(3)の1
四月半ばの爽やかな日差しは、午後四時過ぎには明度を失い、気怠い熱気を伴って疲れた体を眠気へ誘う。
銀色探偵事務所を昼前に出て、星はずっと自宅の近所を歩き、紀一と潤二の聞き込みに同行していた。
そこでは成果らしい成果が無い。
仕方なく足を延ばして聞き込みの範囲を拡げ、最後に駅前の商店街を回った後、今日の調査は終わりの予定である。
中学の陸上部で鍛えた若い体は強靭な筈なのに、目の前で肩を並べ……いや、たまにゴツゴツ肩をぶつけ合い、無意味に張り合うオッサン二人の大人げないタフさにはかなわない。
あんたら、六十過ぎてんでしょ。もういい加減、バテたら?
そこまで行くと可愛げないよ?
星が胸の奥でそうぼやいていると、紀一がいきなり振向いた。
「あ? 何か言ったか、嬢ちゃん?」
「……いえ」
「若いんだからよぉ、言いたい事とか聞きたい事とか、ハッキリ言えや」
年は関係ないでしょ、と星は思ったが口には出さない。元刑事の勘か何か知らないが、鋭すぎるのも可愛げないと思う。
だが、星のそんな気持ちを察する事無く、紀一はチラリと横の潤二を見て言った。
「人間、素直じゃないといけねぇぞ。何にせよ心に溜めすぎちまうと、胡散臭い何処かの大人みたいになる」
「キ~さん……それ、僕の事を言ってます?」
「あ~、一般論だぜ、あくまで一般論」
「ほう、地方公務員を長いことやってると、良い訳まで役人臭くなるんですねぇ」
グッと間近で睨み合い、すぐツンと顔を背ける。この展開、星は今日だけで何回見た事だろう。疲れがどっと込み上げ、無意識にため息をつくと、同時にオッサン二人がこっちを睨んだ。
星は慌てて取り繕い、
「いえ、あの、お二人とも流石だなぁと思って」等と軽~くおだててみる。
「流石? 何じゃ、そりゃ」
「ん~、僕ら、今日は収穫無しですけど」
「え~、知らない人から話を聞くの、素人じゃ真似できないなぁって、つくづく……」
口ごもったものの、実際、星は感心させられていた。
小林家近辺の調査では付合いのある家だけ星が話を聞き、後は紀一と潤二が手分けして担当したのだが、やり口がそれぞれ違う。
紀一は、呼び鈴を押して家人が現れると持ち前の迫力でドアの隙間へ半身を押し込み、有無を言わさず情報を引き出す。で、終わり際にニッコリ笑い、深々と頭を下げる。初めのコワモテとのギャップも計算しているのだろう。
潤二の方は、徹底的な低姿勢と良く回る舌が武器。疑いの目で見られても口先一つで相手を煙に巻き、何時の間にやら油断させて言葉を引き出す巧みさを持つ。で、終わり際に表情を引き締め、礼儀正しく深々と一礼。初めの胡散臭さとの落差が鮮烈極まりない。
これぞプロの腕というものか。
もし、自分が聞き込みするなら、どちらを真似るか、考えると胸がワクワクした。
ミステリー小説は苦手な星だが、サブスクの刑事ドラマなら結構見ている。その耳慣れたBGMが紀一達の隣で歩くと何処かから聞こえてくる気がした。
「……あのぉ、お二人に聞きたいんですが」
「あ?」
「何だい、星ちゃん?」
「ずっと前からお友達ですよね、珠恵さんとも……って言うか、幼馴染み?」
「ま、そんなトコね」
「俺にとって、こいつと知り合いなのは一生の不覚だが」
「良く言うわ。俺とタマちゃんの居場所へ割り込んできたのはアンタでしょ」
さぁね、と紀一はソッポを向く。
「僕は忘れられないヨ。今から五十三年前、1962年6月の朝、僕らの通う東京都田末市の中学校にキ~さんは現れた」
「転校生だったんですか?」
「それもとびっきりクソ生意気な、ね」
紀一は潤二の皮肉を聞き流し、商店街の歩道を歩く足を速めた。
今回も読んで頂きまして、ありがとうございます。




