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迫る暮色を感じつつ、幹線道路沿いの狭い入口から脇へ逸れ、左側の岐路からなだらかな坂を登っていく。
見下ろす砂浜からは、単調に繰り返す潮騒が聞こえていた。つい先ほど、堤防のすぐ側で聞いた波の音は大きく、恐ろしく感じられたのに、今は心安らぐ調べに思える。
空の赤、防潮林の緑が映え、海から上るサーファー達は黒く揺らめくマッチ棒の様に見えて、それぞれが夕暮れ時ならではの美しいコントラストを描く。
歩を進めながら眺めていると、星の胸の奥底から、微かなデジャブと不思議な懐かしさがこみ上げてきた。
あぁ、確かにこれは『レッドバロン』の初期動画に映っていた景色だ、と改めて実感させられた。
坂の先に祖母がいる。いる筈だ。
実はこの時、日名子を捕えた高揚感で盛り上る銀色探偵団「特別団員」の喧騒に紛れ、星は染子を見失っていた。
もうすぐ暗くなるのに、お婆ちゃん、何処行っちゃったの?
又、いつもの徘徊が始まったらどうしよう?
周囲には林の入り口のみならず、入り組んだ私道が幾つもある。そんな所へ紛れ込んでしまえば、今度こそ確実に見つける方法は無い。
思い煩う様子の星を珠恵は気遣い、紀一、潤二にその場を任せて、染子の『思い出の場所』=坂の上の祠へ急いだ。
全員で一緒に動く訳にはいかない。特別団員への労いも然る事ながら、通報した警察の現着を待ち、事情を説明した上、日名子達を引き渡さねばならないのだ。
夕闇が濃くなるに連れ、徐々に視界は悪くなっていく。坂に沿って曲りくねった脇道の先は見通せない。
珠恵と共に歩く星の前方、まだ衣服から僅かに水滴を垂らしながら良太も坂を上り続けていた。
星には、彼に訊きたい事がある。祖母の身の安全を祈る傍ら、どうしても無視できず、持て余してきた疑問を、思い切って幼馴染へぶつけてみる。
「ねぇ……どうしてボクの部屋、ドローンなんかで覗いたの?」
少年の背中がビクッと震えた。
「ボクの知っている良太は、そんな事する奴じゃない」
「……ごめん」
「あやまって欲しいんじゃないよ! ただ答を聞かせてほしい。ボク、どうせ許さないしさ」
「初めは、覗く気なんか無かったんだ」
答える声は掠れ、か細い。彼がずっと恐れ、考えるのを拒んで来た問いだったに違いない。だから、改めて自分自身の胸の内を探るようにして、語る言葉は重く、途切れがちだった。
「俺さ……高校へ通う前に仲直りしたくて、三月のあの日、お前の家まで行った」
「なら、ドローンなんていらないよね」
「……昔、ず~っと昔……お前とよくラジコンで一緒に遊んだじゃん」
「うん」
「それ、思い出して、もしかしたら仲直りのきっかけになるんじゃないかって、俺……」
「はぁ!?」
意外な理由に絶句し、ポカンと開いた星の口は、しばらく閉じなかった。
「玄関まで行ったけど、ベルを押す勇気が出てこない。だから、先にお前の様子を覗いて見てさ。機嫌が悪そうならすぐ帰ろうと思い、ドローンを飛ばした。
結構、用心したんだぜ。誰にも見つからない自信があったのに、婆ちゃんだけ窓越しに気付いた。で、一人で追いかけ、家を出てきちゃったんだよ」
良太のドローン……つい先程まで空を舞っていたあの真っ赤な機体は今、日名子達の悪事の証拠として回収されている。
いずれ警察に引き渡される時、良太の罪も問われる筈だが、それでも淡々と語る口調には彼なりの覚悟が感じられた。
「染子婆ちゃん、俺の事を一目見るなり、昔の知合い……え~と、弘也さんって言ったっけ? その人と思い込んだんだ」
「小さい頃、良ちゃんとは何度も会ってるのにね」
「ちゃんと、改めて自己紹介はしたんだぜ。でも、全然わかってくンねぇし、吾師ヶ浦海岸の思い出の場所へ連れて行けって聞かない」
「遠出をせがんだのは、お婆ちゃんの方だったの?」
「ああ、俺、騒がれたくなかったから、タクシー拾って言う通りにした。焦って、頭が回んなくて、何より、お前にバレるのだけは嫌だったから」
「……もう信じらンない。あんたってバカなの? アホなの?」
星が良太の背へ投げる言葉は刺々しく、容赦が無い。なのに、その固く強張った気持ちは徐々にほぐれ始めていた。
星が大好きなキャラクターにちなむ投稿名『レッドバロン』、二人の思い出を今日まで忘れなかった事……そして、幼い頃から自分を密かに思い続けてくれた事は、ちょっと重くて、ちょっと嬉しい。
もしかして、コイツの気持ちを気づかなかったボクが一番アホなの?
星がほろ苦い感傷に囚われた時、なだらかな坂の少し先、丘の手前で一息つく染子が見えた。
痛む腰をさすり、乱れた呼吸を整える姿は後期高齢者そのものだが、祠を見上げて歩き出す瞳は若々しい輝きに満ちている。
耳を澄ますと、楽しげな鼻歌が風にのって聞こえた。
「な、あの調子だ。止められねぇよ」
二人のやや後ろを歩きながら無言で聞いていた珠恵が、そこでいきなり追いつき、良太と星の会話へ割り込んでくる。
「じゃ、そのベーゴマはどうしたの?」
ツッコまれ、ギョッとする良太を見かねて、星がささやかにフォローを入れた。
「ホラ、緑のガラスで出来た丸い欠片の事よ」
「あぁ、これ……祠の側に古い大木があり、そこの洞の奥深くに押し込んであった。弘也さんが旅立つ時、無事に帰ったら又遊ぼうって約束して、一緒に隠したらしいよ」
「じゃ、本当に八十年前の物なのね。良く残ってたモンだ」
珠恵は良太の胸で揺れるペンダントを見やり、感嘆の溜息を漏らす。
「婆ちゃん、二度目に会った時、欠片を弘也さんの物と言い、強引に俺へ手渡した。
すぐあの人に返すと無くしちゃいそうだったから、一旦預かり、原宿の店でチェーン付きに加工したんだ。その内、星の手から婆ちゃんへ返してもらうつもりでさ」
「けど、そうならなかったわね」
即座に返す珠恵の指摘を受け、うっ、と呻く少年の声が聞こえた。
「誰のせいでもないわ。君が、日名子の脅迫に屈してしまったからよ」
弁解の言葉は無い。隣で見つめる星から目を逸らし、良太は足を止め、奥歯を強く噛み締める。
自分の弱さ、愚かさを星の前で認めるのが何より辛いのだろう。
読んで頂き、ありがとうございます。
残りはあと2エピソード、最後まで精一杯書いて参りますので、宜しくお願い致します。




