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珠恵達がGPS頼りの追跡を続け、更に十数分後の事。
アプリ上の光点は移動を止めた。そのポイントへ近づいてみると……
染子が乗せられていたキャンピングワゴンは、茨城県北東部、吾師ヶ浦海岸の海水浴場とおよそ500mほど離れた幹線道路の路肩に停まっている。
夏には大勢の家族連れで賑わう観光地ながら、今はシーズンオフだ。
辺りは閑散としていて、堤防越しに波打ち際へ目をやれば、夕焼けで染まり始めた上空の赤を映す海の水面に、サーフィンを楽しむ人影がポツリポツリと伺える程度。
珠恵、星達は達樹の車から降り、キャンピングワゴンへそっと近づいてみるが、車内には誰もいない。
「どうやら、動画の撮影に適した場所へ移動したみたいね」
ワゴンの車高はかなり高く、星が紀一に肩車してもらってルーフの上をチェックしてみると、達樹の小型ドローンがまだチョコンと載ったままなのが確認できた。
ほったらかしと言う事は、日名子達には、まだドローンの存在を気付かれていないのだろう。当然、こちらの尾行も知られていない筈だ。
それは極めて好都合だが、GPS信号の発信源がここにある以上、もうアプリは頼りにならない。現時点で『老害撲滅委員会』が活動中の位置を突き止め、駆け付ける手段が何も無い。
「しゃ~ねぇ。手分けして、そこら探してみっか?」
せっかちな紀一が、やにわに歩を速めて言う。だが、星はその行く手を素早く遮り、一行の先頭に立った。
「……探す必要、無いです」
「星ちゃん、何~ンか心当たり有ンの?」
「この通りを北に行くと、砂浜を見下す小高い丘へ続く脇道があります」
「そこに奴らが?」
「ボク、昔、この場所へ来た時の記憶と、最初の動画を見た時のデジャブが、ピッタリ重なっているのに気が付いたんですよ」
「つまり、星ちゃんにはこの辺の土地勘があるのね」
「ええ、海に沿った通りの先、左へ曲がって進む脇道は、最初の動画に映っていた細い坂とそっくりで、多分同じ道だと思います。
丘の上には小さな祠があり、そこ、お婆ちゃんと弘也さんの思い出の場所なんです」
「ふむ、何せ八十年前の話だからなぁ。祠が残っているとは限らんが」
「行ってみる価値はありそうね」
張り詰めた面持で歩き出す星を、紀一、潤二、珠恵が追う。
達樹と史子は白いドローンを回収。負傷も考慮して、キャンピングワゴンを見張る為にそこへ残り、ひとまず四人だけで幹線道路を北へ進んだ。
子供の頃に歩んだ道は大きくなってから辿ると、大抵は記憶よりずっと短い。
丘へ続く脇道の入口が見つかるまで五分も掛からず、坂の上にある筈の祠を目指すまでも無かった。
坂道へ折れる手前、潮騒混りに怒声が聞こえる。
通りの端の海岸線へ目をやると、古い大陸棚の面影を残すいびつな岩場の先、横幅が狭いコンクリートの堤防付近に、日名子らラフな身なりの若者四人と良太、染子の姿が見えた。
「オイ、良太! バ~さんを早く堤防へ上げろや。ただ海に来ただけじゃ、イケてる動画は撮れねぇだろうが!」
例によって趣味の悪い銀鎖と腰パン姿の日名子が怒鳴っている。良太の背後へ隠れる様にして立つ染子は、体を強張らせ、すっかり怯えていた。
他の若者達は、老女の恐怖に同情する所か、一方的に虐げる喜びに酔い、
「バ~さん、昭和生まれの根性、見せなよ」
「そうそう、テトラポットの先まで、お手玉しながら歩いて貰おっか?」
等と無責任に囃し立てるばかり。
染子を庇う良太の声は、それに対して細く掠れていた。
「勘弁してくれ、先輩。テトラポットの先って……そこ、堤防の端じゃん。落ちたら波に呑まれちまう」
「フン、だから面白ェんだろ」
日名子は動画の制作プロデューサー気取りで、良太の肩を抱き、耳元で囁く。
物陰に潜む星の歯ぎしりが聞こえた。
「最低だ、あいつら」
遠目にも日名子の下卑た冷笑が判り、星は溜らす飛び出そうとするが、寸前で珠恵が抑え込んだ。
「星ちゃん、もう少し様子を見ましょう」
「……え、何で?」
珠恵は答えず、眼差しを堤防の方へ据える。
日名子はベーゴマを加工した良太のペンダントに触れ、指先で弄んだ後、猫撫で声を出した。
「良いなぁ、お前のコレ。コイツを着けてりゃ、バ~さんはお前の事、昔の男と勘違いすンだろ?」
「……日名子さん、止めて下さい」
「バ~さん、何でも言う事、聞くンだからよぉ、有効に使おうぜ、ホレ」
仲間の一人が操作し、赤いドローンが上空へ舞い上がる。
良太は背中越しに染子の震えを感じた。取り囲む若者達を見回し、老女を返り見、血の気の失せた顔で天を仰ぐ。それをもう一度繰り返した後、良太は勇気を振り絞って、日名子に逆らった。
「……約束が違う」
「あぁン!?」
「日名子先輩、もう危ない事しないって言ってくれましたよね? なぁ、今日の撮り分が婆ちゃんの最後の動画だって、そう約束したろ?」
「フフッ、だっけか?」
「ヤバい演出は抜き。俺がSNSに載っけた最初の動画と同じ雰囲気で仕上げる。あんたがそう言うから、俺、婆ちゃんをここへ連れてきたんですよ」
「予定は未定、決定にあらず。知らね~か、オイ? 常識だぜ、情勢の変化に合わせて、大人なら粛々と対応しなきゃ」
挑発的に日名子が言うと、他の二人が大声で笑う。
「大体、そんな安全路線、ウケる訳ねぇし」
「お前、俺らに逆らえる身分かよ」
いきなり日名子が良太の胸倉をつかみ、鼻の先が触れる程、引き寄せた。
「良太、これまでお前がやったアレコレ、何なら警察へ全部チクッてやろうか」
「えっ!?」
「今時は、未成年でも目こぼししてくれね~ぞ。それと婆ぁの孫……商店街で会った女、小林星って言ったっけ? あいつに教えてやるのも面白ぇ」
星の名を聞くと同時に、良太の全身が凍りついた。
「アンタの幼馴染は、ストーカーの覗き魔になっちゃいました! ドローンでアンタの恥ずかしいトコ、盗み見てました! そう言ったら、どんな顔すっかなぁ?」
「日名子先輩……」
「あのさ、最近、俺らの動画、ヒット数が跳ね上がってンの。ファン待ってるから、期待に応えねェと」
「オラ、早く婆ぁを堤防へ上げな」
「良太、何なら手前ェ、前みたいに皆で可愛がってやろうか?」
「ええっ、俺らのオトシマエ、お前だって重々わかってンだろうが?」
最早、情け容赦なく、脅しそのものの言葉が日名子達の口から吐き出され、護岸へ打ち寄せる波の単調な音に混ざって響く。
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