事後処理
「向こう10キロは敵影は有りません。このまま強行軍を続けられますが……」
斥候の報告を聞きながらイゴール卿は馬上で地図を広げていた。
このまま進むか夜営するか。
息子2人が立て籠もるオルゼル城への救援が間に合うか気掛かりだが、肝心の救援部隊が疲労困憊でヤストロップ族と遭遇したら大丈夫か……。
矢継ぎ早に届いた伝令は3つ。最初は攻撃を受けたと。次がヤストロップ族の兵が支城を攻めているので防戦中と。最後が防戦に成功したもののヤストロップ族の数が増えていると。
偶然にも戻って来たレムス卿の部隊をそのままオルゼル城に向かわせ、イゴール卿ら騎士達30騎程が同行したので夕方にはビトゥフを出たが。
「一旦夜営だ!しかし、3時間だけだ!」
後続の荒鷲の騎士団の兵とビトゥフの部族兵との距離も離れ過ぎても具合が悪い。3時間、日付が変わる頃に強行軍を再会し明日の午前中にはオルゼル城に到着する腹積もりだった。
臭う……。人が焼かれた臭いだ。
魔術師達が催涙ガスを東へ流すのを止めたので風向きが変わり、支城に向けて風が吹くようになったが寝室の中に居ても臭う。
独特な甘い臭いが鼻を突き顔の表面や髪に人の脂が纏わりつく。アンナにはしばらく洗濯物干さない様に言っておこう。
未だに銃声が遠くから聴こえてくる。銃士隊が生き残ったヤストロップ族の兵士を処刑してるみたいだった。ロベルトがここまで非情だとは思わなかった。ただ、恐怖を相手に与えれば二度と刃向かってこないのは私も知っている。
……私達は他所から来た奴等に恐怖で支配された。夫のミランだって兵隊になりたい訳じゃなかったし、私も元教え子達が戦争で死ぬのは見たくなかった。
「死体の数は2千ってとこだ。内、騎士クラスが67。部族の士官が約100。それと拘束した非戦闘員が355人。内278人が騎士の従者、21人が商人、不明が56人」
ホセが戦果読み上げるのをロベルト達、荒鷲の騎士達は黙って聞いていた。
銃士隊に所属していない騎士達は催涙ガスを使ったロベルトが殆ど無抵抗になった敵を無残に虐殺した事に衝撃を受けている。それは双子の弟のリシャルドも同じで、兄がこの様な事を躊躇無く行なった事が信じられなかった。
「商人は明朝解放してヤストロップ族領に送り返せ。従者は遺体の処理を行わせる」
此処で起きたことを敵に報せる……。
ロベルトは恐怖の恐ろしさを理解した上で利用する腹積もりだった。先に口が軽い商人を送り返し、遺体の埋葬を終えた従者達を送り返す。
敵対したらどうなるか?
その結果を相手に知らしめて、しばらく逆らえない様に。
「ヤストロップ族の援軍と思われる騎兵が南西の街道で目撃されていますが、如何しますか?」
クラウスが騎兵隊からの報告を伝えた。
「どんな様子だった?」
「此方の姿を見て慌てて引き返したと、恐らくガスマスク姿のせいではと報告が」
騎乗する兵士どころか馬までガスマスクを着けていれば、知らない人からすれば地獄から這い出た騎兵に見えるのも無理はない。ましてや、背後で味方が全滅していれば。
「念の為、夜襲に備えろ。場合によっては照明弾の使用も許可する」
「はぁ〜」
支城の台所に置かれた休憩用の椅子に腰掛けるなり、アンナは大きなため息を吐いた。
マヤと支城に戻ってから、ずっと台所で調理や怪我の治療用のお湯を沸かしたり布の煮沸消毒の作業を手伝っていて疲れ切っていた。
「アンナ、コレ飲みな」
同い年の侍女に余ったコーヒーに牛乳と砂糖を混ぜた物が入ったコップを渡されアンナは一気に飲み干した。
「うわ、お砂糖入ってるじゃん」
「役得よ役得!コレぐらいなきゃ、やってけないって」
侍女達がバテない様にとホセが甜菜糖が入った20キロの布袋を置いておったので、ここぞとばかりに砂糖を大量に入れていたのでアンナはあまりの甘さに目が覚めた。
「いや、甘すぎるって」
「いいじゃない。ずっと忙しいし、御飯だってマトモに取れるか分かんないんだし」
なんかねっとりしている……。
アンナはそう思ったが、疲れた身体には甘味は有難かった。




