閉鎖しない学校
ノリとヒナはそれぞれ別の部屋で事情聴取された。
事件の事情を聞くだけなら、警察署に連れてこられずともあの場で行うことも出来たはずだ。
任意同行させるということは、逮捕状は出ていないものの、何かの嫌疑をかけられていることになる。
ノリはそう推測した。どこまで警察に知られているのか、とにかく何も話さないようにと考えた。
ノリの前には朔夜の部屋の前で会った私服警官がいた。
「始める前にヒナと話をさせてください」
「ダメだ」
任意なんだから、それくらい権利はあるはずだ。ノリは食い下がる。
「会う権利はあるでしょう。任意なんだし、拘束することはできないはず」
「そっちがその気なら、任意ではなくちゃんと逮捕令状を取ることできるんだぞ」
「脅すんですか」
私服警官は睨みつけた。
「さっきからずっと、脅してるんだよ」
肩を強く掴まれると、ノリは警察官に押されて取調室に入れられた。
そのまま奥側の椅子に座らせられると、質問がスタートした。
「君は藤原紀彦で間違いないな」
「はい」
「あの部屋を借りているのは、君ではない。であれば、何故あの部屋の中にいたんだ」
部屋の外で警察に言われ、ここに来るまでに考えていたことを話す。
「知り合いだって? じゃあ知り合いの名前を言ってみろ」
知り合いの部屋なら入っていてもおかしくない。
ノリはそう考えて答えたのだが、名前を言えと問われるとは思っていなかった。
「咲夜って名前。もしかしたら、本名じゃないかも。けど、それしか知らない。咲夜って人気の動画配信者です」
「……人気配信者とどうやって知り合った?」
「何回かコメントしてたら、向こうから連絡があって」
完全にそこは作り話だった。
「カードはそいつから渡してもらったとして、あの部屋で何をしていた?」
「別に。咲夜さんがいない時に入って、ひたすらヒナと喋ってた。あそこ事故物件だから、何かあったら記録しろって」
警察が何か反応するかと思ったが、驚くわけでも、特別な反応をするわけでもなかった。
「事故物件、というのは?」
落ち着いたトーンでそう言われた。
ノリは警察官の態度に違和感を覚えた。
「えっと、咲夜さんって悪霊とか心霊系の動画配信やってるんです。あの部屋を借りてるのも、事故物件で何かあるんじゃないか、ってそういう感じで」
「何があったのかは『何も』知らない、と?」
ノリは直感的に思った。
警察は知っていて『どんな事故物件か』を話させようとしている。
何故、ノリたちがどこまで知っているか確認したいのかは分からない。
「男の人が自殺したって」
「夫が自殺? じゃあ妻は」
ノリはゆっくりと言い返す。
「いえ『おとこのひと』と言ったんです」
「そうか。男の人が。よくあるようにも思うが、そんな事故物件で配信のネタになるのか?」
本当に知らないのだろうか? ノリは警察側の意図が分からなくなった。
「で、部屋で心霊現象に遭ったのか?」
ノリは警察の質問を疑う。
そんなことを聞いて何になる。この手の質問は、大人が一番興味のない質問のはずだ。
「もし、心霊現象に遭ったと言ったら警察は信じるんですか?」
「内容による」
可能な限り表情を変えるまいと思ったが、ノリは困惑していた。
葛城が姿を現す前、どこからか落ちてきた髪の毛に襲われたことを、『心霊現象』のように説明してもいいのだろうか。
「警察は、あのダークグリーンのヘルメットを被った連中と繋がりはあるんですか?」
「……あの組織について説明できることはない」
ダークグリーンのヘルメットをつけた連中は警察の一部じゃないのか。
『警察の取り調べじゃ…… 拷問もできる』
奴らが言っていたのは本当だったのか。
令状が取れていない警察は中に踏み込むことが出来なかった。
「あの人たちには言ってないんですが、彼らが倒したあの子に襲われる前、部屋の天井から降ってきたと思われる髪の毛に殺されそうになったんです」
「それが動画サイトに投稿された心霊現象」
「いや、心霊現象じゃ……」
ノリが言いかけると、私服の警察官は部屋のカメラを背にするように立ち上がると口の前に人差し指を立てた。
ノリはそれを見て言いやめた。
「それが部屋を借りている咲夜という男の言う心霊現象なのだな」
ノリは一瞬、部屋の角についているカメラを一瞬見てから頷いた。
何か警察側にいる人間の思惑に嵌め込まれている気がした。
早朝。
第五中学校の門が開く。
一台の冷蔵車が入ってくる。
車用のゲートがあるため、運転手は下りてカードをかざす。
ゲートのバーが開くと再び車に乗り込んで校舎にトラックをつける。
運転手が、荷台を開けようと後ろに回ると、校舎側から職員が出てくる。
「ああ にもつは こっちでおろすから そこの たいきじょ か きつえんしつ でまっててください」
「えっ? ああ、そういう約束だったっけ」
運転手は帽子に手をかけ、軽く会釈すると、言葉を続けた。
「じゃあ、喫煙所にいるから、終わったら呼んでください」
「はい」
職員は、運転手から鍵を預かり、荷台の扉に回る。
解錠し大きなカンヌキが外れると、扉が開く。
冷気の中に、立ち尽くす気配だけが整列していた。
ノリは朝コンビニに寄って、カゲトキに送る荷物の処理をして学校に向かった。
途中の交差点でヒナと合流すると、一般の通行者の邪魔にならないよう、歩道を一列になって歩いた。
ノリは背後から刺すような視線を感じて、振り返った。
「何よ、急に振り返らないで」
至近距離を歩いていたヒナが、速度を落としたノリにぶつかりそうになって、彼の背中に手を触れた。
「ごめん、誰か見てる気がして」
言いながら、ノリはヨウコのことを思い出していた。
「……」
ヒナも歩きながら、それとなく後ろを振り返る。
これは……
ヒナは視線の主に気づいた。
だが、ノリにはそのことを言わなかった。
学校につくと、ノリとヒナはいつものようにカードを操作してゲートを抜けた。
教室につくと、妙な気配を感じた。
その気配を理解すると、ノリはヒナに耳打ちする。
「宮下と一緒に『葛城』の動画のこと話してた奴があそこに」
ヒナは耳打ちしてきたノリの腕にしがみついた。
「えっ、絶対やばいヤツだよね。せ、先生に……」
「先生は信じてくれない」
それは、この国に『ホロウ・シンドローム』は『無い』ことにになっているからだ。
「けど……」
「けど なんだ」
声を聞いて、二人は振り返る。
「宮下!」
「そうだ みやした だ なにか ようか」
宮下から距離を取ろうとして、他人の机にぶつかってしまう。
クラスメイトが、ヒナとノリ、二人の異常な驚きようを不思議に思った時、佐伯先生が入ってきた。
「ほら、ショートホームルームやるぞ」
全員が自席へと座る。
先生は宮下と植草の二人を確認すると言った。
「今日は全員出席してるみたいだな」
ノリは突然手を上げた。
「なんだ、ノリ。急に手をあげて。なにかあるなら言ってみろ」
「出席とってください」
「全員出席だ」
「名前を呼んでください」
佐伯はノリの態度から、尋常ではない何かを感じた。
「……」
「とにかく、名前を呼んでください」
今度は教室全体がざわついた。
だが、佐伯は教壇に書類をトントンとぶつけて音を立てると、教室は静かになった。
「時間がないんだが……」
佐伯は名簿を見ながら、生徒の名前を呼び始めた。




