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星が良太の告白を複雑な思いで受け止めていた頃、丘の上では染子が祠へ両手を合わせている。
相変わらず意識が混濁している様子で、空を見上げる表情は虚ろだ。
阿武隈山地の稜線に没しつつある陽の残光は、隠せない老いの痕跡を残酷に浮かび上がらせているが、勿論、それを自覚できる筈も無い。
只、ぼうっと夕日を浴びている。彼方を舞い飛ぶ赤い竹とんぼが、染子にだけ見えているのかもしれない。
「……確かに怖いわね」
珠恵も、今は染子を見つめていた。
「でも、こうも言える。どんな時も、思い出だけはあなたを見捨てない」
良太と星が、キョトンと珠恵を見た。
「生き地獄とまで言わないけど、長く生きてると、そりゃシンドイもんよ。キャリアとか名誉とかね、必死で築き上げた宝物でも、失う時はあっという間。経験者が言うんだから間違いないわ」
経験者? 珠恵さんが失った『宝』って、一体何だろ?
話を聞きながら星は秘かに思う。
「あがいて、あがいて、あがき続けた末に、壊れかけた心の最後の支えは、君が言うガキの部分。ちっぽけでも色褪せない思い出の欠片よ」
「……あの、ソレ、説教スか?」
相変わらずキョトンと目を見開いたまま、良太が訊ねた。珠恵、渾身の忠告は見事に空振りしたらしい。
「良太君、私は只、今の君の中で息づく思いに目を背けず、大事にして欲しいだけなの。それ以上の宝は無いと何時の日か、きっと気付く筈だから」
「……はぁ」
良く判らないなりに良太は肯き、丘への坂道を上りきった。
染子はもう祠の前にはいない。古木の洞に深く片腕を差し入れ、中を夢中でまさぐっている。
「前に俺とベーゴマを取り出したの、忘れちゃったかな」
「……あの人の事、まだ怖い?」
珠恵の問いに、良太は首を横へ振った。
「なら、探し物を返してあげなきゃ」
珠恵に促されるまま、良太は古木へ走り、染子の前に回り込む。
「婆ちゃん、もう止めてくれ」
染子は虚ろに良太を見返した。今は弘也と見間違える事も無く、彼が誰かも良く判らない様だ。
ベーゴマのペンダントを外し、良太は染子の両手にそっと握らせる。
「俺、これはやっぱり、あんたが持ってなきゃダメだと思う」
掌の上のペンダントを見下し、それが何か理解するまでの戸惑いを経て、虚ろな瞳に光が射した。
「……お兄ちゃん、お帰りなさい」
良太に言ったのか、それとも八十年前、海に消えた魂への呼びかけか。
一つだけ確かなのは、ガラスのベーゴマへ頬ずりする染子の顔が、幼子の、澄んだ喜びに満たされていた事だ。
「時を超えていく思いがあるのよ」
丘の手前に立ち、認知症の老女と落ちこぼれの若者という風変わりなツーショットを見つめて、珠恵が呟いた。
「立場や世代の垣根を越え、できる限り何処までも、思い出のパスを繋ぎたい。それが私の野望なの」
まだ僅か15才の星には、想像するだけで気が遠くなりそうだった。
八十年の時を超えた染子の思い出、五十年を経て再び仄かな熱を帯びた珠恵とおっさん二人の初恋。
比べると星の時間はまだ始まったばかりで、延々続く道程を考え出すと怖くなる。良太の口にした恐怖の意味が、星にも少しだけ判る気がした。
判った上で抗ってみたい。
勝ち組にも負け組にもならず、安っぽい絶望感に流される事も無い、しなやかな強さを手に入れたいと思った。目の前にいる、銀髪の女性の様に。
「う~ん、野望と言うより、コンセプトって方が今風かな? 銀色探偵事務所は、その為に開いたつもり」
少女のブルーな気持ちを払い、珠恵が明るく言い放つ。
「あの、さっきのバッジ、もう一度見せてもらえませんか?」
笑顔を取り戻した星の求めに応じ、袂を探った珠恵の手には『GDバッジ』が三枚ほど握られていた。
「……幾つも、持ってるんですね」
「そうね。年齢不問、千客万来。ウチの団員候補にいつ巡り会うか判らないから、すぐ渡せるようにしないと」
一枚を手に取り、星は端のスイッチに触れてみる。
「わ、光った!」
「これ意外と色んな機能が入ってるの」
「達樹さんが作ったんですよね?」
「3Dプリンターで全体の枠組を作り、中に自作の基盤を組み込んであるんだって。シンプルだから量産できるし、軽い金属の粉末がベースで、なんと拳銃の弾も通さない強度なのよ」
「ネットに出したら、売れそう」
「い~え、非売品。あくまで私の、野望達成の道具ですから」
「……なるほど、レアもんなんだ」
目を輝かせて星はGDバッジを弄び、撫で、さすって、おもむろに腰のポシェットへ押し込んだ。
「あ、星ちゃん、何するの!?」
「ハイ、ボクも一つ貰おうと思いまして、GDバッジ」
「だから、非売品なんだってば!」
珍しく面喰っている珠恵のお株を奪い、ちょっとアブない微笑を星は浮かべた。
「……ねぇ、珠恵さん。いえ、所長、銀色探偵事務所は年齢制限無しですよね?」
「え?」
「これからの三年間、何しよっかな~って、ず~っと思ってたんですけど、見つかりました、やりたい事」
「あの、それは、つまり?」
「バイトでも、ボランティアでも良いです。思い出のパスをつなぐお手伝い、ボクにさせて下さい」
「え~、つまり、ソレ……星ちゃん、ウチへ入りたいと言う?」
「宜しくお願いしますっ!」
ペコリと頭を下げ、星はバッジをポシェットへ入れたまま、丘の上へ走った。
さ~て、面白くなってきたゾ。
良太や染子の傍らに立ち、一緒に夕焼け空を眺めながら、星は頭を巡らせる。テーマは幾らでも湧いてきた。
五十年前、珠恵と紀一、潤二が出会い、別れるまでに何があったのか? 再会のきっかけは?
そうそう、達樹と史子が中々結婚できない理由も気になる。折角、探偵になるんだ、片っ端から調べてみなきゃ……
探偵と言うより素人の野次馬根性全開で、星は未来への不安を棚上げし、彼女なりのささやかな野心を燃やし始める。
一方、まだ丘と脇道の境に佇んだまま、珠恵は、銀色探偵事務所のオープン当日を思い出していた。
星ちゃんが現れる少し前、トドさんが出来たての看板を睨みながら、ブツブツ言ってたっけ。
「やっぱり、何~ンか足ンないのよ。言わば画竜点睛を欠き、しかも何を欠くか、それすら見えてこないと言う……」
今、その何かが見えた。
思えば名探偵には、語り手となる有能なアシスタントが付き物なのだ。ホームズにはワトソン、ポアロにはヘイスティングス、そして、かの少年探偵団を率いる明智小五郎には小林少年。
私やキ~さん、トドさんは探偵の側だろうし、年齢的にもちょっとアレ。その欠けているピースが、向こうの方から飛び込んで来たみたい。
良太や染子と肩を並べ、日没の稜線を眺める小林星の足元へ、夜の気配が忍び寄り始めていた。
顔を出したばかりの仄かな月は、薄い雲で半ば隠れている。この丘の界隈に街灯など無く、すぐ真っ暗になってしまうだろう。
「星ちゃん、そろそろ戻らないと。きっと、おじさん二人が心配してるわ」
「……ちなみにボク、入れてもらえるんですよね、探偵団に?」
「鍛えてあげます、銀色探偵団の新星・小林少女!」
「はぁっ!? 何ですか、それ?」
勝手に星の愛称を決め、ニンマリした珠恵は一足先に坂を下りはじめる。
良太と染子を促し、星も歩き始めた。遥かに遠い何時の日か、彼女自身の思い出パスを誰かへ繋ぐその日を目指して。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
自分なりに色々とテーマを決めて取り組んだ作品だったので、とにかく書き終える事が出来、ほっとしています。
このお話も続きを書くつもりでおり、今回「見てるだけ」だった小林少女の活躍を描く予定です。
筆が遅くて中々うまく進まないけれど、そちらの方もいつか読んで頂けるよう頑張りますので、宜しくお願い致します。




