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ホント、どっちよ、素直じゃないの?
高校生になった星の呟きは、12才の頃よりずっと苦味を増している。その胸中を察しつつ、隣席の珠恵は脱線しかけた推理の続きを語り出す。
「『ピーナッツ』の漫画の中でね。伝説の撃墜王に憧れるスヌーピーは、自分の犬小屋を飛行機に見立て、パイロットの帽子とゴーグルを付けて、一人遊びをする。
その中でライバルのパイロット・レッドバロンを思い描き、空想の中で大空のドッグファイトを交わすの」
「……え~、つまり、良太はスヌーピーのお話を良く知っていて、それを意識し、SNSでの自分の名前に選んだって事ですか?」
「意識したのはスヌーピーじゃなく、星ちゃん、あなたかもしれないわ」
想定外の指摘に星はポカンと口を開けたまま、珠恵を見た。底光りする瞳がその視線を受け止め、更なる驚きを少女にもたらす。
「最初に染子さんが、自室で窓の外を飛ぶ『赤い竹とんぼ』、即ちドローンを目撃した時、おそらく、その内蔵カメラは染子さんを狙っていなかったのよ」
「じゃ、誰を?」
「その日、高校の入学式目前であなたと良太君は、中学校での口げんかをまだ引きずっていたのよね?」
「……はい」
「良い? ここから先は私の推測になりますけど」
珠恵はそこで一呼吸置き、星の喉から息を呑む音がした。
「当時、高価なドローンを手に入れ、動画の空撮を試し始めていた良太君は、星ちゃんと仲直りしたいのに、中々きっかけが掴めずにいた。だから、自宅の部屋にいるあなたの様子を、そっと伺うつもりでドローンを使った」
「ひどいっ、そんなの!」
「確かに利口な行動とは言えません」
「LINEの友達登録はしてないけど……ウチの番号は知ってる筈だし、電話一つかければ、済む話じゃないですか。何で面倒な事をわざわざ!?」
「彼が愚かになる理由、それが判らない程、あなたって鈍感?」
「……え?」
そんなもん、星ちゃんが好きだからに決まってンじゃない。
言葉ではなく、目の奥の柔らかな光で珠恵は語り掛け、漸く理解した少女は耳たぶまで真っ赤にして俯く。
「でも、あいつ……駅前でボクにひどい事、言いました」
「その時、不良に囲まれてたんでしょ? 取り巻きの危なさを知っていた彼は、あなたをその場から追い払う事で、守ろうとしたんじゃないかしら?」
「でも、ボクに手を上げようとした」
「それは怒りに任せて、かしら? それも演技だったのか? そして結局、殴られても殴り返せなかったんでしょ」
「じゃ、アレは只の脅し?」
大仰に両手を広げ、珠恵は首を傾げた。あしらわれている様に思え、星の心中は乱れに乱れて、言葉がうまくまとまらない。
「でも、あの……中学でも、あいつ、めっちゃボクに絡んで」
「ホント、ドンカンな子」
「は?」
「う~ん、素直じゃないヒネクレ者と、それに気付かない鈍感の悲喜劇って、人類の歴史と同じ位、古くて有りがちな組み合わせかも、ね」
珠恵は、運転席の達樹と助手席の史子、カーゴスペース内に腰を落ち着けている紀一と潤二を横目で見回し、ぼやいた。
この場合、珠恵さんにとっての「素直じゃない奴」って誰なのかな?
星は聞いてみたかったが、サラリと流して珠恵は話を戻す。
「三月二十九日の午後、あなたの部屋の外で浮遊し、中を伺っていたドローンを、偶然、染子さんが見かけた。そして八十年前の弘也さんの記憶を蘇らせ、後を追おうとした」
「だったら何故、良太は家の外へ出たお婆ちゃんを遠くへ連れ出し、動画なんか撮ったんですか?」
「う~ん、そこはまだ謎ね」
「個人のSNSから投稿サイトへ場を移して何度も投稿した上、笑い者にしたやり方、ボクは許せません」
「うん……只ね、レッドバロンの名で最初に良太君が撮った動画と、後に老害撲滅委員会の名で投稿された幾つかの動画の間には、明らかな違いを感じるのよ」
星は、其々の動画を思い浮かべてみた。
どれも斜め後方から染子の背を空撮しており、構図は似通っているが、
「撲滅委員会名義の、見るだけで悪意を感じさせる動画と比べ、レッドバロン名義の動画は見ていて綺麗だったわ。
被写体の女性を揶揄し、貶める姿勢、私には感じられなかった。それに、何よりあのドローンが地面へ落ちた瞬間……」
「あ!」
狭い車内で大声が上がり、紀一や潤二がギョッとする。だが、星は自分の思い付きで心が一杯だった。
あの動画にはドローンの墜落直後、壊れたプロペラと、老女に駆け寄る男の背中が同時に映り込んでいる。
つまり、撮影者は壊れたドローンに目もくれず、老女の体の方を気遣ったのだ。二十万円以上する極めて高価なドローンだったと言うのに。
「気が付いたみたいね。レッドバロンの動画と老害撲滅委員会の動画は、構図こそ似ていてもコンセプトと言うか、撮る側の気持ちや姿勢が根本的に異なっています。
そして良太君がレッドバロンで、何らかの理由により、途中から撲滅委員会の思い通りに動画撮影を強制されたと仮定すれば、状況が無理なく説明できるんです」
先程までの心痛の代わりに、強烈な不安が星の胸へこみ上げてきた。
元々、良太は人の命令を素直に聞くタイプではないのだ。
珠恵の推理が正しいとしたら、今まで不良達に力で抑え込まれていたとして、いずれ何が起きるか?
「達樹さん、急いで下さい。絶対、アイツら、見失わないで!」
「あの、急いじゃって良いんですか? 追いついた途端、気付かれちゃいますけど」
あ、と呻いて、うつむく星の肩を珠恵が優しく叩く。
その温もりの中に、慌てないでという心遣いと誰も傷つけさせないという強い決意を、星は感じた。
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