地下機械室
ヒナとノリは、同じクラスにいた葛城の友達を尾行していた。
それは宮下という男子生徒だった。
宮下はあの時、葛城から動画を受け取った話をしていた一人だ。
今、宮下は何かスマホで連絡を受けたらしく、歩道の端に立ち止まってそれを読んでいる。
尾行しているヒナとノリは、彼から十分距離をとって気づかれないようにしていた。
二人は小声で話す。
「レンに電話して、レンの友達関係からあのリストは洗ってもらっている。ざっとチェックしたけど、全員葛城と関係がある。小学校が一緒だった、とか部活が一緒とか」
「じゃあ、今連絡をとっているのは葛城という可能性も?」
「あるだろうな。あっ、いくぞ」
人通りのすくない路地。
金網の柵が、並行して二つ並んでいる。
柵の中には簡単な屋根がついた人用ゲートがあった。
車道にも柵と同じようにバーが降りていて、地区の区切りとして行政がカード操作を強要していた。
先生の説明によると地域の区切りにあるゲートは『人口動態の把握』と『税金』の徴収に関係があるらしい。
「なんか悩んでるな」
「あっちにいくなら通るしかないのに」
二人は宮下の行動から何かを読み取ろうとしていた。
ヒナが驚く。
「えっ? ゲートを飛び越えた」
ゲートでエラー音が鳴り響く。
「急ごう。もしかしたら追跡がバレたのかも」
ノリは走り出していた。
ノリたちは同じゲートに対して、カードを操作する。
位置を把握されているという噂はあるが、そこを通り抜けるにはカードを操作した方が早い。
角を曲がると、宮下は普通に歩いていた。
尾行に気づいた様子はない。
では、宮下が『カードを通さず』ゲートを通過したのは、何か別の理由なのだ。
「俺たちが尾行しているからカードを通さない、そんな理由があるか?」
「警察に位置を知られたくない?」
「確かに犯罪映画とかだとカードを通さないで通過するシーンは見るけど」
なぜ中学生が『警察』に自分の位置を知らせたくない?
俺たちは普通の中学生で、前科がある訳でもない。
その後も宮下は周囲の状況を見て、人がいないと見るとゲートを飛び越えた。
「どこにいくつもりだろう」
学校を離れ、中心街に近づいてきた。
「街に出てきたよ」
宮下は中でも大きなビルへ向かって進んでいく。
「あれって……」
ノリは地図が頭に浮かんだ。
確かカゲトキさんに調べてもらったことがあるビルだ。
それはつまり、ヒナが『朔夜』を目撃した場所。
「お母さんのお誕生日を祝ったビル」
「何かの偶然なのかな」
宮下は地下駐車場につながる車両用の通路を入っていく。
車両用ゲートにはカードをかざさず、バーをくぐって通り過ぎた。
ヒナとノリも宮下に続いて、同じようにバーの下を通る。
奥へと進んでいくと、生ぬるく湿気った風が奥から噴き上げてきた。
「何かすごく嫌な感じがする」
「この先に進むことが、学校を休む理由につながるのかな……」
ノリには、そのヒナの声が震えているよう感じた。
「心配すんな。中学生って人生の中で最強なんだぜ」
二人は顔を見合わせる。
ヒナは声こそ上げなかったが、微笑んだ。
「よし、進もう」
宮下は駐車場の中でも、一般客が止める場所ではなく、搬入用のトラックなどが入るエリアへと進んでいった。
駐車場は行き止まりになり、そこはトラックの荷台の高さに床が合わせてあって、搬入口にはシャッターが降りていた。
「まだ進むのかな?」
ヒナの声が駐車場に響く。
ノリは慌てて彼女の口を手で塞いでしまった。
そのままヒナを引っ張って、二人は体を寄せ合ってコーナーの影に隠れた。
宮下は周りを見回すが、探し出そうという気は無いようだった。
ノリは囁くように言う。
「助かった……」
宮下は搬入口の横の扉を開けた。
まるで鍵がかかっていないことを知っているようだった。
二人は十分時間をとって同じ扉につくと、静かに扉を開けた。
開けた先に宮下の姿はなかった。
「さぁ、ここからは……」
「ここからならゲートでカードを操作せずビルに入れるのね」
見える限り通路は一本道だ。
進んでいくと搬入用の大型エレベータがある。
ありえないほど上層階に移動している。
「これに乗った、とは思えないね」
ヒナも頷き、同意した。
となると、奥の扉しかない。
扉の上には『機械室』とフダがついていた。
扉に耳をあてるが、機械の振動音しか聞こえてこない。
これでは開けてすぐ裏で誰かが待ち構えていてもわからない。
「俺は最強。俺は中学生で、俺は最強だ」
ノリはそう自分に言い聞かせるように言うと、思い切りよく扉を開けた。
「……」
部屋の中から、機械の騒音が聞こえてくる。
照明が最低限しかついておらず、油臭く、文字通り機械が密集している部屋だ。
可能な限りそっと足を運び、静かに歩いていく。
通路は複雑になっていたが、ほぼ地下へと下る一本道だった。
時折立ち止まっては、先の様子を窺いながら進む。
微かに鉄板の階段を踏む音が聞こえる。
どれくらい深く下ったのだろう。
先行する足音が消えた。
「宮下が最下層についたな」
ヒナは頷く。
「それはいいとして、ここに入っちゃダメだよ。ダメな気がする」
「今頃言うなって」
「機械室の扉を通ってからずっと吐き気がする」
ノリは困った顔をする。
「じゃあ、ヒナはここで待ってて。何かあったら俺を置いて逃げろ。いいな」
「ダメだよ、ノリも戻るんだよ」
「いやまだだ。どう考えてもこの先に何かある。学校に来なくなる理由があるに違いない。俺はこの目で確かめてくる」
ヒナは胸の前で手を合わせるようにして震えている。
ノリはヒナに手を振り、パイプや計器、制御盤が並ぶ中に入っていく。
照明が少ないのもそうだが、パイプなどが入り組んでいるため影になる部分が多く、必然的に全体が薄暗くなっている。
光がLEDであるせいか、冷たく寒々とした雰囲気だった。
機械やパイプの先に、人影が二つ見えてきた。
「葛城、鈴木はどこなんだよ」
「もうすぐ くる」
ノリは体をよじりながら、近づかずに葛城の姿を見ようと試みた。
「なんだよ、それ」
「われわれの かみ だ」
体が折れそうになりながら、ようやく葛城の姿を確認した。
動画の映像から、さほど日時が経っていないのに、葛城の髪は驚くほど伸びていた。
髪はワンレングスになっていて、左側の髪だけ耳にかけていて、顔の右側、目や耳は髪で隠れている。
「みやしたも なかまに なれ」
ノリの目には異様な光景が映った。
リストに名のあった連中が、ここに全員いる。
一人はパイプに足をのせ、一人は制御盤の上に腰掛けていた。連中は、さまざまな場所で好きな格好をしていた。
各人の髪はまるで揃えているかのように同じだ。
第五中学の生徒は、髪型は自由ではあったがこんな長髪の男子生徒ばかりではなかった。
頭が髪の毛で覆われ、真っ黒なボールのように見えて気持ちが悪い。
もしかしてこれがホロウシンドロームなのか。
宮下も流石に雰囲気に異常を感じたのか、やってきた階段の方へ逃げ出す。
「つかまえろ」
周りにいた連中が、指示を受け動き出す。
宮下は、あっというまに捕まえられ、葛城の前に突き出された。
「ヤバい」
ノリは慌ててその場を離れようと、入り組んだパイプに入り込んだ体を抜こうとした。
「えっ!? 抜けない!」
ノリが頭で考えていた体の状況と、実際の手足の状態が一致していないようだ。
抜こうとすればするだけ、戻ろうとすればするだけ、深みにはまる。
「まて もうひとり いる」
いよいよ葛城たちに気づかれてしまった。
ノリは元来た方へ戻ることを諦めて、前に進み始めた。
「そこだ ぱいぷの かげを みろ」
パイプの中でノリはあっという間に周囲を囲まれた。
「なにを している つかまえろ」
パイプの隙間から手を伸ばしてくる。
「うわっ!」
その手を避けながら、ノリは必死にパイプの隙間を移動した。
葛城の手下たちは、ノリのようにパイプの隙間に体を入れていくことが出来ないようだ。
パイプで囲まれた空間を進み、いくつかの角を曲がると、葛城の手下たちの手が届かない場所についた。
ノリは不思議に思いながら、考えた。
喋り方も、うまいとは言い難い。
ネットで調べたとき、人より速く走れて、高く飛べると書いてあったが……
「そうじゃない! ヒナが危ない」
ノリはパイプの隙間に出来た通路を探りながら、機械室を移動した。
這い回っているうちに、ヒナが待っている階段の上についた。
「ヒナ、ヒナ!」
連中に気づかれないよう、小さい声で呼びかける。
機械音で聞こえないのか、ヒナの反応がない。
「ヒナ、上だよ。パイプの隙間を見て」
ヒナが顔を上げる。
「ノリ、どうしてそんなところに?」
「いや、それは話すの面倒くさい。逃げて、ここは……」
ヒナの視線が正面に向けられた。
「葛城!?」
「逃げろヒナ!」
階段を踊り場まで上がる間もなく、ヒナは捕まった。
強い力で腕を捻り上げられ、ヒナの叫び声が機械室に響く。
葛城はパイプで囲まれた中にいる俺に向かって、ゆっくり顔を向けた。
「おまえも そこから でてこい」
ノリはパイプの隙間からヒナの状況を確認する。
葛城の長い髪の隙間から、不気味な笑みが覗いていた。




