリアスの居室を前に跪き、歓喜の言葉を露わにする。この言葉の意味と、旧居城を粗末に扱った事への重大さを若きメリッサ女王が知るのは随分先の話だった。




