荒鷲の騎士団
月が替わり、10月に入ったことで私達姉妹は各々奉公先等に出立することになった。
最初にこの城を出るのは私だった。
「マヤ、身体に気を付けてね」
母はやさしく私にハグしてきたが、彼女の耳と尻尾は悲しみですっかり垂れ下がっていた。
「はい。お母様も、お身体に気を付けて」
母の身体が小さく感じられた。正直、前世の私より年下だが、悲しさと寂しさで身体が固まっていた。
「今までありがとうございました」
「いや、一番近くに居るのマヤよね」
「こら、黙んなさい」
姉妹たちのやり取りが聞こえた。
正直に言うと、私が配置される“荒鷲の騎士団”のオルゼル城は実家の城からよく見える。
と言うか真隣なので馬車に乗って10分と掛からない。
姉妹の中で一番遠くに行くのはエディタだった。彼女は人狼領地の北端に近いファレスキに在る商家に奉公に出るのだが、こっちはこっちで憧れの大都会に住めると喜んでいた。
「元気でねマヤ」
「風邪ひくなよ」
「本送るからね」
姉妹たちとも別れをすまし、侍女のアンナと一緒に馬車に乗り込む。
いつもの様に門を出て。いつもの様に十字路を右に曲がり。いつもの様に橋を渡って……。
「なんか、毎日通ってたから不思議ですね」
「そうね」
アンナの言うとおり、毎日行き来してた道をいつもの馬車で移動してるだけだから特に感慨はなかった。
騎士団の城に着いたら、騎士団長の跡取り息子達が待ってるが。こっちも毎日会ってたからなあ。また、剣術の模擬試合で泣かしてしまおうかしら。
「はぁ……」
彼女が今日から城に住む。そう考えると何とも複雑な気持ちだった。
「兄さん、顔に出てます」
同い年の弟のリシャルドにもそういわれたが……。
「うまくいくかな?」
正直、今日からこの城に配置されるマヤは苦手だった。
何かアタリが強いのだ。文武両道才色兼備。剣技も若干12歳にして騎士団一の腕前と言われており、模擬試合でもトラウマを散々抉られた。
「上手くやるしかないですよ」
副官のクラウスは相変わらず凛とした表情だった。
「彼女は銃士隊に置かず、他の隊……どこだっけ?」
リシャルドがクラウスの方を見た。
「剣士隊か軽騎兵隊の予定ですよ。乗馬で騎行が出来れば軽騎兵隊、駄目なら剣士隊」
「まあ、たぶん大丈夫だろう。彼女なら」
一体何が苦手なのやら。尻尾の先すら動かない、全く感情が読めない彼女に出来ない事は無いだろう。同じ12歳だとは思えない。
……むしろ、前世含めて60近い私よりすごいので面食らう。私なんか前世で刺殺されたトラウマで先端恐怖症になり銃士隊を率いている始末だ。
「ロベルト、マヤ嬢の馬車が到着するぜ」
「ああ分かった」
リシャルドの従士のホセが報せてくれたので私達は嫌々ながら出迎えの為に城の外へ向かった。
門を越えたので馬車の窓から外を見ると、騎士団長の跡取り息子達が整列していた。
「ようこそ、マヤ」
私が馬車から降りると、騎士団長の跡取り息子のロベルトが歩み寄ってきた。
「……居室はこちらです」
ロベルトを先頭に、リシャルドとクラウスが先導する形で居室へ案内された。
こいつら、いつも一緒だなあ。
「あ、持つよ」
「ありがとうございます」
後ろではアンナがホセに荷物を持ってもらっていた。
こっちはこっちで仲いいな。
「Links zwo drei vier!」
練兵場で行進訓練をしている銃士隊を横目に私たちは居室のある建物の方へ向かって歩き始めた。
私が住む予定の建物は城郭内にはない。城郭自体が崖の上……。わざわざ昇降機で昇るか長い山道を登らないと着かない場所のため、城郭の下に在る荘園内に城の設備が存在した。
流石に、城代をしているロベルトは城郭に住んでは居るが。一度、荘園に降りてくると夕方まで荘園内に留まっていた。
「此処です」
案内されたのは真新しい漆喰が塗られた3階建ての建物。今年の初めに建ててた建物だった。
「1階に共用の台所と洗濯場、あと風呂が在りますが。入居するのは貴女だけなので実質貸し切りです」
正直、貸し切りと言われても物はあまり持っていないし、何かするわけでもないからな。
「部屋は好きな部屋を使ってください。家具は基本的な物は各部屋に備えてます」
ロベルトは一通り説明を終えると、2階に上がる階段の手摺りを歩く小さい蜘蛛を両手でやさしく包むとガラス窓の外に逃がした。
……なんか癪に障るんだよなコイツ。
ハエトリグモを窓の外に逃がしたら、マヤが人を殺しそうな目でこっちを見ていた。
「……他に設備で聞きたいことや不具合があれば銃士隊本部に言ってもらえればこちらで対処します」
とりあえず、話を切り上げてこの場を離れよう。
ほんとに彼女はアタリが強い……。
「ホントに氷みたいな人ですな」
宿舎から出て聞こえない距離まで歩いたタイミングでクラウスがぼやいた。
「まあ、な」
全く表情を変えていなかったが、殺気を帯びるとあそこまで雰囲気が変わるものなのだ。彼女の場合は尻尾や耳すら動かないから余計に怖い。
こっちはうっかり尻尾を巻かないようにしているが。
「侍女のアンリちゃんは可愛いのになあ。なんであんなにつんけんしてんだ?」
相変わらず呑気なホセは道の真ん中に落ちてる小石を端に蹴飛ばしながら不思議そうにしていた。
「さあな。なんでも赤子の時からあんな感じだったとかで、彼女の父上も嘆いてるって話だし。……皆みたいに転生者なんじゃない?」
リシャルドは呑気にそう言ったが……。
「わざわざ確かめることも無いしなあ」




