帰路
「兄さん、間もなくヴィルノ族領です」
馬車の中で顔を伏せているとリシャルドが外から話しかけて来た。
「このまま、強行軍でオルゼル城まで戻りますがマヤさんはどうしますか?」
「そうだな」
オルゼル城の支城。そこがマヤの実家だ。今回の件が有るから実家で休ませた方が良いだろう。
「マヤと僕の馬車は支城に寄る数騎だけ護衛を付けてくれ。リシャルドとホセはそのまま城へ戻って帰還処理を」
兵達は丸一日働き詰めになる。強行軍で城に戻る事自体が本来ならあり得ない事態だが、状況が状況なので致し方ない。ヤストロップ族が信用できない以上、帰るしかないからだ。せめて明日1日は休日にするか、僕も今回の事件の後始末で忙殺されるだろうし。
後数時間でマヤとマヤの母親に事の顛末を説明せねばいけないが……。偽の婚約者になっている事はどう説明しよう。マヤが泣き崩れていたから勝手に話を進めてしまったが。
まあ、適当なタイミングで婚約解消手続きをすればいいか。クラウスとの婚約解消で良くない噂は立つだろうからマヤとの婚約解消でさらに汚名が広がるのは分かる。しかし、誰とも結婚する気は一切起きないからな。
考え事をしていると、誰かが馬車の扉を叩いた。
「飯持ってきたぜ」
ホセだ。そういえば何も食べて無かった。馬車の窓を開けるとホセが包み紙に包まれた食べ物と温かい飲み物が入ったゴブレットを差し出した。
「中身はなんだ?」
「夕飯に出す予定だったステーキを切り刻んでサンドイッチにしたのとシナモン入りの甘いホットミルク」
移動しながら作ったのか?器用だな相変わらず。
「兵達が行軍中に食える様に包んで配ってんの」
「そうか、ありがとう」
ホセの手を見ると、擦り傷を治した跡と痣が見えた。
「手は大丈夫か?」
「ああ、平気だ。アンナに比べればなんてこったない」
ホセの表情には悔しさが滲み出ていた。
「しばらくアンナの近くに居てもいいぞ」
アンナと仲良かったしな。支えてあげた方が良いだろう。
「いや、いい。……男で怖い目に有ったんだ。俺が近くに居て嫌な思いをさせたくねえ」
「……あれ?」
いつの間にか寝ていたみたい。ここは馬車の中?
「…ひっ!」
思い出した!男の人達に取り囲まれて、服を破られて……乱暴されそうに。でも、マヤ様が助けてくれて。ホセさんも来て、それで……。
怖かったのと目の前で人が死ぬのを見て……。
「ん……」
「!?」
声がしたので振り返るとマヤ様の顔。
また、泣いてる。
わざわざ私を抱きしめて寝てくれたんだ。
でも、何処に向かってるんだろ?
外を見たい。窓とカーテンのすき間から差し込む光からしてまだ夜だけど。
手を伸ばし、カーテンのすき間を広げると丁度マイルストーンが見えた。羽根を広げた大鷲が空中でズヴェルムと戦うレリーフ、オルゼル城の領地内に置かれる物だ。
「戻ってるんだ」
ロベルト様が部隊を引き上げさせた。ホセさん曰く、今回の鎮圧はあまり乗り気じゃ無かったとは聞いてたけど。
「ひくっ……ひくっ……」
お父様に身体を任せつつ泣いてしまった。
つくづくこの身体は感情的だ。失恋のショックを思い出し泣いてしまうなんて。
「クラウディア、いい子だ泣くんじゃない」
お父様が優しく頭を撫でてくれるのが嬉しい。
歳相応の反応なのだが、精神が身体に引っ張られているのが分かる。
前世の父とは違い優しいから余計に甘えたくなる。
遠くからヴィルノ部族兵の起床ラッパが聞こえてきた。もう朝の6時か。はぁ……。
「ラドスワフ!其処に居ったか!」
げぇ、騎士団長のイゴール卿だ!まずい。
「クラウディアも居ったか!何が有った!?ロベルトとの婚約解消とマヤと侍女が襲われたと手紙には書いてあったが」
面倒だから見つかる前にお暇したかったが、こうなっては仕方ない。
「ヤストロップ族の騎士含め5名がマヤと侍女のアンナを手籠めにしようとしましたがマヤに返り討ちに合い2名死亡、3名は重傷ですが捕虜にしています。それと、前から決めていた私とロベルト様との婚約解消とマヤとロベルト様の婚約を偽装してヤストロップ族との協力協定も破棄しようと」
「婚約を偽装か。ヤストロップ共はそうでもしないとつけ上がるからなあ。彼奴めようやるわ」
意外な事にイゴール卿はロベルト様の独断専行を褒めてるな。てか、ヤストロップ族とヴィルノ族ってそんなに仲悪いんだ……。お父様、よくお母様と結婚で来たな。
「で、クラウディアは婚約解消でいいのか?」
「……致し方有りませんよ。私の事を弟みたいに思ってますし、ロベルト様は前世の奥様の事を忘れられないんですよ」
イゴール卿の右耳が動いた。
「前世の妻?初耳だな」
言って無いのか。
「ロベルト様と幼馴染の方で、病気で子供を産めなかったんです。ですけど、ずっと連れ添ってましてロベルト様亡くなった後に後追いを……」
「う~む、そんな事が有ったのか」
ミラン先生も言っとけば良いのに。




