暴走
ノリが第五中学の一年の頃だった。
放課後、ノリは帰ろうとしてロッカーに立ち寄った。
「藤原くん、ちょっと話があるんだけど。ここじゃなんだから、教室に入らない?」
二人はゆっくりと自分たちの教室に入っていく。
「三ツ木が俺に用があるなんて、ちょっと信じられないな」
「うんそうだよ。用があるの。その話っていうのは……」
教室の外から、二人の様子を覗き見ている影があった。
ノリは視線が気になり、教室の扉を振り返る。
どこかに隠れる動きの『影』は見えたが、隠れたのが誰だかはわからなかった。
「ねぇ、話聞いてる?」
「もちろん聞いているよ」
「えっと、話っていうのは」
ヒナの言葉は、そこで止まってしまう。
目を合わせたり、そらしたりするばかりで、一向に続きを話さない。
真剣に聞いていたノリは、この間に耐えられず、笑ってしまった。
「なんだよ、真剣な話だと思ってた」
「し、真剣な話だよ」
「じゃあ言ってよ。待ってるから」
ノリは心の中で期待していた。
告白されるのではないか、と。
もしこんな機会がなければ、自分からヒナに言うつもりの言葉があった。
「あのね、実は……」
ノリは唾を飲み込んだ。
「何よ、それ」
「えっ? 俺、何かした?」
「漫画でいうところの『ゴクリ』みたいなことしないでよ」
ノリは笑った。
「なあ。告るんだったら、早くしてよ。待ってるんだから」
「告るって、誰が告るのよ?」
「なら、俺から言うぞ」
ヒナの目にはノリの肩越しに、教室の外にいる生徒の姿が見えた。
「ダメ! こっちが話すのが先なんだから」
ヒナの言うことを無視してノリは言ってしまう。
「俺、三ツ木さんのこと好きなんだ。だから、付き合ってほしい」
「バカ!!!」
ヒナは反射的にノリの頬を叩いた。
その場に居られなくなったヒナは、バッグをぎゅっと体に押し付けるように抱え、走っていった。
それからずっと、ヒナからの答えはない。
けれど、そのことでなんとなく距離が近くなった二人は、友達のように話すようになっていた。
時間が経ってからノリは考えた。
あの時のヒナは『誰かの』代わりに告りにきたのだ。
ノリが一方的に言ってしまったから、それが誰かは聞けなくなってしまった。
ヒナが嘘つき呼ばわりされ、無視されているのも、もしかしたら根本にそのことがあるのではないか。
そんな気がしていた。
ノリはヒナを送っていくことにした。
「あの時点で、宮下は髪を飲んじゃってたってことね」
「ヒナは飲んでないよな」
「あっ!」
ノリは急に真剣な顔でヒナに近づく。
「おい、まさか……」
ヒナは首を横に振る。
「カゲトキさんのドローンから受け取ったものがある」
「何これ?」
「下剤だって。万一、髪を飲んでても、出しちゃえば問題ないってことみたい。この薬、すぐ効くらしいからすぐ飲もう」
コンビニで水を買い、二人で分け合って薬を飲んだ。
下剤がすぐ効いたノリは、コンビニのトイレで用をたした。
コンビニの外で待っているヒナに向かうと、言った。
「なんであのビルなんだろう」
「……あそこの地下の機械室がちょうどよかったんじゃない?」
「ビルはたくさんあるんだぜ」
ヒナは答えるのではなく、ペットボトルの水を飲んだ。
ノリは考える。
ヒナが朔夜を見たのもあのビル。
そして葛城も何故かあのビルの地下にいた。
「事故物件からあのビルは遠い」
通りの奥、建物の隙間から、そのビルは見える。
放課後からかなり時間が経っていて、暗くなっているがそのビルは航空障害灯が点滅しているから、はっきり認識できた。
「あの事故物件をもっと調べれば、あのビルとのつながりがわかるのかな」
「部屋から見えるとか?」
ヒナは水を飲み干すと、下剤が効いて来たのか急にコンビニに駆け込んだ。
「……」
コンビニからヒナが出てくると、ノリの姿がなかった。
「ノリ? ねぇ、からかわないでよ。出てきて。ノリ?」
コンビニのガラスに小さなメモが貼ってあった。
『調べたいことが出来た ノリ』
「えっ! 待ってよ、一人で行動するのは危険だよ」
ヒナはメモ紙を剥がすと、必死に周囲を見回した。
そうしながら、ノリに電話をかけた。
呼び出し音がするだけで、ノリは電話に出ない。
「どうして!」
ヒナの視線の先には、ビルの航空障害灯が光っていた。
ノリはゲートにカードを当てた。
ゲートが開き、そのまま通路奥のエレベーターに乗る。
四階で降りると、例の事故物件に向かう。
ノリはカゲトキに指示されたガスマスクをつけていなかった。
そのままカードをかざして物件に入る。
靴のまま部屋に上がり、床にシミがあった奥の部屋に入った。
「あった」
不自然に中央が空いている部屋。
ここに、葛城に盗まれたバッグがあった。
カードも、ガスマスクも、全てはバッグの周辺から見つかった。
「……」
ノリはキッチンの方へ入る。
据え付けの家具の引き出しを開く。
一番下は目一杯まで開く。下から二番目も同じだ。
だが、一番上の引き出し、これが何故か開かない。
「やっぱりここだ」
ノリは何か違和感を感じ、近くにあった鏡に自分を映す。
何も、ない。
もう一度キッチンに戻ると、引き出しを見た。
引き出しの中には何も入っていない。
中身が詰まっていて開かないわけではない。
ここから見えない何かがあって、引き出しを途中で止めているのだ。
以前は何もない、と思ってそれ以上調べるの止めていた。
ノリは恐る恐る引き出しの中に手を突っ込む。
何も……
「いや、これは!?」
中間の引き出しはその上の引き出しが天板となっているが、一番上の引き出しは天板そのものがある。
そこに何か固いものが貼り付けてある。
手でそれを取ろうとしたが、張り付きが硬くて取れない。
ノリは引き出しを覗き込むと、天板側についているものが何かわかった。
「百均で売ってるテーブルの下に貼って引き出しを追加するやつだ」
小さなプラスチック製の引き出しが、両面テープでついているのだ。
引き出しの中の小さな引き出し。
何か隠していたのだろうか。
ノリはすぐにそのプラスチック製の小さな引き出しを開ける。
「……何かの薬?」
薬を入れて飲み、胃液などで溶けるカプセルが入っていた。
一つ摘んで部屋の明かりにかざしてみるが、中は見えない。
ノリは潰さないように服のポケットに入れた。
再び感じた違和感に、ノリは鏡に向かう。
「!?」
鏡に向かうまでに違和感の正体に気づいた。
髪の毛だ。
葛城の髪のように自ら意思を持ったように動く、髪。
いつの間にかノリの髪に紛れ込み、口へ侵攻して来たのだ。
ノリは口に入ったものを出すため、何度も唾を吐く。
しかし、吐こうとして唾を吐けば、さらに髪が入ってくる。
しくじった。
ノリは必死に手で髪を取り除こうとするが、完全に髪をシャットアウトすることが出来ない。
頭を振っても、何をしても髪は取れない。
息が切れ、涙が流れ落ちる。
ノリは思う。俺はここで死ぬのか……




