贈り物
「撃てぇ!」
ロベルトの号令で物陰に隠れていた銃士隊が一斉に標的に向け射撃を開始した。
「っ!」
私が居る騎兵隊は300メートル後方で待機しているが狼の耳で聴く銃声は相変わらずけたたましかった。今乗っている馬は訓練されているとは言え良く耐えられるものだ。時折、私の方を振り返る栗毛の馬が愛おしくなり、私は馬の首筋を優しく撫でた。
「突撃よーい!」
指揮を執る古参の騎士が号令を発したので私達は剣を抜いて突撃に備えた。ロベルトが黄色の信号弾を上げたのだ。リシャルドの砲兵隊も標的に向けて射撃を開始している。
3門の後装砲が一斉に火を吹き、砲弾がお目標付近に落ちると地面に突き刺さった。
実戦で使う砲弾は爆発するそうだが、値段が高いので今回の訓練では爆発しない模擬弾を使っているとか。
「駈歩!進め!」
頃合いを観て騎兵隊は全身を開始した。流石に目標までの距離が1キロを超えるので軍馬と言えども疲れ果てるのであまり速くない速度で標的へ近付くらしい。
「突撃!」
ロベルトが赤い信号弾を上げると、突撃の号令がとび。騎兵隊が一斉に襲歩まで加速し走り始めると同時にラッパ手が突撃ラッパを吹いた。
目標付近に最後の砲弾が落ち、土煙が晴れると標的の案山子が見えた。
既に銃撃や砲撃で頭や腕がもげたり、そもそも倒れていたりとボロボロだったが、騎兵隊はまだ立っている案山子の何体かに狙いを定めた。
私も手頃な……丁度目の前に迫った案山子の首に向かい剣を振り下ろした。
「騎兵隊は問題無いな。砲兵隊も精確だ」
騎兵隊が案山子を刈り取るのを双眼鏡で眺めつつ、砲兵隊が開けた穴の位置も確認する。
「リシャルドも上手くなったもんだな」
「先生の教え方が上手いからですよ」
最初にリシャルドの砲兵隊が大砲を撃った時は酷かった。砲を固定し損ねて、反動で操作員が轢き殺されかけたり。目標を大きく外れた砲弾が荘園の外まで跳んでいき、農家の納屋に大穴を開けた。
幸い死傷者は居なかったが、農家への謝罪と納屋と農機具の修理代が高くついたから予算管理をしてるホセが叫び声を上げていた。
それから商人に頼んで砲術の教範を何とか手に入れてから僕がリシャルド達に教えたが……僕は元々語学専攻なんだけどなあ。
まあいい。マヤの様子を見る為に双眼鏡を再び覗き込む。
……乗ってる馬の首を撫で、心なしか笑っているような。……笑っている?まさか。
「あの馬……マヤが乗ってる馬だが。マヤにあげるか」
「あの暴れ馬ですか?今日は珍しく大人しいですけど、いつ暴れるか」
マヤが乗ってる馬は曰く付きだった。若い大型軍馬のルドヤド種、“人食い鬼”と評される人狼の軍馬だが。マヤが乗ってるのは半獣半魔じゃ無いかと噂される程の暴れ馬だった。
ホセが後ろ脚で蹴られて厩舎の外まで蹴り飛ばされた時は大騒ぎだった。
クラウスには何もしなかったが僕やリシャルドには前脚で蹴ってきたし。もしや……。
「マヤなら大丈夫だと思う。ダメだったら別の馬を贈ろう」
手綱を曳いて厩舎に向かう間も馬は甘える様に顔を擦り着けてきた。
「お見事でした。マヤさんは引き続き騎兵隊で活躍していただければ」
ロベルトとクラウスが厩舎の前で待ち構えていた。
ほんと常に一緒だな。
「それと、その馬ですがマヤさんに差し上げます」
馬が嬉しそうな嘶いた。賢い生き物とは聞いていたが、言葉を理解しているのか?
「ありがとうございます」
高価な軍馬を贈られたのだ、いけ好かない相手でも頭を下げて礼を言う事ぐらい私はする。
「卵料理は味が繊細だから綺麗なフライパンで調理する。間違っての他の料理を作ったままのフライパンはダメ。綺麗に洗ったフライパンにいい油をひいて……」
夕食を終え、宿舎の風呂から出ると台所からホセの声が聞こえた。
「十分にフライパンと油が熱せられていれば卵液の水分が即座に気化してフライパンと卵液の間に入る。そうすればオムレツはフライパンにこびりつかないって訳」
「結構油をひくんですね」
どうやらアンナが料理を教わってるようだ。
私の身の回りの世話は良いから休んでなさいと言ったが、勉強家なだけあって色々覚えようとする。自慢の侍女だが、こんつめすぎじゃないかな?
私が顔を出すと邪魔になりそうなので、自室に戻って適当な本を読むために本棚の前に立つ。
英語、ドイツ語、人狼の言葉……。前世の夫の影響で英語の本も読めるから買ったが、内容はホラー物。道化師に化けた化け物が子供を襲う話だ。
「マヤ様、お夜食をお持ちしました」
扉が開き、アンナがお盆を両手で持ちながら入って来た。
歯を磨く前に卵料理とホットミルクを夜食にとっているが、アンナは料理が苦手だったからいつも茹で卵だった。だが、今日は綺麗なオムレツとホットミルクがお盆の上にあった。
「今日はホセさんに教えてもらったオムレツです」
胸を張り、鼻からフンスと息を吐いたアンナは可愛らしかった。
さっきのやり取りはこの為か。
「意外ね、算盤叩く事しか出来ない人かと思ったけど」
リシャルドの副官として輜重隊を率いている男だが、こんな器用な事が出来るとは。
「あの人、転生者だそうで。前世は料理人だったと聞きました」
「……転生者?」
私以外に身近に居たのか。本とか知識に私の世界由来の物が多いからあり得るとは思ったが意外な人が転生者だった。
「ええ、アメリカって所に住んでたと。後、前世の家族を探すのに冒険者ギルドに依頼してるとも」




