罠
朔夜の動画を動画編集ソフトのプロジェクトファイルから調べていくと動画だけでは分からない、さまざまな情報が見つかった。
情報が書き込まれたファイルは、さまざまな場所に分散して隠してあった。
それらを見ていくうち、三浦と川村に何があったのかわかってきた。
三浦が『遺体』として妻を部屋に持ち込んだこと。
だが、妻は忽然と姿を消してしまった。
ノリは言う。
「三浦は、妻に会いたくて何者かに手を貸していたようだ」
「何者かに、って誰?」
「それはわからない。朔夜の調べによると、さっき見つけたあのカプセルに関わることをさせられていた、と言うことだ」
ノリはカプセルを見つけた引き出しを指差した。
「カプセルは…… カゲトキさんが解析してくれるんだっけ」
「ああ、結果はわかっていない」
「手を貸すことに耐えられず、三浦は自害した」
三浦の自殺によりこの部屋は『事故物件』となったわけだが、自殺をしたと言うことは……
「三浦には意思があったと言うことになるよね。妻はホロウ・シンドロームに罹ったのに、夫は」
「夫は、つまり、三浦は罹らなかった」
「妻に会いたい。妻を愛していて、そのために何か悪いことに手を貸していた。それなのに、病気には罹らないって変じゃない?」
ノリは首を傾げた。
ヒナは人差し指を立て、口を開く。
「だって、考えてみてよ。何か協力したら妻に会わせてくれるんでしょう? 久しぶりに愛している妻に会ったら、どうする?」
「えっ、エッ……」
「ばか!」
ヒナは頬を膨らませて怒った。
「妻がホロウ・シンドロームとはいえ、抱きしめはすると思うのよ」
「……あんまり変わらないじゃないか」
「抱きしめればどうなると思う?」
ノリは首を傾げる。
ヒナは手を軽く広げて、ハグしてみろとばかりにノリに近づいた。
ノリはためらっていたが、ヒナを抱きしめた。
彼女の髪が口に当たる。
口の中に入るかは別として、これだけ近づいて何もないと言うのは疑問だ。
「可能性の一つとして、三浦も罹患していた」
ノリは言った。
「待って、罹っているかどうかなんて分からない…… そうか。ゲートを通っているなら『罹っていない』はずだ」
ノリの言葉を受け、ヒナは言う。
「適切な遺体の処置がされていなかったため、三浦は警察の取り調べを受けているわ。ゲートを通っていないわけがない」
「そうだよね。だとして三浦は何に絶望して命を絶ったのか」
「カゲトキさんって何も返事してくれないのかな?」
ノリは怒っていた。
「俺たちを『エサ』としか考えない人なんか頼ったって」
「メッセージ送っちゃった」
そう言ってスマホをノリに見せる。
すぐに返信があった。
「読んでみるね。『カプセルは胃液で溶けるようになっていた。中身は髪の毛。それだけでわかるだろう?』だって」
「葛城がそうしていたように、感染者を増やそうとしている奴がいるんだ」
「感染者を増やそうとしている連中からすれば、私たちってどう思われるのかしら。葛城が第五中を襲って三百人ぐらいの感染者を増やしたと思ったら、全員C.O.R.P.S.に処理されちゃったんだもん」
エサとして撒かれたのなら、食らいついてきた敵を一網打尽にする準備はある…… はずだ。
でなければただ『エサ』を食い逃げされるだけになる。
ノリはカゲトキに向けてメッセージを送った。
『俺たちを利用して、ホロウ達を打ち倒す準備はできてるんですよね?』
既読はつくが、返事が返ってこない。
「ノリが変なこと書くから、カゲトキさん拗ねちゃったんじゃない?」
「ホロウたちはここを襲ってくる。さっきの掲示板から考えても、それは間違いない」
ノリが言ってから、しばらくすると、カゲトキの返事がきた。
『何を勘違いしたか分からないが、今C.O.R.P.S.はヒナが朔夜を目撃したと言うビルを攻略中だ。これでこの国からホロウは』
……と、妙なところでメッセージが途切れた。
二人が待っても、メッセージの続きがこない。
ノリは仰向けに寝てしまった。
ヒナはスマホを操作していたが、
「なんか、どうやってもネット繋がらない」
と言ってノリの横に寝転がった。
「……」
二人は互いの顔を見ていたが、やがて寝てしまった。
ヒナがバタバタと動いている音を聞いて、ノリは目が覚めた。
ノリは自分がどれくらい寝たのかわからなかったが、体のだるさを感じていた。
ノリが起きたのに気づいてか、ヒナが言った。
「私考えてたんだけどさ。カゲトキさんは初めからC.O.R.P.S.として働いていて、実は国がホロウ・シンドロームのこと隠していることを知っていたわけでしょ。なのにあんな『世の中の闇を暴露する!』みたいな動画配信して大丈夫だったのかしら」
ノリは重い体を起こしながら応えた。
「そう考えると、カゲトキさんが、どれだけ本当のことを発信していたのかは疑問だよ。初めから俺たちのような『エサ』がコンタクトしてくるかもしれないと予測した上で、C.O.R.P.S.の仕事の一つのしてやっていたのかもしれないし」
ヒナはムッとした。
「なんで素直に考えられないの。カゲトキさんの言い方からすると、私たちを危険な場所に出さないためにここに『匿った』んだと思うけど」
ノリはすぐに言い返す。
「カゲトキさんが生きて帰ってこないと、俺たちは出られないんだぞ。こんな匿いかたあるかよ」
ヒナは立ち上がる。
部屋を出て行こうとしたので、ノリは慌てて追いかけた。
「怒らせるつもりはないんだ」
「トイレよ」
ヒナが廊下を奥のトイレへと進んでいくのを見届けると、ノリは両手を開いて肩をすくめた。
ノリはPCの前に戻り、何気なくタスクバーの時計を見た。
「もう夜か……」
直後、ノリは別のことに気づき、目を見開いた。
続けてスマホを確認した。
「そんなバカな」
スマホを持つ手が震え、落ちそうになった。
メッセージアプリを見ても間違っていないことがわかる。
ノリは思わずカプセルがあった引き出しを見た。
ヒナがトイレから戻ってくると、ノリは言った。
「髪、伸びたね」
「……何よ、急に」
「髪伸びたよ。絶対」
ノリは立ち上がり、ヒナと入れ替わるように洗面所に進む。
鏡を見つけ、自らの顔を映して見る。
「……」
ノリはそのままヒナのところに戻った。
「ヒナ、腹空かないか」
ヒナは首を横に振る。
ノリはスマホを操作して、ヒナに向けて見せた。
「PCの時間を見た時、変な感じがしたんだ。ヒナのスマホは?」
ヒナは自身のスマホを見て、震えながら言った。
「時間、変だよ。変すぎる。こんなに時間が経っているわけない」
ノリは一歩後ずさった。
「何よ」
「空腹じゃないって。それに、髪が伸びた」
「ノリだって、髭伸びてるじゃない」
空腹を感じない。
それはホロウ・シンドロームの典型的な症状だ。
「待って、何か勘違いしてない?」
「カゲトキさんからの返信が来なくなったのは、もしかして、C.O.R.P.S.が失敗したんじゃないか。世界は、ホロウ・シンドロームに支配されたんじゃ……」
「嘘!」
その時、ドーンと大きな音が響いた。
建物全体が衝撃を受けたような音だった。
「まさか、爆撃!? 俺たちホロウ・シンドロームの連中ごと、爆弾で一掃されちゃうのか?」
スマホを、ネットを調べるが『リアルタイム』な情報が得られない。
ノリは苛立ったような声を出しながら、スマホを操作し続けた。
「……ノリ、ねぇ、冷静になろうよ」
バタン、扉が閉まる大きな音がした。
二人は玄関にきた何かを見に走った。




