初めての挨拶をしました1
休憩も兼ねて近くの町の宿に泊まり、一度馬を乗り換えてから険しい山道を馬車で登って、ようやくアレンバイル辺境伯領に辿り着いた。大国のロイヤルアゼールとの国境沿いという事もあり、現在では友好国だが、かつては戦争に明け暮れていたという、国防上も油断出来ない場所に位置している。
当のリリアスは市井の暮らしに浮かれており、陰の護衛たちと手を繋いだまま、辺境伯領の市場や商店で珍しいお菓子や小物を買い続けた。最低限の公務であっても城の資金は元老院が管理しているため第三王女としての給金は支給されており、蜂蜜以外の手土産を買うくらいは手持ちで充分といえる。
「挨拶用の焼菓子も買ったし、アレンバイル邸に先触れも出してもらっているから、いきなり訪れても失礼じゃないよね?」
「文言が『第三王女が今から行きます。お土産も買ってくるね』では、先方は驚かれるだけだと思いますが……。マナーは大切ですからね」
シャルファが正式な作法の手紙を別に代筆し、早馬で先にアレンバイル邸に向かったので多少は安心出来るが、それでも隣国との緊張が続く辺境伯領に、王位継承権を持つ王女が押しかけるのである。
リリアスの父の前第二王配がロイヤルアゼール王族の血筋でもあるので、そこまでの心配こそないが、わざわざ陰の護衛たちが姿を見せるだけの危険はあった。仮にリリアスから求婚を行うとしても、家格的にアレンバイル家が王家にお伺いを立てるのが筋であり、第三王女自ら危険な領地に出向く必要はない。
(……ルイ様が、お薦めしたのだから仕方のない事だけど、アレンバイル家を信用してよいものか)
リズレアの不安は尽きないが、従僕の長であるルイが許可を出した以上は信頼の置ける相手と思うしかない。
「───ようこそお越しくださいました。使者のお方は、当家の主と一緒にお待ちでございます」
やや簡素な門の前で、年配の従者が丁寧な礼をして出迎える。邸内に入ると陰の護衛はリリアスの手を離し、すぐにその姿を隠した。屋敷の中は安全と判断出来るだけの信用が有るらしく、緊張していたリズレアも胸を撫で下ろす。
辺境伯夫人は既に身罷られており、二人の子息も騎士学校と幼年学校の寄宿舎通いのため、屋敷の使用人の数も少なく、かつて栄えていただろうサロンや庭園も荒れかけている。カウスと名乗った執事長が王女に見せられるような屋敷ではないと恥ずかしげに語るが、リリアスは歴史のある建物を気に入ったようで矢継ぎ早に質問を繰り返していた。
「ベノンウォム・アレンバイルでございます。王女殿下にお会い出来て、大変光栄です」
ウォムは男性貴族の称号で、名前の後ろに付くと位が高くなる。ベノンの前には幼名が名付けられており、爵位を継ぐか高位貴族の夫となると幼名を捨てて名前を短くする決まりだった。
女性貴族の方は称号が付かないが同様の決まりとなっており、例外として女王候補者のみが、名前にノッデを冠する事が出来る。
「---初めまして、アレンバイル辺境伯。本来ならば貴方とは王女としての接し方をせねばなりませんが、私はご子息と共にありたいという願いを持って参りましたので、無作法でもお許し下さる……?」
公務の時だけ見せる振る舞いと溢れ出す気品に、さすがの辺境伯も圧倒されていたが、ここに来た事情が事情なので、どんなに胃が痛かろうとも話を進めなくてはならない。
「どうぞ、当家ではお好きなようになさって下さい。殿下をもてなせるだけの贅の用意は出来ませんが、お身内の方への接し方で、お気持ちをラクにして頂ければと」
「結構、それでは……。あの、わたしはご子息の仮面の騎士殿に王宮の旧居城に嫁いで貰いたくて、ここまで押しかけてしまいました」
詳細はシャルファから聞かされてはいたが、自分の息子が王家に嫁入りをするとは、どういう話なのだろうか。さすがのベノンも曖昧な返事をしてしまい、あまりにも不敬すぎて咳払いでごまかした。
「デュランと、でございますか……。失礼ながら、何故に息子が王宮の、それも旧居城という禁足地に住まう事になるのでしょう?」
旧居城は、墓所以外の立ち入りを禁じている。その先の居室に入る事は、貴族以前に女王の命令であっても許されない。
「それはね、ルイが許可を出したんだ。仮面の騎士殿と……。デュラン殿とルイとボク、三人一緒に旧居城で暮らしなさいって……」
「…………ルイ、さま」




