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6.

 侍従に案内されたアリシアがソフィアの執務室に通されたのは、その後かなり時間が経過してからだった。

 ソフィアの侍女はとっくに戻り、お茶の支度は万全になっていた。

「お邪魔いたします」

 スケッチブックを抱えて頭を下げるアリシアのあとに、大きな荷物を持った侍従が続く。

「あら、凄い荷物ね。絵を描くときはこんなに荷物を持ち歩くものなの?」

「いいえ。普段はスケッチブックと鉛筆だけなのです。今回は教えていただく立場ですし、絵筆とか絵具とか、必要なものは持参してみたのですが……」

「こちらで用意いたしますので、明日からは通常通りスケッチブックと鉛筆だけでいらしてください」

 荷物を持った侍従が笑顔でアリシアに告げると「……はい」と消え入りそうな声で答えた。

「女性の腕でこれだけの荷物を抱えて移動するのは大変でしたでしょう?」

「とんでもありません。折られるはずだった筆をまだ持てるのです。毎日持ち歩いても平気です」

 侍従の労りとアリシアのやる気は反比例しているのか、噛み合っていない。

「まあ、二人とも落ち着いて。こちらの不手際でアリシアの貴重な勉強時間が潰れてしまったこと、関係者としてお詫びするわ。午前中だけはこの部屋の中で自由に過ごしてください」

「お気遣いいただきありがとうございます」

 アリシアは敢えて、自分を見てから無言で去っていった侍女についての言及はしなかった。

 昔から、アリシアと対峙して平気な人間と嫌う人間がいる。

 初対面なのに、どうして嫌われるのかわからないまま生きてきた。

 追及しても、誰も明確な返答をくれたことがない。

 そういう体質なのだ、と諦めてきた。

 ソフィアやその侍女、荷物を持ってくれた侍従みたいに平気な人もいるが、まま嫌われる。

「荷物は部屋の隅に置いて下がりなさい。アリシアは座ってお茶でも飲んでちょうだい」

 侍従は「畏まりました」と一礼したあとにアリシアの荷物を部屋の隅に積み上げて退室していった。アリシアは侍女に促され、応接の椅子の端っこに腰を下ろす。

 ソフィアの執務室は女性らしい柔らかい色合いで統一されていた。

 基調は茶色、挿し色で淡い桃色や黄色が入り、部屋の主と似て落ち着いた雰囲気がある。

「長い間待たせてしまうと思うので、好きなことをしていて良いわよ。ここには基本、私と私の侍女以外は出入りしないから、自由にふるまっていても問題ないわ」

「どうぞ、召し上がってください」

 紅茶と一緒に出されたお菓子は色とりどりのアイシングで飾ったクッキーだった。

「急なことで用意が間に合わず、お恥ずかしい限りですが」

「とても可愛いです。食べるのがもったいないくらい」

 アリシアは嬉しそうに笑って侍女に感想を告げた。

「申し訳ないけれど、私は執務にあたらせていただくわ。用事があれば遠慮なく侍女を使ってちょうだいね」

「はい、ありがとうございます。あの、スケッチをしてもよろしいでしょうか?」

 ソフィアは手にしていたスケッチブックを掲げてソフィアに尋ねた。

「構わないわよ。部屋の構造がわかるようなものは厳禁だけれど、一部分だけとかなら大丈夫」

「ありがとうございます」

 王城内で描いた絵には検閲が入る。アリシアが描いた絵も同様だ。本当に持ち出しが禁じられたなら退出時に取り上げられる。

 ソフィアがそう付け加えようと視線を向けると、アリシアはすでにスケッチブックを広げ、無言で紙と向き合っていた。

 無言で視線を合わせたソフィアと侍女は小さく笑う。

 不平不満を言うのではなく、時間があれば絵を描くことに集中する。

 王城に招かれた画家としては正しい姿である。



 アリシアは午後に案内役として派遣された新しい侍女と一緒に退室していった。

 在室中もずっと絵を描いていただけなので、特に邪魔でもなかった。

「大人しいお嬢さまでしたね」と侍女が言うくらい、問題なくソフィアの執務室で絵を描いているだけだった。

「そうよね。私もそう思うわ」

 午前中に見かけた、あの血相を変えて走り去った侍女はなんだったのだろうか。

 ソフィアが疑問に思っていると、侍女がそっと付け加えた。

「私が後からお願いした侍女は普通に接していましたので、最初の人は相性が悪かったのかと思います」

「そういうこともあるかもしれないわね。でも、お仕事なのだから逃げてはいけないと思うのよ」

 若い未婚の女性を一人で歩かせて要らぬ推察をされないための人員なのだから、指定された場所まで案内して傍に控えているだけの仕事だ。特に難しいわけではない。そして、相手とどんなに気が合わなくてもこなせる程度の仕事だろう。

「体調も悪かったようですよ。部屋に籠って出てこない、と聞きました」

「それならそう言ってくれたら良かったのに」

「そうですよね」

 人間なのだから体調不良は誰にでもある。事前に申告してくれたなら、もっと早くに代替要員を打診できた。

「私、自分には理解しがたい言動をする人を見たとき、あの方はお花摘みに行きたくて仕方のない切羽詰まった状態なのだ、と思うことにしています。そうすると、どんな態度の方でも「仕方ないな」と思って許せる気がするのです」

 侍女が真顔でそんなことを言う。

「あら、それはいい考えね。私もそうさせてもらおうかしら」

「一々怒るのも疲れますし、相手の言動から勝手に推察するのは自由ですから」

「口に出さなければバレないものね」

「その通りです」

「侍女への感想はそれでいいとして、アリシアは明日からも嫌にならずに来てくれるかしら」

「大丈夫でございます」

 ソフィアの不安に、侍女は力強く断言した。

「見てください。あのお嬢さまが描いていた絵なのですが、私がじっと見ているとくださいました」

 それは無言で強請っていたのでは? とソフィアは思ったが、広げて見せられた絵は白黒のソフィアと侍女だった。

 机に座ったソフィアは真剣な顔でペンを持ち、侍女は傍らで書類を片付けている。

 執務室の机と上に乗った書類の束、左側に影を濃く右側が白い。

 いつもの日常とはいえ、他人の目にはこう映るのか、とソフィアは思った。

「色こそついていませんが、柔らかい感じで素敵です」

「良い絵だわ」

「もっと上手くなりたいそうですよ。だから、大丈夫です」

「ええ。きっと」

 展示会の絵もそうだったが、動きだしそうな当たり前の風景を切り取ったようなアリシアの視点が好きだ。

 彼女の絵をもっと見たいとソフィアは思った。

土日祝日は更新しません。お盆(13日から17日)も休みます。

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