緑弾
「一方的だなあ」
母の横で戦い見ていたが、ヤストロップ族が呆気なく退いたので驚いた。
「そんなものよ。武芸者がいくら武芸を極めても数の前に勝てる人は少ない。……逆を言えば、向こうに集まってる敵が一気に攻めてくれば此処は落ちるでしょうね」
母が見る先に布陣してるヤストロップ族の兵士は未だに増え続けている。
2千人以上は居るだろうか?支城に居て籠もってる400人と比べると遥かに多い。
ロベルトは何を考えているのか。このまま敵を迎え撃っていても負けるのは明白だ、だが5倍以上の敵を相手するのは不可能だろう。本城に退くならそれでも良いが。
ふと、窓ガラス越しに中庭を見るとガスボンベの様な物を荷馬車から下ろし、城壁の上に並べ始めた。まさか……。
「次は白鴉の騎士団も加わって攻め込むが、敵の銃が厄介だな」
ヤストロップ族の部族長のラデクは2度も攻撃が失敗して苛ついていた。おまけに後取り息子が最初の攻撃で行方不明になり、2度目の攻撃で自身の11男が投石機で撃ち出され殺されたからよけいだった。
最低でも荒鷲の騎士団のロベルトを討ち取らねば割に合わないと考えていた。
「土魔法で土塁を築きつつ前進すればよろしいかと、明朝迄には突入路を確保出来そうです」
土ならば銃の射線を遮る事は容易なので魔術師総出で土塁を伸ばすのが一番現実的では有った。
「敵から発砲!何か降ってきます!」
支城の方から何か砲撃音が聞こえ見張りが叫んだ。
ラデク部族長達が空を見上げると、それはヤストロップ族の陣地を飛び越え反対側へ落ちた。
「なんだ?」
狙いを外したのは幸いだが、敵の砲が余裕で届く距離に自分達が居るのもコレでわかった。攻撃が止み次第、陣地を後に下げる必要をラデク部族長が考えていると叫び声が響いた。
「毒だー!吸うなー!」
150ミリ迫撃砲から次々とガス弾が撃ち出され、城壁の上に並べられたガスボンベが一斉に弁を開けられヤストロップ族の陣地に向けガスが流された。
重苦しい白いガスが地表を這うようにヤストロップ族の陣地へ迫る。ヤストロップ族の後方や陣地に撃ち込まれたガス弾で逃げ道を塞いだ上に支城から直接ガスを流す。ロベルトは敵を全滅させるつもりだった。
『魔術師が風向きを変えてます2分と掛からず届くかと』
ガスマスクのフィルター越しに声が曇ったクラウスの報告を聞きロベルトは叫んだ。
『Seitengewehr pflanzt auf!』
着剣の号令でガスマスクを着けた銃士隊が一斉に銃剣を小銃に装着した。
『Vorwärts!』
戦闘工兵と銃士隊はガスに紛れ前進を開始する。敵からは見えないが此方からも見えない。至近距離での戦いになる。
「ゲホッゲホッ!」
ガスに塗れたヤストロップ族の兵士達は激しく咳き込み涙を流した。
ロベルト達が使ったのは“緑弾”。催涙ガスが入った砲弾だったが、マトモに吸い込んでしまい苦しい上に視界もボヤける。退くこともままならず兵士達は地面に崩れ落ちた。
「敵が来るぞ!…か、構えろ!」
攻撃を予期して支城の方を見ようと兵士の何人かはガスを耐えつつ目を開いたが、支城から流れて来た厚い催涙ガスの煙に視界を奪われた。
「コレじゃ、ゲホッ!敵も何も出来無いだろ、ゴッホ!」
自分達が噎せ返っているんだから、敵もそうだろうとヤストロップ族の兵士達は考えたが、その考えは最悪の形で否定された。
自分達より前。最前衛の兵士達が居る辺りが炎に包まれ断末魔が止むと荒鷲の騎士団が現れた。
『焼き殺せ!』
戦闘工兵の魔術師が手から火炎魔法で火を噴射し、ヤストロップ族の兵士は次々と火達磨になった。
援護する銃士隊は時折抵抗してくる兵士だけを銃撃し、敵陣を蹂躙して行った。
『騎兵隊、続きます!』
後方から馬にガスマスクを着けた騎兵隊も追い付き、陣地の後方へと走り抜けて行った。逃げ出したヤストロップ族の兵士を狩り出す為にロベルトに命じられたのだった。
『騎兵隊も取り付きました。順調です』
さしたる抵抗が無いことにロベルトは安心した。
戦闘工兵と銃士隊の前に居る誰一人も例外無く殺され、逃げようとしても騎兵に狩られる。
もはや戦では無く完全な殺戮だが、こうなっては仕方が無い。
ロベルトはガスの中で行われる虐殺を静かに見続けていた。
日が落ちた後もヤストロップ族への攻撃は続いた。この日、ヤストロップ族のラデク部族長以下息子達8人が行方不明になり全員戦死したと考えられた。
後継者が全員死亡したため、ヤストロップ族はラデク部族長の甥を新たな部族長に据える事になった。




