撤収
くそ!マヤのあの泣き顔が頭から離れない。前世で親友だったステラが路上に引きずり出されて殺されるのを見た時のアリツェと同じ目だ!くそ!くそ!
苦手な相手だが、前世の妻と同じ恐怖をマヤは味わった。この代償は必ず払ってもらうぞ。
「一体、どう言う事ですか!?」
僕は指揮所の中に入るや否や、ヤストロップ族の騎士達に怒鳴り散らした。レムス卿が驚いているが、一旦無視して演技を続けた。
「私の……“荒鷲の騎士団”の後継者の私の許婚を手籠めにしようとするとは!」
「なっ!?」
ヤストロップ族側の全員が絶句し、荒鷲の騎士団の全員がクラウスと僕を交互に見た。多分、クラウスも面食らってるな。すまん、クラウス。
「私の許婚の“マヤ・メドベージェカ”と彼女の侍女を襲うなど!誰が許したんだ!」
僕以外の全員が雷に打たれた様な顔をした。
そりゃそうだヤストロップ族からしたら次期騎士団長の許婚を襲った大罪を暴露されたし、荒鷲の騎士団の関係者からしたら「いつの間にマヤと婚約したんだ!?」って話だ。だが、この事件を最大限に利用させてもらう。
「生き残った下手人共は此方の捕虜にさせて頂く!それと、ヴィルノ族とヤストロップ族間の協定もこの場で破棄させて頂く!」
協定の破棄の話を切り出すと、レムス卿も思惑に気付き調子を合わせてくれた。
「ただいまを持って、我々は引き揚げさせてもらう!反乱鎮圧はヤストロップ族だけで勝手にしてもらおう!帰るぞロベルト殿!」
レムス卿に誘われ、指揮所から出るとどっと汗が噴き出た。我ながら怒りに任せてた行動とは言え、あんな事をやらかしたものだ。
「いや、役者ですな」
慌ただしく荒鷲の騎士団が帰り支度を始めた中、レムス卿にこう言われたが。
「……こうでもしなきゃ、あの馬鹿どもに地獄まで付き合わされますよ。それに、マヤと侍女が襲われたのは事実ですし」
「……クラウディアとの婚約はまだ有効なのにマヤを許婚と言って大丈夫だったか?」
そうだが、それも考えがある。
「クラウディアとは無理でした。コレを気に婚約は解消して一時的にマヤを許婚として部族長に届けます。昨日の日付で。それなら今回の事件直前に許婚なってたと言い訳が効きます。ほとぼりが冷めた頃にまた婚約解消すれば傷付くのは僕だけです」
「ふぅん……」
レムス卿は短く息を吐くと押し黙るクラウスの方を見た。
「今から私がロベルト様が用意する書類をビトゥフまで届けます。朝一……。この事件がビトゥフに届く前に書類は受理されるはずです」
「そうか。まあ、君が良いなら何も言うまい。では、私も君よりゆっくりビトゥフに戻るか」
レムス卿は右手で後頭部を掻きながら自分の部下達の方へと歩いて行った。
……ここからは時間との勝負だ。
先ずはリシャルドに声を掛けるか。
「リシャルド!貴様が撤収の指揮を執れ!それとマヤとアンナをあの馬車に乗せろ」
普段の雰囲気とは違い、迅速に銃士隊を纏め上げて撤収準備を進めていたリシャルドを見つけ命令した。
「了解。兄さんは?」
聞き分けが良い賢い弟で助かる。
「父上とチェスワフ部族長に手紙を書く。馬車に居るぞ」
マヤとアンナを乗せるように指示した馬車の隣の馬車に居ることだけを伝えた。
「すまないなクラウス」
クラウスに謝りつつ、婚約解消の書類をしたため。自分の署名と魔法具で印章を重ねる様に印字しクラウスに渡した。
「コレでお互い婚約解消だ。……今まで通り副官として側に居てもらうが」
「……ええ、結局私達には無理でしたね」
クラウスが“クラウディア・コナルスカ”と署名をし魔法具で印章を重ねた。
「私は内面は男のままですし、先生の妻になるんて想像出来ませんよ」
次いで、僕とマヤの婚約願の書類をしたためる。此方は署名だけでいい書類だからマヤの分の署名をでっち上げればとりあえず受理はされるだろ。
「署名だけなんとか誤魔化せるか?」
「ええ、今私が書きます」
クラウスがマヤの筆跡に似せて署名を書くのを見つつ、今の父親。イゴールと部族長のチェスワフに事の顛末を簡潔に説明する内容で手紙を書き始め、それぞれ蜜蝋で封をした。
「馬は僕のとマヤの馬も連れて行け」
「はい」
マヤの馬はおそらく女性なら大人しいみたいだからな。
「兄さん、準備が整ったから出発するよ」
馬車の外からリシャルドが報告してきた。
「早いな、良くやった」
書類出来上がりクラウスが書類鞄を背負ったタイミングで僕の部隊は城に向け帰路に着いた。
「私も出発します」
「ああ、頼んだ」
クラウスも自分の馬の他2頭引き連れてビトゥフへ向かう。今乗っている馬が疲れたら他の馬に乗り換える形で夜通し走り何とか夜明け前後でビトゥフに着くだろう。
「くそ……」
揺れ動く馬車の中で1人になった途端、嫌な事ばかり思い出す。
「くそっ!くそがっ!」
雑念を飛ばしたくなり、馬車の中で広げていた備え付けのテーブル頭を何回も打ち付けた。
「はぁ……」
マヤの怯えた目を思い出すと心臓が痛い。
テーブルに頭を埋めたままでいるが、嫌な記憶がどんどん湧き出てきた。
マヤの静かに涙を流しながら耐える目。本当に……前世でステラが殺された時のアリツェと同じ目だった。
あの時は日曜日で学校が休みだった。いきなりナチ党員が街にやって来てユダヤ人達を襲い始めて……。ステラが路上に引きずり出されると……。
アリツェを抱きしめ、窓際から離れ騒が終わるのを待った。アリツェの顔は朧げにしか思い出せなくなっていたが、マヤのあの顔を見たらはっきり思い出した。
日が落ちて。ステラに綺麗な服を着せてあげてから友人達で彼女を埋葬した。そしてアリツェはこの日以来ますます塞ぎ込んでしまった。彼女の笑った顔を思い出したい……。
アリツェ……。また会いたい。
「……」
アンナを抱きしめているが、落ち着いたのか寝息を立てている。
アンナがステラと同じ目に遭うかと思い怖かった。あの時のステラとアンナが重なって見えて……。あの時はミランに抱きしめられるだけで何も出来なかった。今回はアンナを助けられた。でも、怖い思いをさせてしまった。
「ミラン……」
目を閉じると、涙が流れ落ちる。
怖い。……ミラン、助けて。




