事故物件404号室
玄関扉は、あらかじめ細工されていた。
外から鍵を掛ければ、内から開ける手段がないようになっている。
昨日はこうではなかった。
二人をここに閉じ込めるために慌てて細工したようにも思える。
この部屋は外開きであり、ヒンジも外側からしかいじれない。
「カゲトキさん!」
ヒナは言った。
「開けてください」
ノリがヒナの肩を叩く。
差し出されたスマホには、カゲトキのメッセージが書かれていた。
『すまない。最後まで君たちに負担をかけさせることになってしまった。必ず生き延びてくれ』
「どういうこと!?」
ヒナのその問いにノリも答えることができない。
二人は廊下に面した部分の小窓などを確認するが、格子がつけられていて、外に出られないことがわかった。
ならば外、学校の屋上から降りれたのだから、四階から下りることぐらい、と思い二人は窓のカーテンを開ける。
「!」
いつの間にか、窓の外に鉄板がついていた。
窓を開けて、鉄の板を押してみるが、押せば押すだけ同じ力が返ってきた。
二人は部屋の真ん中に座り込んだ。
スマホに何か打ち込むと、ヒナに見せた。
『ヨウコ、どうなった?』
ヒナは話始めた。
「カゲトキさんがあの銃のようなもので撃ったら、ものすごい痙攣をして」
すぐに手を上げて止められた。ノリはスマホを見せた。
『ごめん、聞くんじゃなかった』
「……ノリも気づいたよね」
二人は見つめ合いながら、何かを確認していた。
ノリは頷いた。
「ノリが助かったのは、カゲトキさんのおかげじゃないよ。ヨウコが頑張ったからだと思う」
ノリはヒナの顔をまともに見れなかった。
「ヨウコの気持ちを、私はノリに伝える話をしちゃったの。私、そんなこと言えるわけないのに。だってその時から私、ノリが好きだった」
ノリはスマホに何か書こうとしたが、出来なかった。
「だからいじめられたんだと思う。ヨウコが仕掛けたとは思うけど、私が『嫌なヤツ』なのは間違い無いから」
『そんなことない。ただ、ヨウコにしっかり伝えるべきだっただけだ』
座った姿勢から、さらに床にうつ伏せになり、ヒナは泣いた。
ノリは、ヒナを自分に引き寄せた。
溢れる彼女の涙を、指で拭った。
二人はいつの間にか横になって、並んで寝ていた。
昼なのか夜なのか、わからないまま、ヒナは天井を見上げていた。
「マスクとか無しでここにいたら、彼らと同じ病気に罹るのかな」
ノリはまだ喉が痛むせいで、返事をスマホに書き込む。
『わからない。ここにまだ髪が残っているのか、どうか。生き残るために、どうしてこの国にホロウ・シンドロームが存在しているのか。調べよう』
二人は、体を起こした。
ノリは朔夜が残したと思われるPCを立ち上げた。
IDやパスワードは、以前カゲトキが教えてくれていた。
二人は、PCのファイルを調べた。
闇雲に色んなファイルを開いているうち、動画編集用のプロジェクトファイルに触れていた。
動画編集用のプログラムが開き、波形やタイムライン、サムネイルなどが画面に表示された。
動かしてみると、朔夜がこの部屋について流す予定だった動画であることがわかる。
「この、時々、チラッて映るのは何だろう」
ヒナが指摘した所を、二人で見てみる。
何かテロップが入ったようだが、短すぎて見えない。
編集ソフトのスライダーをその近くに持っていくと、ポイントにマークが出る。
カーソルを当てて、ほんの一瞬、表示されるテロップの内容を表示させた。
「これって」
ノリは表示された内容を検索した。
どうやら内容は、ダークウェブと呼ばれる闇ネットワーク内のサイトを示していた。
ノリはそのままアクセス方法を調べる。
すると朔夜のPCにはすでに接続するためのアプリが入っていることがわかった。
ノリはそれを起動する。
起動すると自動で接続し、朔夜のアカウントで入った。
問題のサイトへと向かうと、誰かがまとめた情報が表示された。
ヒナはそれを読む。
「エンバーミングの証明書を“偽造“してくれる業者のことが書いてある……」
ノリはPCに向かって自分の意見を打ち込む。
『朔夜じゃなくて、朔夜の前に住んでいた三浦のことだ』
朔夜にエンバーミングのをする要件はない。
それとエンバーミング証明書を偽造するこの業者は、米国のものだ。
もしこの偽造証書を三浦が作らせたのなら……
妻の遺体を『エンバーミング』をせずに持ち帰ったことになる。
「朔夜はこれに気づいていたってことだね。けど、ずっと問題になっていることがわからない。この部屋のどこを探しても川村の遺体はないということ」
ノリはPCへ言葉を打ち込む。
『三浦はなぜ、エンバーミング証明書を偽造する必要があった?』
「……エンバーミングしないと死体を国に持ち帰れないからでしょ」
いや、本当にエンバーミングした費用より、偽造する方が金がかかっている。
ダークウェブを利用しなければならないし、数段手間もかかっただろう。
『もしかして、こういうことじゃないのか?』
ノリは書くのをためらった。
『川村瑞希は生きていた。だが、死んだふりをして“遺体“として帰国した』
「ホロウ・シンドローム!? まさか」
『川村が夫である三浦を脅していたのかもしれない』
おそらく人の姿として国内に戻ってくるには『エンバーミング証明書』が必要だったのだ。
「どうりでこの部屋で死体を探してもないわけだ」
ノリは頷いた。
葛城たちの行動を見ていると、ホロウ・シンドロームを発症した川村が、夫を利用して帰国しようとすることは十分に考えられる。
さらにダークウェブに上げられたドキュメントを探ってみると『ゲートの機能』というものがあった。
ファイルを開こうとすると、パスワードを問い合わせてきた。
「なんか、寒い」
ノリはヒナの言葉を聞いて、部屋を見回す。
エアコンが動いている。
ノリは自分の尻に何か当たっていると感じて、それに手を伸ばした。
手にしたのはエアコンのリモコンだった。
「なんだ、ノリが悪いんじゃない」
ノリはリモコンをそのまま操作したが、エアコンの反応がない。
リモコンは表示が出ていて、動作しているようだった。
「ちょっとかして」
ヒナはリモコンを受け取ると、エアコンの下にいき狙いをつけて操作した。
リモコン側の音はするが、エアコンの音はしない。
ノリはスマホに書き込む。
『エアコンじゃない。こっちの通気口から音がしてる』
ヒナがノリの言ったことを確かめると、確かに轟々と音がしていた。
「何が吸気されてるのかしら」
ノリは急にヒナの鼻と口を覆うように腕を回す。
自身も肘を曲げ鼻と口を覆うように顔をつけた。
二人は部屋のあちこちを探して、マスクを探し出した。
マスクをつけていれば完全に防護できるかはわからないが、つけないよりマシだった。
再びPCに戻ると二人は『ゲートの機能』を読んだ。
ゲートは、カードを操作させ住民の移動を把握するのと同時に、別の役目を担っていた。
「これ本当なの?」
ヒナはパソコンの画面を指で指し示した。
「ゲートにはC.O.R.P.S.が携帯する音波、電磁波を発する複合パルス銃と同じ仕組みが内包されている…… だって」
ただし出力は抑えられている。ホロウ・シンドロームの患者を『停止』させるほどの電磁パルスは健常者でも影響を受ける可能性があるからだ、と書かれている。
「だとしたら、国は以前からホロウ・シンドロームが国内に蔓延していることを知っていたことになる」
政府機関はこの感染症は存在しないと言っていた。
だが、ゲートにはそのような役割があった。
ホロウ・シンドロームの罹患者がゲートを通れば、パルス銃の仕組みで動きが止まり、国に『検出』されてしまう。
『葛城は、この部屋に入って、この動画プロジェクトを開き、この事実を知ったんだ』
「……どうしてそう思うの?」
『この秘密を見つけた者はホロウ・シンドロームに感染するから』
ヒナは何を持ってそんなことを言うのか分からず、ノリに訊ねる。
「だから、なんで?」
「ほら、ここ。この掲示板にさっき、一行書き込まれた」
ノリの押しつぶしたような声は、少し震えていた。
「だからこの部屋は中から出れないようにしてあるんだ。俺たちはトラップの中の『エサ』なんだよ」
ノリの指さす画面には『秘密を知られた』と書かれていた。




