■第10話:専属シンガーの愛の歌。……えっ、そのピッチで私に捧げる気?
いつもお読みいただき、誠にありがとうございます。
『困った神様シリーズ』第5弾、本日も更新です!
魔法もチートも使わない、圧倒的な「自己肯定感」と「ド正論」による異世界蹂躙劇。
どうぞ、リラックスしてお楽しみくださいませ!
【場所:神界・ネフェルの部屋】
「さあさあ! 今夜の好子様は、大人な雰囲気のバルよ!」
女神ネフェルは、神界のモニター前で「好子様ファンクラブ特製グラス(自作)」にグレープジュースを注ぎ、優雅に観戦の準備を整えていた。
「王都でも有数のオシャレなバル。ここは本当に顔と品のある人間しか入れないお店よ」
「ああっ、カクテルを傾ける好子様の横顔……! まるで一枚の完璧な名画! トレビアンな画家が筆を折るのも当然の美しさだわ!」
ネフェルはうっとりと画面を見つめていたが、すぐに表情を険しくした。
「……ん? なによ、あのアコースティックギターを持ったキザな男は」
【場所:王都・隠れ家バル『月夜のグラス』】
薄暗い照明、落ち着いたインテリア。
好子は、カウンターの隅で色鮮やかなカクテルを片手に、静かな時間を楽しんでいた。
(たまにはこういう静かな場所も悪くないわね……。あの王子や文官たちの金切り声を聞かなくて済むし)
しかし、好子の平和な時間は、10分で終わりを告げた。
店内の中央にある小さなステージに、スポットライトが当たる。
現れたのは、胸元をはだけたシャツを着た、バル専属の美青年シンガー、レオだった。
「こんばんは、愛しき夜の住人たち。今夜も僕の魂の震え(ビブラート)を届けるよ」
レオがギターを爪弾き、甘く切ない(と本人が思っている)バラードを歌い始めた。
店内の女性客たちは「レオ様ぁ……」と熱い溜息を漏らし、完全に彼の世界に酔いしれている。
一方、好子は。
「…………」
眉間にはっきりとシワを寄せ、カクテルグラスを持ったまま「無」の表情で虚空を見つめていた。
(……我慢よ、私。ここは公共の場。この『不協和音』も、BGMの一部だと思えば……いや、無理ね。サビの高音、半音下がってるじゃない)
好子が脳内で辛辣な音楽レビューを展開しているうちに、レオの1曲目が終わった。
拍手喝采が巻き起こる中、レオはマイクスタンドからマイクを外し、なぜか真っ直ぐに好子の席へと歩いてきた。
「……フッ。驚いたよ。僕のステージの最中に、僕から目を逸らす女性がいたなんてね」
レオは、好子の隣の空席に片手をつき、極上の甘い声で囁いた。
「でも、わかるよ。君は僕の歌声が眩しすぎて、直視できなかったんだろう?」
「そんな照れ屋な君のために……次の曲は、君だけを見つめて、君のためだけに歌おう」
レオがギターを構え、店内の客たちが「キャーッ! あの女の人いいなー!」と盛り上がる。
神界のネフェルは「逃げてレオ! あなたの喉仏が物理的に潰されるわよ!」と悲鳴を上げた。
「さあ、聴いてくれ。新曲……『君という名のヴィーナ――』」
「ストップ」
好子の、氷点下の声が店内に響き渡った。
「え?」
レオの手が、ギターの弦の上でピタリと止まる。
好子は、カクテルグラスをコトン、とコースターに置いた。
そして、心底迷惑そうな顔でレオを見上げた。
「あなた、自分の歌声が『心地よい』とでも思ってるの?」
「なっ……! 僕の歌は、王都の夜を彩る最高の……!」
「笑わせないで。さっきの曲、Aメロからずっとピッチ(音程)が不安定だったわよ。高音を出す時に顎が上がってるから、喉が締まって苦しそうな『鶏の首を絞めたような声』になってたじゃない」
ピキィィィンッ!!(シンガーのプライドにヒビが入る音)
「に、鶏の首……!?」
好子の容赦ない「ガチの音楽的ダメ出し」に、店内の空気が凍りつく。
「それに、あの無駄に長いビブラート。あれ、ただ息継ぎが下手で声が震えてるのを誤魔化してるだけでしょ? 腹式呼吸が全然できてないわ」
好子は、扇子を取り出してレオの胸元をツンと突いた。
「そんな『基礎もできてない素人のカラオケ』を、この私に捧げる? 冗談じゃないわ」
「あ、あわわ……」
「私に歌を捧げたいなら、最低でも王立交響楽団のフルオーケストラと、奇跡の歌声を持つ天使の合唱隊を連れてきなさい。……あなたのその安いギターと、耳障りな不協和音で、私の大事なカクテルの味を劣化させないでくれる?」
好子は、レオを完全に「空間のノイズ」として切り捨てた。
ズガァァァァン!!(アーティストの魂が粉砕される音)
「ぼ、僕の魂の震えが……ただの息継ぎの失敗……!?」
「フルオーケストラじゃないと……釣り合わない……!?」
レオは、抱えていたギターを取り落とした。
ガァーン!と情けない音が店内に響く。
「ご、ごめんなさいィィィッ!! 僕の歌なんて、あなたの美しさの前ではただの『騒音』でしたァァァッ!!」
レオはその場に泣き崩れ、自分の喉を押さえて嗚咽し始めた。
彼はその夜をもってバルを辞め、山奥にこもって「腹式呼吸と発声練習」を一からやり直す修行僧となったのだった。
【場所:神界・ネフェルの部屋】
「アハハハハハッ!! 最高ォォォッ!!」
ネフェルは、モニターの前で腹を抱えて笑い転げていた。
「『カクテルの味が劣化する』!! 出たわ! 圧倒的な聴覚マウント!!」
「自分の歌に酔いしれる男の顔が、あんなに見事に青ざめるなんて!!」
ネフェルは、またしても壁に「名言」を書き足した。
『素人のカラオケで私に捧げるな』
「ああ、好子様……。あなたがいる限り、この世界の男たちの勘違いは全て駆逐されていくのね……!」
「次は誰? もう王都に、あなたの視界に耐えうる男なんて残ってないんじゃない!?」
女神ネフェル(強火限界オタク)の熱狂は、とどまるところを知らなかった。
(第5弾・第10話・完)
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