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そろそろ辺りは暮色に染まりつつある。
駅前のブリッジ型アーケードに刻まれた『坏土銀座』の名は月並みの極致だが、青年会有志による月例イベント等が功を奏し、それなりに買い物客で賑わっていた。
古い店が多い為か、何処かしら昭和の趣も漂っている。その空気を深く吸込み、紀一は遠い目で空を仰いだ。
「俺の親父も警官でな。ずっと神戸で勤務してたんだが、東京へ転属となり、俺も学校を移った。それも二学期途中なんて、半端な時期に、な」
星は紀一の少年期を想像してみたが、何も思い浮かばない。正直に言えば、昭和なんて彼女には江戸時代とさして変わらぬ大昔に思える。
代わりに潤二がツッコんだ。
「キ~さん、クラスの朝礼で先生に紹介された時、何も言わず、暗い目で床を睨んでた。気味悪かったぜぇ、恐ろしく」
「色々あったんだよ、あの頃は俺も」
「で、クラスで浮いちまって、いじめられるお決まりのコースへはまった訳」
「紀一さんがいじめの標的に?」
「ちょっと想像つかないっしょ?」
「フン、やられるばっかじゃねぇから」
「何を隠そう、キ~さんと一番派手にやりあったのが、この僕だったのね」
「性質悪いんだ、コイツ。ケンカはからっきしで、す~ぐ逃げ出す癖に、何かと俺を目の敵にしやがって」
唇を歪め、潤二が喉の奥を鳴らして如何にも陰険そうな笑い声を漏らした。
「コイツの親父は株屋でな。それも証券会社うんねんじゃない。詐欺まがいのブローカーで、恐ろしく評判悪かったのよ」
「あ、だから刑事の息子のキ~さんとは相性が最悪なのね」
フッと、紀一が挑発的に笑う。
「それだけじゃねぇだろ?」
「え?」
「俺が転校してくる前、お前がクラスで一番の問題児だった。そのポジションを俺が奪う形になって、アイツの目も俺へ向いたのが気に入らなかったんだよな」
「アイツ? それ、もしかして珠恵さんの事ですか?」
「ウン。彼女、クラスの委員長だったんだけど、見て見ぬ振りできない性分でさ」
「落ちこぼれがいると、世話を焼かずにいられねぇんだわ」
「有無を言わさず、猪突猛進で」
何を思い出したやら、二人は顔を見合わせてしみじみ頷き合う。
「やっぱり珠恵さん、昔からしっかりしてたんですね」
「いやぁ、適当にオロカだよ、あの人。そこがまた」
「そこがねぇ、実に……」
「うん、実に良い」
今度は二人して含み笑いだ。
何故か、こちらの場面だけは星にも容易に想像できた。
やぼったく、長いスカート丈のセーラー服を着た小柄な少女が、パタパタ木造校舎の廊下を走ってきて、睨み合う男子の間に迷う事なく飛び込んでいく。
思いっきり上から目線で説教を初め……
きっと瞳は今と同じだろう。あの、相手の顔を正面から見据える瞳は、今と寸分変わらない奥深い輝きを放っていたに違いない。
「あいつ、言うだけ言って治まりつかないと俺達の手をいきなり掴むんだよな」
「そうそう。んで、ハイ、仲直りの握手~って、無理矢理、僕らの手を重ねる」
「ま、迷惑だったけどよ」
「女の子に手を握られるなんて、当時の男子にゃ一大事で」
「わかる? 純情だったんよ、俺達」
突然、紀一に照れ隠しの藪睨みを向けられて、星はただ頷くのみだ。
「柔らかかったなぁ、あの手。もう、ケンカ続けてる場合じゃなかった」
「五十年越しによ、この町で再会した。今のタマちゃんも悪くねぇが、まさかお前とも会うとは……禍福あざなえる縄の如し」
「僕も、キ~さんの顔は金輪際、拝みたくないと思ってましたヨ」
グッと間近で睨み合い、すぐツンと顔を背ける。この展開、星は今日だけで何回見た事だろう。
「そう言えばさっきもお二人、事務所の前で珠恵さんに手を握られてましたね」
「……あ、見てたの?」
躊躇いなく、星は肯く。
「ずっと?」
「すぐ傍にいましたから」
「……見ンじゃねぇ、ガキの癖して」
言い方は素っ気ないが、そっぽを向いたまま、二人の頬は僅かに赤らんでいた。
へ~、意外に可愛げ、有ンじゃない?
その年甲斐の無い純情を感じた途端、星の目にはそれまで想像し辛かった中学生当時の二人が浮かぶ。
無口な一匹狼と、口八丁のひねくれ者。
仲違いした星自身の幼馴染み・宮辺良太は、そのどちらのタイプに近いのだろう?
ノーテンキ! そう言われた言葉が又、胸の奥で疼いた。
クラスこそ違うが、彼も愛良高校に通っている。学校の廊下で顔を合わせて良い筈なのに、一度も姿を見かけていない。
今、星にとって一番の気掛りは祖母なのだが、良太についても喉に刺さった小骨の如く時々思い出されては、ズ~ンと気持ちを重くした。
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