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良太が沈黙し、傍らで星と珠恵が佇む僅かな合間に、坂道の少し先を行く染子の姿は見えなくなっていた。
星に促され、歩き出しても尚、良太は俯いたまま顔を上げられない。その心痛は自ずと伝わったが、珠恵にはまだ確認すべき事が残っていた。
「良太君、これまでの君の話は、染子さんを連れ出した理由にはなっても、あの人を撮影した理由にはならない」
力の失せた瞳で、良太は珠恵を見返す。
「だって、レッドバロンの最初の動画を撮影した時は、君と染子さんしかいなかった筈よ。まだ日名子は関わっていない。つまり、誰かに強制されたのではなく、君自身の意志で撮った作品よね?」
「……はい」
「撮りたくて撮った、その理由を教えて」
予想外の問いに困惑した良太が、彼なりの答えを見つけ出すまで、珠恵は一分以上待たねばならなかった。
「……初めはその、何ていうか……俺、憧れちゃって」
「憧れた!? 良太が?」
今度は星が目を白黒させる番だ。
彼女の中にある良太のイメージは、過去の歴史や人物におよそ興味が無く、最新の流行ド真ん中にしか目がいかないミーハーである。およそ敬老精神という柄では無い為、その変化が理解できない。
「アンタ、どうしちゃったの? どういう風の吹き回し?」
問い詰める星の語勢と剣幕に良太は圧倒され、「……だって、凄ぇじゃん」と言い返すのが精一杯だった。
「凄い? 何が?」
「だってさぁ、八十年だぜ、八十年! まだ日本が戦争していた頃って、俺らからすりゃ時代劇、いや、恐竜がいたのと同じ位、大昔のイメージだろ?」
ナンのこっちゃと思いつつ、取り敢えず、星は肯く。
「そんな昔に好きだった人、今でも好きとかあり得る? 普通、ね~じゃん! なのに認知症の婆ちゃんがさ、いくらボケても、その気持ちだけ覚えてるってカッコいいと思わねぇか?」
「……うん」
「木の洞へ手を突っ込み、婆ちゃんとガラスの欠片を探しながら、俺、何かイイなって思った。何かもう、ワクワクしちゃってさ。そんなカッコよさ、動画に残してみたいって思ったんだよ」
話す最中に勢いが付き、何時しか頬を紅潮させて語る良太の姿は、落ち込んでいた数分前の彼と別人のようだ。
憧れ……そういう気持ちなら、何となく星にも判る気がした。でも質問を切り出した珠恵は、まだ納得いかない様子で、
「言いたい事はそれだけ?」
と、更に鋭い舌鋒を向ける。
探偵をビジネスと割り切る者なら踏み込まない他人の心の深奥へ、好奇心の塊のようなこの自称・名探偵は突っ込まずにいられないらしい。
「俺、他には何も……」
「一連の動画には、光と闇、二つの相反する感情が垣間見えます」
「え~、光って言うのは、今、良ちゃんが話してくれた事?」
首をかしげ、星が訊ねる。
「ええ、彼が『憧れ』と表現した部分、それはレッドバロンの初期動画に、確かに刻み込まれた『光』です。
でも、だからこそ撲滅委員会名義の動画に漂う『闇』、その余りに違う印象が、私は気になるんです」
「印象が違うのは、不良に無理強いされたから、でしょ?」
幼馴染を、星がつい庇おうとすると、
「それにしても、なのよね……」
良太から目を反らさず、珠恵が答える。
「確かに、コンセプトを捻じ曲げたのは、日名子かもしれない。けど、それだけで私は納得できないの」
底光りする珠恵の瞳に射抜かれ、全てを見通される恐怖を良太は感じた。
「両者の動画がネットへ投稿された時点を比較し、撮影間隔を達樹君に割り出してもらったら、タイムラグは大体二週間程度だそうです。
たとえ強制されたとしても、同じ撮影者による映像が何故あそこまで冷酷な色合いを帯び、被写体を突き放す印象に堕したのか、私は知りたい。
この間の撮影者……つまり、君の視点に何かしら変化が生じたのでは無いですか?」
語らいながら歩く内、三人は何時しか小高い丘の手前へ辿り着いていた。
言いたくないと言うより、どう説明すれば良いか判らないと言う様子で、良太は何度も首を捻った挙句、
「怖くなったのかも、しれない」
そうポツリと呟く。
「たとえ何十年過ぎても、ず~っと同じ人を好きでいられたら良いなって、確かに俺、思ったんだ」
一瞬、自分へ向けられる幼馴染みの切ない視線に、星は気付いた。
「でも、それは今のまま……今の俺の、この気持ちが変わらないまま、年だけ喰っちまう事でもあるんだよな、きっと」
良太はふと目を逸らし、先に丘の上へ辿り着いていた染子の方を見る。夕闇に呑まれ、その姿は細く小さな、一本の影に過ぎない。
苔むす小さな祠が彼女の正面に立ち、傍らに大きな洞を持つ古木が有った。弘也の遺品を隠した場所と言うのは、多分、あれの事なのだろう。
「前は、何となく思ってた。何時か、何時の日か……今の俺とは違う『大人』って生き物に変わり、結婚して『夫』になり、『親』になり、その度、違う名前の、違う何かへ生まれ変わる」
やっと己を正視できたのかもしれない。一時の動揺が嘘の様に、良太は静かな口調で語り始めていた。
「何時か、悩みが消え、死ぬ事だって受け入れられる『年寄り』って生き物に変わるけど、それはずっと、ず~っと先。今の俺とは全然関係ねぇって、そう思ってたのに」
「染子さんの中に少女の面影を見、時の経過で、心の本質は変わらない現実を思い知らされたのね」
「今の世の中、一度落ちこぼれたらアウト。もう勝ち組になんか、なれっこ無ぇし、さ。今のダメな俺が、今の惨めな気持ちのまま、死ぬまで繋がってく」
鬱屈し、溜め込んでいた思いが、珠恵の問いをきっかけに、ようやく出口を見つけたのだろう。
ボソボソと話していた少年の声が、一言毎に熱を加えていく。
「ろくに成長できず、代わりにどんどん鈍くなって、何ンにも見ねぇ振りしてさ。
それでも頭ン中に居座るガキの部分は永遠に変わらないガキのまま……もう嫌だって、泣き叫ぶンだ!」
泣き叫ぶ。
その表現通りの激しさと裏腹にある底知れぬ虚無、未来への閉塞感が、良太の言葉から迸った。
多分、それは日名子達にも、銀色探偵団の高齢メンバーにも等しく燻る『闇』であり、珠恵からすると、世代間の理解を阻む高い『壁』に思える。
「マジ、やってらんねぇよ! この先、俺ら生き地獄みたいなもんじゃん。そう思ったら婆ちゃんの中の、子供みたいな気持ちが怖くて、時々、憎らしくなった」
「……良太」
「最低だろ、俺、日名子と何ンも変わらねぇ」
吐き捨てる良太の目尻に光るものがあった。
小さい頃は泣き虫だった奴だけど、あの12才の誕生日から先、涙を見たのはこれが最初だな、と星は思った。
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