3.
茶会の場を室内にしたのは、単に準備がしやすかった、それだけのこと。
庭園を開けば眺めは良いものの、警護の問題や食事の運搬管理に手がかかる。
夜会を開く大広間で立食形式にし、花を飾り付けた円卓を置いたり椅子だけのエリアを設けたりしている。中央にある円卓には最高位の爵位を持つ家の令嬢が座り、椅子だけのエリアにそれ以下の爵位の令嬢を着席させた。
完全な立食ではなく、座る席は確保されている。
そのうえで好きな料理を取りに行くついでに、身分を完全に無視することは難しくても派閥を超えた出会いがあれば突破口ができるかもしれない。
そんな思惑が見え隠れするソフィアの茶会は、全員に配られた空のワイングラスから始まった。
「なんでも好きなものを召し上がってくださいませ。礼儀正しく紅茶の銘柄当てもよろしいけれど、昼間からワインというのも一興でしてよ」
ソフィアが招いたのは自分と同世代の令嬢だ。
夜会や茶会という場に若い未婚の令嬢が一人で参加することはまずない。母親か付添婦と連れ立って来る。
今回は招待主が未来の王妃と言われているソフィアで、会場が王城の大広間ということもあり、一人でも気兼ねなく参加して欲しいと伝言が添えてあった。
招待主と会場を考えれば、令嬢一人でもさほど問題はない。
同世代の貴族の女性だけが集う場なので、変な心配をする必要もない。
未来の王妃と仲良くなれなくても、より高位の令嬢と仲良くなれるかもしれない、という親の気持ちと、娘の華やかな場に憧れる気持ちが合致したのか、かなりの人数が参加していた。
ワインが樽で置かれている広間の一角に驚きはしたものの、常日頃飲むことに躊躇しそうな銘柄が並んでいる。その真横には紅茶の茶葉が木箱で並んでいる場もある。空のティーカップも大量に用意されていた。
「紅茶が好きな方は給仕に申し付けて、ワイングラスをティーカップに変えてくださいね。最初の一杯だけはこちらの指定した銘柄を注がせていただきますけれど、これよりは全て自分で食べたいものを取りに行ってください。半立食形式、というものらしいのですが、親世代にはどうしても理解されませんでしたので、私が実施してみたいと思ったのです。慣れぬ形式とは思いますが、どうぞ最後までお付き合いくださいませ」
何人かがティーカップに持ち替え、全員に飲み物が行き渡ったのを確認してから、ソフィアは立ち上がりグラスを掲げた。
「乾杯!」
その声を合図に、隅に控えていた宮廷楽師が音を奏で始めた。
大きくはないけれど洗練された技巧と澄み渡る音色が会場に響く。
「乾杯っ!」
少し遅れて、令嬢たちの声が上がった。
そこかしこで女性の笑い声と感嘆が小さく、時に大きく響く。
楽師の演奏が止み、いつの間にか上座、いつもは玉座がある少し高い場所では流行の演劇が有名な俳優を起用して短く演じられていた。
チョコレートと小さなケーキを乗せた皿を手に、何人もの令嬢が簡易の舞台に見入っている。
反対に、演劇など一切見ずにワインの樽をあちこちと廻っている令嬢もいる。
顔見知りとの挨拶、初対面でも同じお菓子の感想を言い合う令嬢の姿もある。
最初こそ慣れぬ形式に戸惑っていたが、甘味とお茶とワインと演劇、そして音楽。女性の好きなものが揃っている会場は徐々に賑わいを大きくしていた。
ソフィアは行く先々で「ご招待いただいて嬉しい」と感謝を告げられていた。
嘘でも楽しいとか嬉しいと言われると、頑張って準備をした甲斐があるというものだ。
そのお茶会も終盤に差し迫ったころだった。
「ソフィア様に感謝を申し上げます」と声をかけられた。
茶会の参加者の中でもあまり顔を知らない下位の貴族は、気後れして最後の最後に礼を言いに来ることもある。
声のしたほうに顔を向けると、そこには出迎えで初対面なのに既視感を覚えた伯爵令嬢がいた。
「喜んでいただけたのなら私も嬉しいわ。またいらしてね」
「ありがとうございます。でも、お茶会のことだけではなく、展示会での私の絵に花をくださったことに感謝を伝えたかったのです」
「展示会の、絵?」
「はい。ほぼ素描の、木炭だけの」
あ、と言いかけてソフィアはようやく気付いた。
素朴で懐かしい雰囲気の木炭素描に花を添えた過去を。そして、あの絵の少女は目の前の令嬢によく似ていた。
「貴女の絵、だったのね。あの女の子は、貴女?」
「はい。恥ずかしながら、そうなります」
「通りで、貴女とどこかで会ったことがあると思ったのよ。あの絵だったのね」
「賞金授与の際にうかがいました。私の絵を気に入ってくださったのは花を持っていた王太子殿下ではなく、ソフィア様だと。お礼が言いたいのなら彼女に言え、と。ですから本日、どうしてもお礼を伝えたかったのです」
ありがとうございます、と彼女は頭を下げた。
「そんなこと。だって、素敵だったもの、貴女の絵。これからもたくさん描いてね」
「そうしたい気持ちはありますが、結婚するまで、と親に言い含められておりまして、あと半年くらいしか猶予がありません」
「そうなの? 勿体ない。あ、でも、王家の花を贈られた画家には宮廷画家の手解きを受ける権利が生じるのではなかったかしら」
「はい。筆を取り上げて折りそうな親でもその栄誉は辞退できないと言って、結婚ギリギリまで描くことを許されました。これもソフィア様が選んでくださったおかげです」
貴族の中でも王宮で学べる人間は多くない。
結婚が決まっていたとしても箔がつく栄誉だ。
婚家にしても、嫁に箔がつくことを禁じる家などない。
「本当は、あの展示会に参加するのが最後、と言われておりました。ですから、精一杯学びたいと思います
「ええ。ええ、頑張って」
ソフィアは彼女の手を取り、心から応援の言葉をおくる。
「ありがとうございます」と答える彼女は、頬を染めて嬉しそうに笑った。
ソフィアとアリシアが出会って言葉を交わしたのは、この日が初めてのことになる。




