学級閉鎖の噂
朝、ヒナとノリが登校し、ゲートを通った。
外からは見えなかったが、学校内、ゲートの近くに警察官が立っていた。
ノリは軽く会釈をしたが、警察官はじっとゲートを見つめていた。
先生が二人、警察官を見るかのように話している。
ノリは気になってそれとなく先生の方へ近づく。
「……何か病名を言われてる訳ではないんですね」
「それは結構困るんですよ。注意が出来ないから、マスクしてとか、食べ物に気をつけて、とか、そういうことが『対策』じゃないですか。ただ生徒が休みがちだから注意してくれという指示じゃね」
「じゃあ、警察は何のために? 生徒のリスト見ましたが喧嘩や暴力のような素行の悪さが原因って訳でもないでしょう?」
先生二人の会話はそこで途切れてしまった。
盗み聞きしようと近づいていたノリは、先生に気づかれてしまう。
「おい、聞いてたのか?」
「いえ、聞いてません」
「適当な嘘を広めるなよ」
先生はポンとノリの肩を叩いた。
ノリは軽く頭を下げて、ヒナと一緒に階段へ走った。
二人はそのまま屋上手前まで階段を登った。
その場所は、誰もいない安全な場所だった。
「カゲトキさんに調べてもらおう」
「何を?
「さっき先生が言ってた休んでいる人リストさ。休んだ人に、何か共通点とかあるのかも知れない」
「何でもかんでも頼むけど、カゲトキさん何も教えてくれないじゃない」
ヒナは何か言いたげな顔をしている。
ノリが促すと、ヒナは言った。
「私たちで調べましょ。職員室に入って、ノリが先生の気を散らしておいて、私がパソコン操作する」
「そんなこと……」
「私たちは中学生だから無敵なんでしょ」
ノリはいつも自分が言っていることをヒナに言われて反論ができなかった。
二人は授業が始まるまでそこで作戦を練り上げた。
授業が始まってもノリはどうやって先生の気を引くかを考えるので必死だ。
そして放課後になり、部活のない生徒は帰って行った。
部活のある生徒は、それぞれの場所に行って教室にはいない。
職員室も、同じような状況になっているはずだった。
二人は時計を見て、職員室へと向かった。
ノリが扉をノックしようとすると、中から声が聞こえてくる。
『佐伯先生は部活に行かないんですか?』
担任の『サエキン』こと佐伯先生の名が出たので、ノリはノックを止めた。
『新聞部は活動してるのかしてないのか分からないようなもんでして。しかも私は副顧問ですから、職員室で待機してるだけなんですよ』
『あれ? この話、なんか聞いたことがありますよね?』
何か、微妙な時間が流れる。
ノリはノックしようかと思うと、また声がした。
『十回ぐらいは話してるかな?』
『それは大袈裟でしょう?』
『ハハッ、そうかも知れませんね』
ノリは、今度こそ話が途切れたと思ってノックをしようと扉に手を伸ばした。
「ん!? なんだ?」
と、職員室からノリの目の前に有田先生が出てきた。
「えっと、佐伯先生に用があって」
「おう、入れ入れ。佐伯先生暇そうだからな。話し相手になってやれ」
有田が職員室を出ていくと、奥のロッカーへと消えていった。
ヒナとノリは職員室に入ると、佐伯がいる方へと進んでいく。
佐伯はノートPCの前で座って、腕を組んでいた。
「三ツ木とノリ…… じゃなくて藤原。何のようかな?」
「やってきた課題を印刷をしたいんですけど、自分のパソコンでやるとうまくいかなくて」
佐伯は二人が生徒間で無視されている雰囲気は知っていて、頷いた。
「ならデータを送っておいてくれ。あとでやっとくから」
「今印刷したいんです」
「これで」
ヒナが差し込み型の記録装置を掲げた。
「いや、学校のパソコンにそれを指すのはNGなんだ」
「じゃあ、今ファイルを送ります」
佐伯はノートPCを操作すると、ヒナからのデータを受け取った。
「このファイルだな? 印刷するぞ」
「イヤァァァ!」
ヒナの悲鳴が響いた。
「見ないでください! あっち行ってて!」
佐伯はびっくりして立ち上がると、画面が見えない場所まで回り込んだ。
「ノリ印刷したらすぐ取ってよ」
「わかった」
プリンターは佐伯の机からはかなり遠い。
「どんだけ恥ずかしい課題なんだ?」
ヒナがパソコンを操作して送ったファイルを印刷をする。
その裏で、佐伯のパソコンにある『学校に来なくなった人のリスト』を探していた。
「ヒナ、来ないぞ?」
「ちょっと待って……」
「そんなに難しくないはずだぞ」
佐伯がヒナの方に近づくと、ヒナは焦ってこう言った。
「ノリ、印刷したから!」
「お、おう!」
佐伯は印刷が終わったなら自席に戻ってもいいだろう、とヒナに近づいてくる。
ヒナは表情でノリに訴える。
「サエキン! じゃなかった、佐伯先生、なんか紙が出てこない!!」
「ノリ、印刷ボタンを押す前に、職員カードをそこに置いて…… そうか。カードはこっちが持っているのか。ちょっと待ってろ」
複合機が認証用のカードを求めているようだった。
ヒナは急いで欠席者のファイルを探す。
最初に計画した外部ドライブは使えない。
ファイルを見て今全員を覚えるか?
佐伯が複合機から帰って来るまでの時間で決断しなければならない。
「どうしよう……」
ノリはボケたフリをして、ゆっくりと複合機を操作している。
ヒナにチラチラ視線を送るが、彼女はノートPCを見つめるばかりだ。
「ほら、これで良いだろ」
佐伯は、妙なところで手際がいい。
画面に印刷物のプレビューが表示される。
「先生見ちゃイヤ」
ノリはおどけてそう言うと、複合機の画面を手で隠す。
「わかったから、早くしろ。先生忙しいんだ」
「本当は暇なくせに、忙しいフリして」
「いいかげんにしろよ!」
ヒナ、頼む。もう限界だ。
ノリは複合機が紙を吐き出す音を聞きながら祈るようにそう思った。
彼女はノリの方を見る余裕はない。
ヒナの課題はバッチリ印刷され、何の文句もつけられない。
ノリは紙を受け取って、先生がノートPCの画面を見ないように先回りする。
「おい、あいつ俺のノートPCで何かしてるんじゃ……」
佐伯がノリをパスして先にヒナのところへ行ってしまう。
ヒナは泣いている。
「おい、PCで何をしている!」
「先生、なんか突然『WindowsUpdate』とか出てきて何もできなくなっちゃった……」
「えっ? ウィンドウズアップデート?」
職員室の離れたところから声がかかる。
「よくあるよな。お前のせいじゃないから」
「いや、俺の作ってた資料……」
他の先生がやってきて慰める。
「きっとオートセーブが動いているだろう」
ヒナは泣きながら佐伯に謝る。
ノリとヒナは頭を下げ、「お騒がせしました」と告げて職員室を出る。
扉が閉まって数歩歩くと、ヒナは笑った。
「えっ、ウソ泣き?」
「驚いた?」
ノリは頷く。そして小さい声で確かめる。
「データは取れたのかよ?」
「当たり前でしょ」
二人は体を寄せ合って他人に見られないよう一つのスマホを覗き込む。
「知ってるか?」
「……葛城自身もリストに入ってるのね。そいつの友達も」
「じゃあ、それじゃね?」
ヒナは開いた口が塞がらない、といった様子だった。
「いいからその線で考えてみてよ。葛城友達とか知り合いが学校休んでるって」
「……葛城の友達って、たとえばこの前ウチのクラスで動画送られてきた子たちってことだよね」
「!」
二人は顔を見合わせた。
「確かに、一人欠席してるわ」
そして背後に視線を感じた二人は、スマホを閉じて振り返る。
葛城から送られてきた動画を見ていたもう一人がそこにいた。
ロッカーを開け、バッグを取り出すと、ヒナとノリを無視して昇降口の方へ去っていく。
二人はもう一度顔を見合わせた。
「あとをつけよう」
ノリが言うと、ヒナは頷いた。




