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再生される動画枠の中央、ふらつきながらも前へ進み続ける年老いた背中が、一分くらい映し出され……
何かに躓いたのだろうか?
老婆の体が急に前へ傾き、倒れそうになる。
次の瞬間、画面は大きく揺れ、上下左右へ回転、大きな衝撃と共に最後は路上まで急降下してしまった。
その直後、まだ作動中のカメラが捉えているのは、もげて近くに落ちた赤いプロペラと老婆に駆け寄る誰かの人影で……
唐突に動画は終わり、珠恵が巻き戻して、はっきりプロペラが確認できる場面で停止画にする。
星は画面のすぐ側まで顔を寄せ、目を真ん丸にして凝視した。
「……これ、この壊れた所が模型飛行機の部品みたいです」
「う~ん、もう少しハイテクで、撮影や移送、海の向こうの戦場じゃ武器に使われたりもする代物よ。星ちゃん、二ユースで見た事無い?」
「あ、もしかして、ドローン?」
「正解!」
話を聞いていた潤二が、紙にプリントアウトしたドローンの資料を星の前に置く。市販品のカタログの様だ。
大型から小型まで値段の方もピンキリで、中でも比較的高額なタイプの可変ピッチ・プロペラが画面上の物と似ている。
「へぇ~、これが噂の……ヘリコプターみたいですね」
「うん、構造は小型のヘリそのものさ。急速に普及したせいか、変な所を飛ばす不心得者が出て、東京都内は規制が厳しくなったけど、この辺はまだまだ取り締まりが甘いみたいだねぇ」
「潤二さん、詳しいんですね」
「な~に、全部、達樹から教わった受け売りですわ」
ドヤ顔の潤二を余所に、星はドローンのカタログをペラペラめくってみる。
「そっか、これに積んだカメラでお婆ちゃんを背中側の空から撮影してたんだ。だから、斜め上から見下す構図になった」
「レッドバロンは沢山動画を作り、ネットへ流しているけれど、ここ数年の物はドローンを使用し、各地の有名なお祭りや観光地を空撮した物が多いのよ。中には、ドローンを飛ばす事が禁じられたエリアのイベントも含まれてる」
「つまり……ルール破りの常習なんですね」
「それと星ちゃん、もう一つ、画面に映っている壊れたプロペラの形から、何か連想しない?」
再度、星が画面を見つめ、あっと声を挙げる迄、10秒も掛からなかった。
「わかったっ、竹とんぼ!」
珠恵が笑顔で肯く。
「そっか。赤く塗ってあるし、プロペラの形もそれっぽい。お婆ちゃん、あの日、窓の外でこれが飛ぶのを見て、八十年前の、弘也さんの竹とんぼを思い出したんですね」
「その体験が意識の混濁を生み、徘徊の引き金になった可能性はあると思います」
「レッドバロンさえ、誰か判れば……」
「撲滅委員会や腰パン男と比べ、レッドバロンの手がかりは多いわ。自身について、SNSで触れている部分があるから」
「例えば、どんな?」
「関東在住の高校生で両親は医者だが、医大を目指すつもりは無い。いずれ動画のプロとなり、ネットの世界でメジャーなクリエイターを目指すそうよ」
珠恵が言うレッドバロンのプロフィールを聞く内、星の脳裏に自ずと一人の少年が浮かんだ。
「良太だ。やっぱり、あいつ……」
その星の呟きは、いつもの弾むような声音と違う重苦しい響きで、幼馴染みに裏切られた心痛に満ちている。
「ねぇ、お嬢ちゃん、それ決めつけるのは何~ンか、早過ぎない?」
「おう、確かな証拠は無ぇんだからよ」
慰めようとする年長者の言葉は、この時の星には欺瞞としか聞こえない。
「だって、他に考えられないじゃないですか! プロフィールはピッタリだし、染子お婆ちゃんの身の上も知ってるし」
「う~ん……いくら認知症でも、まるで面識が無く、騙す為の知識が無い奴の口車に乗らないかもな」
「むしろ、猜疑心や警戒心が高まるって言いますモンねぇ」
「それに良太の髪は刈り込んだ短髪で、前にお婆ちゃんが話してくれた弘也さんと背格好が似てるんです」
星は自身のスマホ・ストレージ内に保存されている中学時代の集合写真を表示し、珠恵に見せた。
当時の良太は、まだ体育会系の部活動を続けていた為、昔ながらのスポーツ刈り。昭和っぽい趣きがある。高校に入って髪を少し伸ばした様だが、三月末の時点ではこれと変わらぬ外観だった筈だ。
「確かに、染子さんが良太君の姿にかつて憧れた人の面影を見出したのならば、過去へタイムスリップしたような言動の説明もつきますね」
「……あいつ、お婆ちゃんの気持ち、玩具にしたんだ」
「星ちゃん」
「ずっと側にいたのに……大事な友達だと思ってたのに、何でそんな真似できんの!?」
言葉にすればする程、こもる怒りは密度を増し、息苦しさまで感じてしまう。
「絶交だ、あんな奴!」
悲鳴に近い星の叫びが狭い事務所の隅々まで響き渡り、しばらく誰も何も言わなかったが、
「星ちゃん、もっと冷静におなりなさい」
珠恵がデスクから立ち上がり、星の肩に優しく右手を置いた。
「そんなに簡単にキレてたら、大事な家族も友達も守れません」
「……良太の方は、もうどうでも良いです!」
「いいえ、良くないわ」
珠恵の声には、有無を言わさぬ静かな圧力と強い確信がある。
「私も、最初に染子さんを連れ出したのは良太君だと考えています。だけど、その根拠は星ちゃんの考えと若干違う」
「……どう違うの?」
「さっきの動画を、もう一度良~く御覧なさい。そうすれば隠れた真相と、今、私達が守るべきものが、きっと見えてくるから」
珠恵が何を仄めかしているのか? その見当もつかぬまま、星はパソコンデスクへ座り直し、動画を最初から再生した。
特に新たな発見は無い。
歩く老婆の後姿、墜落するドローンの壊れたプロペラを見返した所で、傍らに立つ珠恵のスマホが鳴る。ミステリー・マニアに相応しい、少々不気味な「ヒッチコック劇場」のテーマが着メロだ。
珠恵がスピーカーフォンの設定にすると、甲高い津村達樹の声がした。
「出ましたっ! 遂に出ましたよぉ、小林家の上空に赤いドローンが」
「御苦労さま。あなた方二人に張り込みして貰った甲斐があったわね」
「え、津村さんと史子さん、しばらく顔を見なかったけど……ずっとウチを見張ってたんですか?」
「モチよ!」
目を丸くする星へ向け、悪戯っぽく珠恵が笑う。
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