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小林少女と銀色探偵団 時の端の赤とんぼ  作者: ちみあくた


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(2)の1



 千葉県北部、成田線沿線に位置する輩堂市を、一言で言うならば「御隠居の街」という表現になるだろう。


 JR総武線の快速電車を使うと、東京駅まで一時間ちょいだから十分通勤圏に入る。


 だが現役世代への配慮より、リタイアした世代が「夢のマイホーム」を持ちたいと願うニーズに応える為、高齢者に特化した街造りが輩堂市では進められてきた。


 大型商業施設がバランスよく配置され、医療施設、バス等の市内交通も充実。犬を連れた散歩に適する歩道幅まで考慮した閑静な住宅地が、至る所に広がっている。


 小林星の家がある梅ヶ丘町一丁目も、まさにそんな住宅地の典型だ。






 その年、初めて二十五度を超え、窓ガラスを貫く陽光の熱を仄かに感じる2026年3月の最終日曜日、星は二階の自室で机に向っていた。


 輩堂市内にある愛良高等学校への入学式を約一週間後に控えた時期である。特に偏差値が高くない公立校で、入試にさしたる苦労は無かったのだが、元来勉強が好きな方ではない。


 この日、久々に中学の教科書を開いたのも朝寝坊から目覚めた後、唐突に強い不安と焦りを感じたからだ。


 この先、高校の三年間で、ボクは何がしたいんだろ?


 ずっと陸上部にいて、400メートル走では県内でソコソコの選手だった。だが、アスリートを目指す才能を自分の中に感じず、高校生活をそこへ捧げる程の情熱もない。


 帰宅部もアリだけど、退屈を持て余す方が怖いんだよね、ボクの場合。


 そんな風に考え、結局、もっと学力を上げなきゃ選択肢は無いとの現実に気付く。


 いい大学に進み、公務員か、上場企業の正社員になる道を目指す同級生はとうの昔に目の色を変え、競争に鎬を削っていた。


 逆に、自分の可能性へ見切りをつけ、あっさりドロップアウトする連中もいる。


 両者の間にある溝は深い。終業式直前の放課後、優等生と落ちこぼれが教室で揉めた際に、星は実感させられている。


 クラスの風紀委員を務めていた為、仕方なく男子の間へ割って入ったのだが、


「オイ、頭ン中お花畑のノーテンキが、イチイチでしゃばるんじゃね~!」


 落ちこぼれの一人に激しく罵られ、星は言葉を失った。宮辺良太と言うその少年は、元々星と仲が良い。


 知り合ったのは幼稚園の入園式だ。


 裕福な家庭の一人息子である良太はF1のミニカーやラジコン飛行機等、高価な玩具を沢山持っており、星も良く一緒に遊んだ。


 誕生日には大好きなスヌーピーのマスコットをプレゼントされ、その内一つは今も登校カバンの端で揺れている。


 あの時、ボク、何て言い返せばよかったんだろう?


 ノーテンキなんて言う位だから「何も考えていない奴」認定されているだろうし、実際その通りなのがストレスの種。


 急に勉強を始めたのも、昨夜、その夢を見て目覚めが悪かったせいだが、一時の感情からくる向上心は萎えるのも早い。


 うつらうつら……にじり寄る睡魔と闘い、結局、勝てずに机へうつ伏せ。挙句、口元から垂れた涎がノートの端を濡らし始めたその時、


「空襲警報発令! 空襲警報発令!」


 繰り返す掠れた叫びが、星を現実の世界へ引き戻した。


「く、くうしゅう?」


 涎を拭い、廊下の方を見ると、階段を上る足音が聞こえる。間も無くドアが開き、白髪頭が覗き込んできた。


 星の祖母・小林染子だ。


 現在88才の染子は、去年の末から認知症の症状が出始め、医師から処方された薬を服用して自宅療養を続けている。


 いつも一階の自室に籠りきりで、二階の部屋を覗く事は滅多に無いが、近頃、急に症状が悪化した。


 この時の様子もかなり変。普段、物静かな瞳を興奮で大きく見開き、爛々と輝かせて孫娘へ向けている。


「大変! 大変よ、B29が来た!」


「え?」


「言ったでしょ、空襲警報!」


 ナンノコッチャ、と目を白黒させる星の手首を染子は握り、廊下へ引きずり出した。老女と思えぬ迫力+握力で、星は悲鳴を上げそうになる。


 認知症の症状は人によって様々だが、染子の場合、幼児退行の傾向が強いようだ。時折り現在の年齢や立場を忘れ、幼い少女だった頃の気持ちへ舞い戻ってしまう。


「タカちゃん、何してんの! ホラ早く、防空壕へ避難しなきゃ」


「……あ、ハイハイ、ソメちゃん」


 咄嗟に星は調子を合わせた。


 こういう場合、染子の瞳に周囲は現在の輩堂市でなく、以前住んでいた茨城県北部の吾師ヶ浦海岸として映っている。


 星の姿も、隣家に住んでいた孝子という幼馴染に見えているらしい。


 間違われる事なら繰り返し経験済みで、驚くには当らない。でも、これだけ興奮をむき出しにする祖母を見たのは初めてだった。






「ソメちゃん、しっかりして。どこで何を見たっての?」


 一瞬、染子の動きは止まる。


 眉を顰めて首を傾げ、窓の外を見上げる姿を目の当たりにして、星はすぐ後悔した。


 認知症患者に対する場合、問い詰める言葉は逆効果だ。説得を試みた所で虚しい。どんな突飛な幻想でも、頭から否定せず、優しく受け止めるのがセオリー。


 記憶や判断力が衰えた高齢者の感情はむしろ過敏になりがちで、却って相手を意固地にし、傷つける結果となりかねない。


 どうフォローするか、星が迷っていると、先に染子の方が正面の窓の外、屋根の西側にある電柱辺りを指さした。


「あそこ……飛んでたわ。ブ~ンって、真っ赤な、真っ赤なB29が」


「赤い飛行機?」


「うん」


「え~、でも、それって確かアメリカの、スゴイ昔の奴だよね?」


「鬼畜米英、撃ちてし止まん!!」


 強く言いきり、口をへの字に結ぶ染子は、八十年前の軍国少女そのもので、背筋がピンと伸びている。


「それ、見間違えじゃない? だって大きいでしょう、戦争に使う飛行機って。前にボク、おばあちゃん……じゃない、ソメちゃんから聞いたよ」


「アラ、そう?」


 染子は虚ろな瞳で窓の外を見つめ、再び大きく首を傾げた。


「そうね……ウン……赤くないもん、B29……」


 途切れ途切れにそこまで言って、染子は急にポンと掌を叩いた。


「あ、そうだ! あれ、おにいちゃんの竹とんぼ!」


「えっ?」


「だって、真っ赤だったもん」


「え~と、それって昔の玩具?」


「フフッ、お兄ちゃんが、ペンキで塗って、あたしだけにくれた竹とんぼ……」


 染子は掌で竹とんぼを飛ばす真似をし、屈託なく笑う。こんな笑顔も、途方にくれてキョトンとする時の丸い瞳も、星は好きだ。


読んで頂き、ありがとうございます。

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