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「あの、ボクのおばあちゃん……祖母は、小林染子という名で、年は88才になったばかりなんですけど」
吹っ切ったつもりでいても、小林星の声は途切れがちで、一言一言、継ぐ言葉を手探りで探すようだった。
敢えてノホホンと、珠恵は応える。
「あ~ら、米寿とはおめでたい」
「……ありがとうございます」
「88才というと、昭和の初期、アメリカと日本が戦った太平洋戦争の経験を幼い日の記憶として持つ最後の世代よね。あなたのお年は?」
「今、15才。高校に入ったばかりです」
「そこから逆算すると、お婆様、随分とお年を召しておられる」
「父が晩婚でした。四十代の半ばを過ぎてから、ボクが生まれたんです」
「成る程。私の身内にも良い年して、くっつくやら、くっつかないやら、じれったい関係を続けてるカップルがいるわ」
珠恵の冷ややかな眼差しが、史子と達樹の方へチラリと向く。
「じれったい関係」の中年カップルは明後日の方向へそれとな~く視線を逸らしたが、星は自分の話に精一杯でそれ所ではない。
「実はおばあちゃん、ちょっと前から……え~と……大体、一年くらい前から、その」
「体調を崩された、とか?」
「はい、え~、アルツハイマー型認知症の症状が出てます」
珠恵はやるせない表情を浮べた。
認知症の話題は高齢者の誰にとっても切実な問題だ。お調子者の潤二さえカウンターのスツールへ投げ出していた足を下ろし、心持ち身を乗り出している。
「症状というと、具体的にはどんな?」
「物忘れとか、身の回りの物を無くして大騒ぎしたり、とか……」
「ま、年寄り定番のあるある、だわな」
やはり家族を長く介護した経験を持つ紀一がしみじみ呟いた。
「はい……でも最近、特に徘徊がひどくて」
「あなたも介護を手伝ってる訳?」
「病院で精密検査をして、お医者さんの診断が出た時に父と母とボク……家族三人で相談し、症状が穏やかな間は皆で看ようって決めました」
「ほぉ、在宅介護の道を選んだワケね」
「つまり、お前さんは世に言うヤング・ケアラーって奴か」
「ウン、若いのに、立派立派!」
口々に褒める三人の言葉を受けても、星の表情は暗いままだ。俯いたまま、首を小さく横に振る。
「昔からボク、おばあちゃんっ子でした。すごく可愛がってもらったのに、側にいても全然、役に立てない。焦れったいんです、自分でも」
「昔から同居してたの?」
「父がこの町に家を建てたのは十一年前。茨城で一人暮らししてたおばあちゃんを呼び寄せてからずっと一緒ですけど、一月前からヘンな事が起きる様になって……」
「ヘン?」
どう説明すべきか戸惑い、星はしばらく口ごもった。
珠恵は次の言葉を待ったが、せっかちな紀一が横から口を挟んでくる。
「要するに徘徊する内、行方不明になったとか、そういう話かよ?」
「一時的に行方不明になったのは確かですけど、その様子が変なんです。なんて言えば良いんだろ? え~と、何時の間にか昔の、古~い思い出の中に一人だけ戻っちゃう、みたいな」
「徘徊中の記憶が混乱してる感じかしら」
「いえ、実はその……もしかして、おばあちゃん、タイムスリップしてるんじゃないかと思う事があるの」
「た、タイムスリップ!?」
「時間旅行の事だよな、それ?」
「……こんな事言ったら、きっとボクの方が変に思われちゃいますよね」
星は寂しそうに呟いた。
「家族に相談してみたけど、父さんも、母さんも、冗談扱い。まともにとりあってくれません。でも、ボク、そんな風にしか思えなくて……」
「ん~、さながら、時を駆けるオバ~ちゃんって感じ?」
潤二は呆れ顔で茶化したが、珠恵は表情を緩めない。
「星ちゃん、最初から順序立てて、起きた事を詳しく教えて」
その後、星が語った小林家の物語は確かに洒落にならない程、奇妙で深刻な色合いを帯びていた。
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