7.
それはソフィアが昼に休憩を取っていた時だ。
大体は執務室にいるが、天気が良ければ食事のあとに庭の散策をする。
気分転換と運動を兼ねている。
城内であっても部屋から出ると侍女もつくし護衛もつく。
気を遣って少し離れてくれているが、完全に一人になれる時間はないに等しい。
「今の見頃はどのあたりかしら?」
近くで仕事をしていた庭師に声をかけると、中央にあるマリーゴールドが綺麗に咲いていると教えられた。
ゆっくりと教えられた庭園の中央にやってきたとき、ベンチに先客が座っているのが見えた。
「ねえ、あれ、アリシアかしら?」
離れていた侍女に声をかけると、彼女も遠くに姿を認め、驚いた顔をした後に頷いた。
「お知り合いですか?」
護衛騎士が尋ねる。
「そうね、知り合いと言っても良いと思うわ。絵画展の受賞者で、私が花を贈った画家なの」
ソフィアの言葉に頷き、騎士は警戒を緩めた。
宮廷画家に教えを請いに来た画家が出入りしていることを知っていたので、身元が確かならば警戒対象として弱いのだ。
といっても、完全に気を緩めているわけではない。なにかあればソフィアの前に出られる位置にはいる。
なぜ一人でこんな場所にいるのだろう、とソフィアは不思議に思った。
「こんにちは、アリシア。こんなところでどうしたの?」
「ソフィア様、こんにちは。素描をしております」
「貴女、この間は彩色を教えてもらうんだ、と張り切っていなかった?」
「ええ。ですが、どうにも彩色のほうは才能がなかったようです」
「そう言われたの?」
「直接ではないですが、まだ早いという感じで」
ソフィアが花をおくったアリシアの絵はほぼ素描だった。近くで見ないとわからないくらいの淡い色彩がちょっと入っただけの絵。遠くから見れば白黒にしか見えなかった。
「もしかして、初めてだった?」
「そういうわけではないですが、以前も、まだ早いと言われました。でも、素描は絵画の基本なので、あとで指導いただける分これも勉強になります」
アリシアの手元には花の絵があり、アゲラタム、ベゴニア、インパチェンス、トレニアなどが既に描いてあった。マリーゴールドは描いている途中だ。
「あら、素敵。さすがね」
「ありがとうございます。こちらの庭園は見たことがない花が多くて描くのが楽しいです」
「そうなの? よく見る花だと思うわ」
「恥ずかしながら、名前も知りません。私は家の近くに咲く野草しか馴染みがなくて。このマリーゴールドくらいしかわからないのです。マリーゴールドは虫除けに田舎でも人気でしたので、よく見ました」
「そうなの。この絵だと、アゲラタム、ベゴニア、インパチェンス、トレニアよ。良く描けているわ。花言葉も素敵なのよ。気が向いたら調べてみて」
ソフィアが指でさしながら花の名を教えると、アリシアは絵の下に告げられた名を書き込んでいく。
「はい。ありがとうございます。調べてみます」
アリシアが礼を口にした時、「お待たせしました」と一人の侍女が小走りに近寄ってきた。ソフィアたちの姿を見て驚き、アリシアの顔を見て戸惑い、手にしていた麦わら帽子を慌てて背後に隠す。
「彼女は貸してくださると言っていた帽子を持ってきてくださったのです。野外では帽子を被ったほうが良い、と助言されまして。でも私、帽子のことまでは気が回っておらず、持ってきていないのです」
アリシアがソフィアたちに、侍女と離れて一人でいた理由を告げた。
新しくアリシアに付けられた侍女はまた若く、経験は浅い。担当の令嬢を一人で待たせておくことが良くないと知りつつも、野外に素描に出たアリシアに帽子を被せたくて別行動に出たのだ。
「申し訳ありません。担当のご令嬢を一人にしてしまいました」
深く頭を下げる侍女に、ソフィアの侍女は言った。
「他の場所ならともかく、こちらの庭園ではそこまで問題になりませんよ。大丈夫です。まず、部外者は立ち入ってこられない場所ですから。担当のお嬢さまに帽子をお貸ししようとすることも問題ありません。むしろ貸さないほうが問題です」
こんな野外で長時間、帽子も日傘もなく出歩くほうが大問題、と言わんばかりの態度でソフィアの侍女は頷いていた。
確かに、城内だが王宮に近い場所にあるこの庭園は、貴族であっても気軽に足を運べる場所にない。王族や高官がたまにいるくらいだ。
護衛騎士が警戒を緩めた理由もここにある。
それなりの地位にある人間が許可しないと入れない場所だ。
「トマ卿が薦めてくださったのです。若い女性ならこの庭園で花を見ながら基本を学ぶのも良い、と」
「宮廷画家で一番履歴の長い方が言うのなら、そうなのでしょうね」
女性が一人で居ても危なくない場所、というのなら間違っていない。
では、少し失礼します、と帽子を持った侍女がアリシアの傍に寄った。
「さあ、アリシア様、これを被ってください。肌が日に焼けてしまいます」
「少しくらい平気よ。いつものことだもの」
「いいえ。お嫁入が決まっているのですから大事なことですよ」
世話を焼かれているアリシアと、一生懸命な侍女の組み合わせは微笑ましい。
後続の侍女は相性が良かったのか、仲良くやっているようだ。
「では、私は先に失礼するわ。頑張ってね」
「ありがとうございます」
お礼を言うアリシアと横で頭を下げる侍女を手を振り、ソフィアたちは部屋に戻っていった。




