侍女アンナ
「ガラスの窓。……凄いですね」
なんか透明な石?マヤ様の御実家に奉公へ出てから初めて見ましたが不思議な物だった。
「大方、ドワーフの杉平幕府から輸入した物でしょう」
マヤ様は相変わらずのクールビューティだった。
先ほど、ロベルト様を見てた時とは打って変わって上機嫌な様子だった。
「輸入品ですか、杉平幕府って色々作ってますね」
ほんの少し南東へ、街道を進むとそこはドワーフとの国境。トビー山脈を越える難所続きの山道だが、一応関所的な物が在った。もっとも、このガラスは海路を経由してファレスキから輸入された舶来品だろう。
何せ目の前のトビー山脈は万年雪を頂く上に竜が住まう場所なのだ。いくら物珍しいとは言え、透明な板ガラスを運ぶわけはない。
「……。ん」
マヤ様がまた懸垂を始めてた。
私より2歳上の人だが、男の人……。ロベルト様やリシャルド様と身長が変わらず、筋骨隆々な御身体な事だけは有る。かなりの努力家だ。私はマヤ様の少ない私物を荷解きし、棚などにしまい始めた。
ふと、遠くで鐘がなる音が聴こえた。廊下の柱時計を目にすると午前11時。思いの外時間が経っていた。
マヤ様のお昼ご飯を用意せねば。
私は隣の台所へ入り冷蔵庫を開けた。
「おや?」
冷蔵庫を開けると、中には手の平サイズの氷の妖精さんが居た。何か本を読み紅茶を飲みながら。
「あ、始めまして」
挨拶は大事。マヤ様からしつこく教えてもらったので、私は反射的に山高帽を被った紳士的な妖精さんにお辞儀をした。
「新しい入居者さんかね?始めまして、冬の精のマクラーレンと申します、以後お見知りおきを」
山高帽を脱ぎ深々と妖精さんはお辞儀をした。
最近、妖精さんが住み込みで冷蔵庫なる木の箱を冷やすお仕事が流行ってるとの事だが、目の前に有る冷蔵庫もその方式の様だ。……結構なお値段だと聞いているが、ロベルト様はわざわざ私たち2人の為に用意したのだろうか?
だとしたら破格の対応である。……マヤ様に変わってお礼言っとこう。
「ああ、居た居た」
ふと、台所の入口から声がしたので振り返るとロナルド様の副官、クラウス様が居た。先ほどロベルト様達と帰ったと思ったが、忘れ物かしら?
「今日は昼食と夕食を用意して有るんだ。30分後に食堂まで来てくれ」
食事のお誘いだった。
30分後と言われてマヤとアンナは時間通りに食堂に着いた。貴族のマヤはリシャルド達と、平民のアンナはホセ達と食事を取るためにそれぞれ別れた。
マヤが席に案内され、他の騎士団のメンバーも席に着くと最後にリシャルド達が現れた。いつもの様に3人で。
リシャルド側の従者が給仕し食事が始まったが、特段話す事も無い……、と言うよりも興味が無いからマヤは相変わらず黙っていた。
「最近は隣領のヤストロップ族でも反乱運動の機運が高まりつつある。我々の出動もあり得るだろうな」
皿に乗った骨付き肉を切りながらロベルトはうんざりした様子で言い放った。
「僕らがですか?」
マヤから見て、リシャルドは相変わらず間が抜けた様子だった。
この白狼、ロベルトと毛の色以外同じだがどうもフワついたお坊ちゃんなので陰口を叩かれる事も多かった。
「南部部族と協定が有る。“反乱が起きたら協力する”とな。大昔の取り決めだが、効力が有るから出ざるを得ない。そうなると我々銃士隊は確実だろう、銃声は暴徒鎮圧に有効だ。本部の騎兵部隊を使うより安上がりだし」
ロベルトの言う通り、そこらの農民程度、銃弾どころか銃声1つで解散出来ると騎士達も思っていた。同席している手練れの騎士達もわざわざ農民相手に戦うのも億劫だった。単純に農民に同情する騎士もいれば農民を斬って剣が汚れるのがイヤな奴までと様々だった。
それと、単純に編成されて間もない銃士隊に初陣をさせたいと言う騎士団のお偉方の意向もあった。特にロベルトとリシャルドの父親、騎士団長のイゴール卿はそれを望んでいた。跡取りのロベルトに箔を着けさせたいし、銃士隊の実力も知っておきたかった。
「出動となれば誰が指揮を?」
クラウスの質問にロベルトは少し考え込んだ。
「ビトゥフからも他の騎士か部族兵が出るだろうから、そこの隷下に置かれるだろうなあ。もっとも、彼等の到着前に先陣を切れば僕だろうが」
ロベルトは前世の事を考えていた、不本意ながら志願兵として戦場に行ったこと。その経験が有るから現場指揮は出来るが。
「もし訓練をするにしても念の為、この城の敷地内に留めるべきだろう。それと各々、自身の領地で不穏な事が無いか気に掛けてもらえれば……」
ロベルトはワインが入ったグラスを持上げ、軽く口に含むと考え込んだ。
この席に同席してる騎士達の領地は矢鱈と多いのだ。人狼自体が多産なのも相まって、最初は広大な領地を持っていた騎士も遺産相続で領地を分割するので1つの農場を騎士100人で分割している状況すらままある。
そうなると管理出来ていない場所も当然有る訳で。
「クラウス、街道を通る輜重隊の便数を増やしてくれ」
「ええ、わかりました」
クラウスはロベルト意図を即座に理解した。
既に街道を行き交う輜重隊の数を増やし、巡察するのだと。街道の安全を確保出来ればそれだけで治安維持をしやすくなる。




