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事故物件404号室  作者: ゆずさくら


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ホロウ・シンドローム

 佐伯がクラスメンバーの名前を呼んでいく。

植草(うえくさ)

「はい」

 声が先生のものと重なるぐらい早い。

 あくまで感覚的なものだが、ノリはそう思っていた。

藤原(ふじわら)

 ノリは懸命に反応したが、聞き終えてから反応するのでは植草のような早い反応にはならなかった。

三ツ木(みつき)

 ヒナも返事をするが普通の人と同じで、一拍置いた感じになる。

宮下(みやした)

「はい」

 非常に反応が早い。

 だが、教室内の生徒にそこに気づく者はいない。

「藤原。これでいいか?」

「……」

 どうすれば植草と宮下の二人が『ホロウ』なのだと気づいてもらえるのか。

「久しぶりに全員揃ったな」

 佐伯は持ってきたノートを開くと、読み上げるように説明した。

「長期欠席している生徒が増えているので、学年閉鎖などの可能性があるが…… うちは今日全員出席したから学年閉鎖になるかは、少し微妙になってきたが、とにかく、今後の学校側からの連絡については注意するように。誰もきてないのに、一人で学校にくるようなことのないようにな」

 誰も笑わなかった。

「それと、この先の繁華街にある高層の商業ビルがあるだろう。しばらくそこに行ってはダメだ」

 今度は教室全体がざわめく。

 ノリは昨日の出来事を考えると、警察の指示はもっともな話だと思うのだが、事情を知らない人からしてみれば、あのビルに行くなというのは無理な話だ。

 買い物にしろ、レジャーにしろ、楽しいことは全てあの商業ビルに入っている。

 佐伯も無理なことを言っていることは承知しているようだった。

「いいか、禁止令は俺たち教員にも出ている。これは学校の指示ではなく、地元の警察の指示なんだ。不必要に近づかないことだ。いいな」

 ざわつくどころか大声で話し始め、勝手に手をあげ、勝手に立ち上がると意見を言った。

「警察にそんなこと決める権利あるんですか?」

 佐伯は少し間をおいて答える。

「ないだろうな」

「じゃあ誰も従わない。意味ないですよ」

「だが、地域の警察がそう指導しろと……」

 火がついたように騒ぎ声が大きくなる。

「先生もそう思うんなら言わなきゃいいのに」

「商業ビル側からすれば営業妨害ですよ」

「勝手に戒厳令出して有罪になった大統領がいましたよね」

 教室が大騒ぎになっているのに、宮下、植草は全く動じない。

 じっと前を見て座っている。

 ホロウとしては、どう反応していいのかわからないのだ。

 ……と、後ろを振り返って声をかける者がいた。

「宮下、お前もそう思うだろ?」

「そうだな」

 考えての発言なのか、そうでない発言なのかはわからない。

 意識があって反応したのか。

 ノリは宮下の行動に注目した。

「じゃあ、サエキンに言ってやれよ」

「さえきん」

 宮下の言葉を聞いて、周辺にいた連中が静かになると、宮下を見つめる。

 何か言ってくると思って先生は、宮下の方を向いた。

「けいさつがいう なら いかない ほうが いい」

「おい、宮下。本当にそう思ってんのかよ」

 宮下の前に座っていた男子生徒が、宮下の肩を軽く突き押そうとした。

 その手は宮下の肩に届かない。

 あっという間に、宮下の手に手首が掴まれてしまった。

「いっ、いててて!!!」

 大声が教室に広がると、周りの男子が宮下の腕を外しにいく。

 すぐに掴まれた手首は離れたが、外しにいった生徒三人があっという間に突き飛ばされた。

 突き飛ばされた生徒の体で乱れる机や椅子の音で、クラス全員が黙ってしまった。

 視線は宮下と、佐伯先生に集まる。

 何か言わなければならない、という状況下で、先生は教壇を下りて宮下に近づいていく。

 ノリは緊張した。

 何かあったとき助けに入れるだろうか。

 考える間もなく、佐伯は宮下に言う。

「おい、乱暴な真似をするな……」

 宮下の平然とした態度を見てか、佐伯はそれ以上何も言えなくなっていた。

「わたしは せんせいの いうことに さんせいした それだけです」

 あの大型の商業ビルに行けないからと反発し、さらに、宮下の肩を勝手に掴もうとしたわけだった。

 反省しているような態度をされると、佐伯としては宮下を叱る理由は無くなってしまう。

 だが、クラスの雰囲気は、宮下を責める方向のまま変わっていない。

「先生!」

「先生、宮下が一番、乱暴なことしてるんだから」

 佐伯は慌てて手で押さえるような仕草をした。

「だ、だが、先に手を出して宮下を興奮させたのは君たち……」

 佐伯を盾にして宮下とクラスが対峙する。

 睨み合いが続いていると、教室の扉が開く。

「さえきせんせい なにかありましたか」

「!」

 ノリにはその声が『ホロウ・シンドローム』のそれであることが分かった。

成田(なりた)先生、もう授業の時間でしたか」

 無言で教壇に立ち、教室を見渡した。

「ぜんいんせきにつけ じゅぎょうをはじめる」

 ノリはその強烈な圧力のようなものに屈し、席についていくクラスメイトを見ていた。

 妙に『圧力(プレッシャー)』を受ける。

 だが、心が、いや(たましい)というべきなのだろうか。

 言葉に何かが抜け落ちているように感じる。

 ノリは成田、宮下、そして植草と順に彼らの顔を見た。

 表情の硬さなのだろうか。

 全員、本人であることは間違いないのに『不気味の壁』のような違和感が存在する。

「さえきせんせい ごたいしゅつを」

 びっくりしたような表情をした佐伯先生は、頭を掻きながら後ろの扉から出ていく。

 その佐伯先生を見て、ノリは思う。

 宮下らから受ける何か冷たいもの。それは直感でしかない。

 だが不思議と正しいと感じるのだ。

 授業は淡々と進んでいく。

 ノリは、彼らから受ける直感を、周りのみんなに伝えたい。

 全員が分かるように説明したかった。

 しかし言葉にならなかった。

 具体的な指摘ができなかった。

 もう人間ではない、ということを言葉にできなかった。

 爆発する時限爆弾を教室に置きながら、止めることも、逃げることもできない恐怖。

 ノリの震えが止まらないままに、授業は進んでいった。




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