学級崩壊
成田先生の授業以降、クラスの人たちは宮下のことを無視しているようだった。
植草は自然に無言でいるだけだった。
宮下は暴力で疎まれ、無視されているが、人間ではないというレベルで認知されたわけじゃない。
ノリは必死に考えたが、二人を人間でないと説明する言葉が見つからなかった。
午前中の最後となる授業が始まる。
あだ名がロウガイという高齢なのに役職のない教師の授業だ。
「静かにしろ、授業をはじめる」
そう言って板書を始めた。
この先生がこうやって黒板に内容を書きはじめると長いことそのままになる。
クラスには先生を舐めきったような雰囲気が広がった。
スマホを触りだす生徒もいれば、隠すつもりもなくそっくり返って寝てしまうやつも出てきた。
ロウガイは何となく寝ていることに気づいている。
ノリはロウガイの仕草を見て、以前、昔の授業の話をしたことを思い出した。
『昔は体罰なんて“普通“のことだったから、寝ている生徒に向かってチョークを投げつけたりしたもんだ』
今の時代、そんなことをしたらどうなるか。
ロウガイはハッキリとは言わなかったが、そういうことなのかも知れない。
だから役職もつかず、ヒラ教員のままなのだ。
「!」
板書を続ける中、ロウガイは眠っている生徒を確認するように見た。
ノリはそれに気づくと、思った。
何か、嫌な予感がする。
寝ている生徒が大きなイビキをかき、生徒全員の意識が向いた。
イビキをかいた本人も、自分のイビキで目が覚めた。
ロウガイはチョークを投げ……
投げるモーションだけをした。
教室にクスクスと笑う声が響いた。
寝ていた生徒は自分が狙われた、とは思わなかったらしく平然としていた。
ロウガイは板書の残りに取り掛かる。
またしばらくすると、また教科書を立て、机に突っ伏すと寝てしまった。
寝息を立てているとロウガイの表情が変わった。
「おい、寝るな」
と、大きな声でロウガイが言っても起きない。
ロウガイはチョークを投げるモーションを……
そのモーションから、チョークが投げられた。
チョークは寝ている生徒ではなく、植草に向かって飛んでいく。
「えっ!?」
ノリは声をあげていた。
手元が狂ったものとはいえ、かなりのスピードが出ていた。
避けるのも精一杯だと思ったチョークが、当たらなかったのだ。
「先生!」
前列の生徒がロウガイを見て叫ぶ。
先生が顔を押さえるようにして倒れていた。
先生の周りには、チョークの破片や粉が落ちている。
ノリは結果から起こったことを推測した。
ロウガイの投げたチョークを目にも止まらぬスピードで投げ返したのだ。
そうとしか思えない。
「植草ぁ!」
ノリ以外にも植草が先生にチョークをぶつけ返したと考えたものがいた。
立ち上がって植草の方へ進んでいく。
荒ぶった生徒がぶつかり、机と椅子がガタガタと音を立てる。
「お前だよ、植草。今、何をしたか言ってみろ」
「いまは いすにすわってる」
「先生に何したかって言ってんだよぉ!」
男子と女子が、倒れた先生に肩を貸して保健室に連れていく。
「ああ ちょーくを なげてきたから なげかえした」
「ぶっ倒れるほど強く投げ返すか?」
興奮した男子生徒は、植草の胸ぐらを掴む。
「はなせ」
植草は立ち上がる流れで軽く突き飛ばしたように見えたが、胸ぐらを掴んだ生徒は、周囲の生徒を巻き込みながら倒れていく。
「テメェ!」
仲間の生徒が立ち上がる。
クラスは一気に朝の騒乱状態に戻った。
植草と宮下が、クラスの中で体格が良く、血の気の多い連中と対峙する。
「おい、バットはやばいって」
「誰にも言わねぇよな?」
「こいつらちょっとおかしいって」
止める間もなく、振りかぶったバットを植草に振り下ろす。
バットが強く床に叩きつけられた音がすると、バットを持っていた男の顔は蹴り上げられていた。
バットの先端に植草の足が乗っていることから、植草は一瞬で避けバットを上から踏みつけた。
バットを持っていた腕が引っ張られるように上体が床へ突っ込んだところを、植草が逆足で蹴り上げたのだろう。
ということは、丸いバットを踏みつけた足が軸足になる。
相当修羅場なれした人間でもそんな芸当は出来ないだろう。
やはりこれは『ホロウ・シンドローム』による超人的な身体能力によるものだ。
ノリは瞬間的に叫んでいた。
「やめろ、敵わない」
「藤原お前、そっちの味方かよ」
「テメェもまとめてやってやる」
机を振り上げた生徒が、ノリ向かって投げつけた。
ノリは必死に手を伸ばして机を避けた。
机の中のものがバサバサと落ちると、次の机が投げ込まれた。
宮下が、一瞬でそれを押し返した。
机が、他の机でバウンドする。
天井の明かりが割れて、投げつけた生徒の方へ勢いよく落ちてくる。
「!」
女子生徒が扉近くの生徒に言う。
「先生を呼んできて!」
言われるまま教室を出ようとした生徒は、血の気の多い連中に捕まる。
「やめろ!」
「チクったら、お前もどうなるか分かってんだろうな」
先生がきたところでどうにもならない。
騒ぎを大きくして被害が大きくなる可能性もある。
ノリは黙って宮下、植草と距離を取った。
頭に血が上った男子生徒は、刃物を取り出した。
悲鳴をあげる生徒や、声で止めようとする者もいた。
だが、握りしめた生徒から刃物を取り上げるまでは行かなかった。
「まずい……」
何か事故があって怪我人が出たら。
ノリは叫んだ。
「ヒナ!」
まるでその声が引き金になったかのように、刃物を持った生徒が植草に切りつけた。
植草はどこまで見えているのか分からないが、寸前で避けると刃物を持った手を強く叩いた。
いとも簡単に床に落ちる刃物。
宮下は素早くそれを足で押さえると、刃物を手に取った。
狂気のような声が、教室に響く中、宮下は刃物を自分の頭に突きつけた。
髪の毛を引っ張り上げると、刃物で髪を削いだ。
植草はいつの間にか外に面した窓に立っている。
宮下が切った髪を持つ手を開くと、植草が窓を開けた。
「口を、口を塞いで!」
ヒナはノリの言葉を聞くと、素早くハンカチで口と鼻を覆った。
ノリも同じように肘で鼻と口を覆う。
クラスの生徒たちは何を注意されているか分からないまま、教室を舞っている髪の毛を手で払い除けている。
「みんなにげて!」
ノリは叫ぶが、仲間をやられた生徒は止まらない。
「そんなもんで勝ったつもりか!」
机、バット、刃物、どちらも通用しないのに、素手なら勝てるとでも思っているのか。
ノリは教室の混乱に乗じて、逃げることにした。
ハンドサインをヒナに送ると、ヒナも頷いた。
二人が廊下に出て校舎の階段を下りようとした時、現在の学校の状態に気づいた。
「長居しすぎた……」
知らぬ間に階下に生徒が待ち受けていた。
振り返ると、廊下のどちら側にも生徒が出てきている。
「葛城の友達連中じゃないな」
ヒナが頷く。
人間とは思えない素早い動き。
「けど、ホロウ・シンドロームに罹ってる」




