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気掛かりが、星の足の運びを鈍らせた。少し遅れ出す女子高生を先行するオッサン二人が気遣う。
「オイ、ど~した? 疲れたか?」
「何なら、先に帰って良いよ。僕ら、もうすぐ上がるしね」
十代が六十代から露骨にフォローされるのは、やはりプライドが傷つくものだ。星は意地を張り、余裕の笑みを浮かべた。
「ボク、全~然、元気! 平気、ヘッチャラです!!」
「そうは見えんが」
「疲れたって言うより、その……ちょっと考え事が……」
良太の事を話しかけ、星は踏み止まった。この頑固オヤジと不良老人に気を許し、不用意な打ち明け話をしようものなら、どうチャカされるか判ったもんじゃない。
「え~、あのですね」
「何?」
「今日、結構たくさん話を聞いたのに、お婆ちゃんが歩く姿を見た人、いませんでしたね、一人も」
「ふむ、目につかねぇ所ばかり、歩いてたんじゃねぇのか?」
「認知症のお婆ちゃんが、そんなの考えて歩ける訳ないじゃないですか」
「ん~、そおねぇ。仮に、ある程度、染子さんが意図的に動けたとして、人目を避ける理由が無いもんねぇ」
潤二の言葉に紀一が渋い顔で肯き、星は考えをまとめつつ言葉を継ぐ。
「そもそも目につかないのが変なんです。少なくとも徘徊した事実はあるんですよ。八十才のスローな足取りで、街のアチコチを通過した筈なんです。知り合いの目について当然なのに、神隠しにでもあってるみたい」
「や~れやれ、タイムスリップから今度は神隠しですか?」
「どうにも得体が知れねぇなぁ」
黙々と歩く内、三人は何時の間にか商店街のアーケードを潜り抜け、坏土駅のバス停留所近くまで辿り着いていた。
日除けの下で一息つき、肩を並べて頭を捻る事しばし……
「ハハッ、面白ェ取り合わせじゃん! 爺ぃとJKが仲良く、お散歩?」
飛んできた声の方角には、二階建てのオンボロ・ゲームセンターがある。やたら平均年齢が高いこの町に辛うじて生き残っている若者向け施設の一つだ。
老朽化し、昼間から薄暗い店内は不良の溜り場と見なされている為、星の高校でも出入りが禁じられている。
そんな場所から出てくる連中は、当然の如く危ない気配を漂わせていた。
肩を晒すレザーのタンクトップを着、銀鎖を垂らした腰パン男がリーダー格で、真っ黒いジャージを着たのが二人、ノッソリ後からついてくる。
「楽しそ~じゃん。俺らも混ぜて」
紀一は無視し、潤二と星も後に続くが、腰パン男は回込み、三人の行く手を阻む。
「つれねぇなァ。近頃の爺ィは礼儀ってモンがなってねェ」
潤二は少々及び腰だが、紀一は持ち前の度胸と藪睨みで腰パン男と向かい合った。
「仕事中だ。どけ」
「仕事だァ? お前ェらみたいな老害、何処が雇うンよ? タンス預金か年金で、そこのJKと愛人契約でもしてんじゃね~の?」
紀一と潤二はあくまでポーカーフェイス。さっさと通り抜けようとするが、左右に立つ黒ジャージの男達が横へ動いて行く手を塞ぐ。
「……あのね、この人達、確かに爺ちゃんかもしれないけど、アンタみたいにチャラチャラしてないから!」
愛人呼ばわりされ、星が最初にキレた。
「え~、何だっけ? オヤカタ日の丸、仕事の窓口は市役所で、社団何とか、シルバー何たらが絡んでるって言う」
「……大雑把だねぇ、君、トコトン」
潤二のツッコミに星が顔を赤くすると、すかさず紀一がフォローに入る。
「まぁ、間違っちゃいねぇよ。大体そんな感じだわな」
「え~と、ウン……よ~するに、そういうチャ~ンとした探偵事務所の探偵さんなんだから」
「はぁ、何だ、それ?」
「俺、前にテレビで見たわ、シルバー人材センターって奴だろ?」
「死に損ないがハシタ金で働くって奴か? ヘッ、バカなの、アホなの、早く死ねって感じ」
大声で嘲笑われ、歯ぎしりする星の姿に堪らず紀一が口を開く。
「お前ら、見たとこ学生だろが。昼間からこんな、恥ずかしくないのか」
「フン、全部、手前ェらのせいじゃん」
「爺ィがいつまでもノサばるから、若い奴らが迷惑するンだ」
「政治でも何でも、今は年寄りの都合ばっか聞いてンじゃん。生涯現役ってさ、ふざけんな!」
「基本、不公平だよな。割のいい楽な仕事、いつまで経っても俺らへ譲ろうとしねぇ」
「ウチの探偵事務所は半分ボランティアだ。楽に稼ぐつもりは毛頭無い」
「なら教えてやらァ。早くおっ死ぬのが最高のボランティアってよ!」
腰パン男は大声で笑い、それが呼び水になったか、ゲームセンターから不良グループの仲間が更に二人現れた。
危険を感じ、紀一は周囲を見回す。
星は彼の背後で身を固くしており、何時の間にか、潤二の姿が消えている。
「ちっ、あの野郎、又、保護色か」
怪訝そうにこちらを見上げる星に、紀一は何でもない、と首を振った。
こういう時、相手の僅かな隙をつき、逃げるのが潤二の特技だ。カメレオンばりに周囲へ溶け込むので、紀一は昔から『保護色』と呼んでいる。
それにしても潤二の奴……若い娘を置き去りにし、我先にトンズラするか、普通!?
紀一が口中で舌打ちした時、ゲーセンから出てきた若者の内、黒いキャップを目深に被った奴が星へ近づいてきた。
「俺に偉そうな事、言いやがってよ。爺ィ転がしで小遣い稼ぎか、ノ~テンキ」
聞き覚えのある声に、星は思わず息を呑んだ。キャップの鍔下から顔を覗き込むと、不貞腐れた宮辺良太の童顔が見える。
「こ、こんな所で何してんの!?」
「そいつは俺のセリフだ。そこの爺さん、探偵って言ったな。そんな奴らと、どうしてツルんでやがる?」
「ボク、お婆ちゃんについて調べてるんだ」
「……最近ひどくボケたって言う、あの?」
染子に認知症の症状が出た頃、既に良太との間に距離が生じていたから、その話をする機会は無い。
何故、知っているのか、怪訝に思いつつ星は徘徊中の祖母を見ていないか尋ねた。
「知るか、んなモン」
その吐き捨てる言い方は、星が知る以前の良太から想像もできない冷たさだ。
「そこのヒナコ先輩も言っただろ。ボケた年寄りは、てっとり早く死ぬ方が世の為、人の為ってさ」
「……良太、それ、マジ!?」
「当たり前じゃん」
「小さい頃、あんたもお婆ちゃんに可愛がって貰ったよね。覚えてるでしょ、家へ遊びに来る度、お菓子をくれた事」
「あぁ、アメちゃん、ね」
「ホント、ババァの定番だよなぁ」
先程、ヒナコ先輩と呼ばれた腰パン男が親しげに良太の肩を抱く。
「もう良いから、とっとと帰れ、アカリ!」
すっかり変わり果てた幼馴染みの姿に、怒りより哀しみを星は感じた。
「俺らのチーム……人呼んで『老害バスターズ』が、お前の連れごとキッチリ撲滅しちまう前に、よ」
「バカっ!」
気が付いた時には、平手で良太の頬を打っている。
「……手前っ、ザけんな!」
星へ振り上げる良太の拳を紀一が掴んだ。
ヒナコや黒ジャージが色めき、襲いかかろうとした時、「火事だ! ひったくりだ! 人殺しだぁ!」と大声で喚き散らす潤二の叫びが聞こえた。物陰に隠れ、様子を伺っていたのだろう。
その混乱に乗じ、紀一は星の手を掴んで商店街のアーケードへ逃げ込む。
走りながら星は、カバンの端に揺れるスヌーピーのマスコットをもぎ取ろうとし、どうしてもできないまま、己の頬を伝う涙を感じた。
紀一も、何時の間にか追いついてきた潤二も、啜り泣く星に気付かない振りで、そのまましばらく走り続けた。
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