マヤ
「4人とも来月で12歳ね……」
朝食が終わり、甜菜糖とハーブが加えられたワインが給仕されると母が話を切り出した。他の姉妹たちが「はい、お母さま」と返事をしたが、私は押し黙っていた。
「皆が居なくなると思うと寂しいわね」
12歳。人狼は14歳で成人年齢を迎える。そのため、12歳で奉公先などに住み込みで働く習慣が有った。他の3人の姉妹は商家や学校等に行くが……。
「マヤ、まだ間に合うのよ」
「……私が決めたことです」
私は、父や兄達と同じ道。騎士の道を選んだ。
母はそれが気掛かりで事あるごとに別の道を選ぶように勧めてきたが
「……出立の準備がありますので。これで」
私はワインに口を付けずに席を立つと母にお辞儀をして足早に自室へと向かった。
母が心配なのは分かる。……痛いほどに。
私も前世で色々な人を見送ってきた……。夫も、教え子も。
「……」
自室に入り、扉を閉めると見慣れた光景。ベッドと衣装ダンス、書類を書くための机と椅子しかない殺風景な部屋を改めて眺めた。
余計な物を全く持っていないので出立準備はとっくに終わっている。私は衣服を脱ぎ、下着姿になると天井の梁で懸垂を始めた。
人狼の恵まれた体躯と魔法による筋力強化。前世では考えられない様な事も簡単に出来るが、日々の鍛錬だけは欠かさなかった。
……私はまた失いたくない。せめて、前世と違い抗ってやる。
「マヤ。入るわよ」
妹のエディタの声だった。彼女は私の返事も待たずに戸を開けて入ってきた。
「相変わらず何もないわねこの部屋」
エディタはそういうと、私が10歳の時に石壁を殴った時のへこみをまじまじと見ていた。
「……何の用?」
「ん?ああ、プレゼント。持ってきたの」
エディタは本を右手に持った本を掲げて笑顔で話し始めた。
「“不思議の国のアリス”異世界の小説ですって」
エディタからすれば物珍しい物をわざわざ私のために用意してくれたのはわかった。
私は懸垂を止め、エディタの下に歩み寄った。
「ありがとう、エディタ」
読んだ事が有るとは言わずに本を受け取った。
「どういたしまして」
同い年で姉妹のエディタは私と身長が同じだが、少し華奢だ。一応、騎士の家に生まれたのでエディタも他の姉妹同様に剣術等の武術を嗜んでいるが私以外の姉妹は花嫁修業程度に留めていたのだ。
「また、珍しい本が手に入ったらあげる。何か読みたい物ある?」
「……貴女が気に入った本でいいわ」
「それじゃ」
マヤの部屋を出て廊下を歩き始めると姉妹のエルヴィラとイレラが物陰から現れた。
「どうだった?」
「喜んでた?」
私達4姉妹の中で唯一感情がない……。少なくとも殆ど読み取れないマヤの為に私達3人はいつもヤキモキしていた。
「喜んでた……と思う」
マヤは昔から全く感情という物を持ち合わせていない様だった。人狼であればうれしい事の一つでもあれば耳と尻尾が動くものだけど、あの娘の尻尾が左右に感情豊かに振られた事は見たことなかった。
いつもどこか遠くを見てる……。会話も殆どしない。ただ、やさしかった。
昔から何でも出来る子で、私達の面倒も見てるやさしい姉妹。母に聞いた話だと、マヤは生まれた時もあまり産声を上げなかった。
おそらく転生者では?
父はそう思っていたし、私達もそうだと思う。
私達の騎士団長からしてそうだと言うし、どういう訳かここ30年程前から転生者が増えてるので多分そう。
赤の他人の魂を持つ……とかなんとか難しく考える人は多いが、私達からしたらやさしい姉妹の一人だ。マヤが少しでも幸せになってくれればと思う。
あの子には泣いて欲しくない。




