奇妙な動画
ヒナとノリは並んで通学路を歩いていた。
前後に歩いている生徒との間には、ヒナ達と無関係だとアピールするだけの距離が開いていた。
距離が離れているおかげで、多少変なことでも会話できるのはラッキーだった。
「昨日、米国の感染症を調べてたんだ」
「えっ、なんでそんなことを? すごく気味悪がってたじゃない」
ノリは「そうなんだけど。必要だと思ったんだ」と言ってから、話を続けた。
「川村さんの死因自体が謎になっているんだ。そもそも死亡証明には『Unknown』と記載されている」
「えっ、そんなの事件じゃん」
「その死が事件かどうかと、死因がはっきりしない事は別だよ」
ノリはバッグからタブレットを出した。
「正直、死因なんて本当は複雑に絡んでいるから、確実な死因なんてないって主張する人もいる。そういうこともあって米国は結構、この点が緩いみたいだ」
「だからエンバーミングして死体を日本に持ってこれたんだね」
「そうかもしれないし、そうでもないかもしれない。実はエンバーミングした業者がはっきりしてないんだもしかすると、お金を積んで違法な業者にやらせたのかも」
タブレットを使って、ノリはそれらのソースを見せる。
歩きながら見せられているため、ヒナはなんとなく頷く。
「あとさ。俺が見た中で一番やばい感染症がこれ」
ノリがタブレット画面をめくって情報を見せる。
「ホロウシンドロームねぇ……」
「ホロウスピリス・モンローエという名の線虫が、人間の脳に直接、または間接的に関与し、思考を奪い、行動を支配する。線虫は頭皮、あるいは頭蓋の内側に入りこみ、脳を破壊せず外部から制御可能にする」
「えっ…… 何この注意書き、やばくない? ホロウシンドローム観戦中の肉体は人間の状態より優れた能力を示すことがあるって書いてある」
ノリは首を横に振る。
「そんなことより死亡率だろ。死亡率百パーセント。つまり感染確認したら助かった例がない。だから『広まらない』んだろうけどね」
「ちょっと待って、線虫は人の髪の毛に入って移動することがあるって」
「いや、髪の毛に触れたからって感染するわけじゃない。口から体の中に入らない限り安心だって。髪の内部に隠れていて、胃酸などを検知すると髪の外に出る。そして体の中を通って脳周辺に到達すると、線虫は定着し、数を増やす」
ノリは自分で言っていて気持ち悪くなってきた。
「髪の毛のお化け、みたい…… えっ、それって百パー『這子』じゃん」
ヒナはホラーで有名な『這子』をイメージしたようだった。
「確かに、髪の毛が怖くなるよね」
そんなことを話している内に、二人は第五中学校のゲートに着いた。
ゲートを通過して、校舎に入り二人はそれぞれのロッカーで荷物を整理した。
いつまで経ってもロッカーの前にいるヒナを見てノリは近づいた。
「どうした?」
「バッグがない」
じゃあ、肩にかけているものは? と言おうとして気づいた。
「まさか!?」
ヒナを避けて彼女のロッカーを覗き込むと、ガスマスクなどを入れたバッグがなくなっていた。
「……どうしよう」
「今はカゲトキさんに連絡できない。昼休みは心あたりの場所を探して、それでもなかったら放課後、カゲトキさんに相談しよう」
ヒナは怯えたように縮こまっている。
ノリは彼女の背中を支えるように触れた。
「あまり深刻に考えないで。普通にすごそう。大丈夫だから」
ヒナは小さく頷いた。
ヒナはノリの背後、かなり離れた廊下の角から視線を感じる。
「ヨウコ?」
「どうした?」
「……」
ヒナがもう一度見ると、そこには誰もいなかった。
それは気のせいだと思うことにした。
ヒナとノリは、授業と授業の合間の休憩を、無視されるまま教室で黙って過ごした。
昼休みに入ると、二人でバッグをどこかに置き忘れていないか、可能性がありそうなところを探した。
見つからないままお昼ご飯を食べ、教室に戻ってきた。
教室に入ろとする直前、声が聞こえてきて、ノリは立ち止まった。
『髪の毛、こうしてると怖ぇよな』
ヒナが不思議に思ってたずねる。
「何? もう教室入ろうよ」
すると教室内から声が聞こえてくる。
『今時、這子の話かよ』
今朝、似たようなことを二人で話したばかりだった。
『ちげぇよ、ほら葛城のやつが変な動画送ってきたろ』
『ああ、気持ちわりぃよな、髪の毛を口から出しやがってよ』
『なんかここは特別な部屋なんだ、って言ってたけど。自分の家じゃねぇの?』
特別な部屋? ノリは引っ掛かった。
『奴の家じゃないみたいだ。奴の家は全室和室だから』
ノリは小さい声でヒナにきく。
「誰だろう? 葛城って知ってるか?」
「隣のクラスの目立ちたがり屋だよ。嫌なやつ。前、レンが葛城が投稿している動画サイト見せてくれたけど『自己満乙』って感じだった」
「……」
廊下を先生が歩いてきて、二人に声をかける。
「授業始めるぞ」
二人は黙って教室に入った。
午後の授業が終わると、二人はヒナの家に集まり、カゲトキと連絡をとった。
「なんで学校なんかに持って行くんだ」
カゲトキは怒っていた。
「けど、鍵かけてたし」
「すみません」
ノリはヒナと一緒に頭を下げながら謝った。
「それと、何で早く報告しない」
「勘違いかもしれないから、探してたんです」
「ゲート通過用の偽造カードの使い方を誤ると、すぐに足がつく。作った俺も、使ったお前たちも捕まってしまうぞ」
ヤバイ。ヒナとノリの頭には、それ以外の言葉が浮かんでこなかった。
「お前たちの学校には監視カメラはあるのか?」
「あります」
「なくなったと思われる場所と、最後にバッグを確認した日付と時間を言え。犯人を見つけるぞ」
カゲトキが学校の監視カメラ映像にアクセスできるよう手引きする。
カゲトキとヒナ、ノリの三人で手分けして画像を調べ始めた。
下手なAIに処理させると、通報される可能性がある。
プライベートでローカルなAIを持っているカゲトキだけがAIを補助的に使うことができた。
「あっ、これ……」
「見つけた!? 誰、これ?」
「これ例の葛城」
ヒナとノリは顔を見合わせる。
「『例の』ってなんだ」
カゲトキに詰められ、二人はバッグとは関係なく、学校で話題にしていたことを話す。
しばらくすると、カゲトキが言う。
「こいつがバッグを取ったんだ」
「えっ?」
逆にヒナとノリが驚いてしまう。
「これを見てみろ」
二人にリンクが送られてくる。
それは葛城の動画チャンネルだった。
再生が始まるなり、二人は見覚えのある部屋に声をあげる。
「誰もいないと思っても、実はこっそり見られていたってことだ。今後、バッグは家に持ち帰るんだ」
「あっ、後ろに思いっきりバッグがある」
「……反省してるのか?」
動画の再生が続いていく。
床板を剥がし、透明なケースを取り出した。
『キモ。これなくなった奥さんのハンカチと髪の毛だ』
「!」
葛城の声に全員が注目した。
「髪?」
「まさか床板の下に何かあったとは」
さらに動画は進む。
急に気持ち悪いを連発して、うつ向いたかと思うと、カメラに顔を向けた。
口からは大量の毛髪が出てくる。
「うっ!」
「これ這子だ」
ヒナが言う『這子』はホラー映画のワンシーンのことだ。
ホラー小説だったが、映画化された時の映像と曲が、より強烈に世間に広まった。
とめどなく口から流れ出てくる黒い髪の毛。
床一面に広がって、蠢く毛髪。
葛城したことはただ毛髪を口に咥えただけだが、連想される映像はホラー映画のそれなのだ。
カゲトキが何か言うかと思ったが、待っていても何も言わなかった。
「同じ学校の生徒だから、俺たちで捕まえてカードを取り返します」
「……やめろ。カードの処置は俺が何とかする。こいつと関わるな」
「あの……」
「質問はなし」
カゲトキは自分が言いたいことを言い切ると、通信を終えてしまった。
ヒナがノリの顔を見つめるが、ノリも首を捻るだけだった。




