第9話 青い光
「お待たせしました。彼女がリターンさんの派遣パルとなります」
ギルドの受付にて、説明をしてくれた青年がそう言った。彼とリターンの間にはカウンターとして木製の長机が置いてある。青年の言葉を聞きながらも、リターンの視線は机の上へと向いており──
「私はブレス。よろしくね、リターン」
そこには自己紹介をする黄色い小鳥がいた。高く透き通っている声は、先ほどファイと呼ばれた薄いピンクの小鳥と同じように、とても柔らかく優しさに溢れていた。
「(この声と口調……他の小鳥…パル、と同じか……恐らく、パルは記憶に大きく関係している)──よろしくお願いします、ブレスさん」
リターンは思考を巡らせつつ、自然に言葉を返す。
──その声色はどこか少しだけ、ブレスと似ていた。
*
カルガラン歴5211年54日10時28分
大通りを挟んで向こう側の正面に、大きな建物が見える。入り口の右上に掛けられたプレートには小鳥と円の意匠。先ほどリターンとブレスが出てきたギルドである。
その左には同じぐらいの大きさの建物が横付けされていた。入り口は2か所ありどちらもとても広く、大きなものでも運び込めそうである。
──視界が下に動く。
ギルド、大通りとたくさんの通行人、土の地面──黄色い小鳥。彼女の中心、嘴と眼の周囲は濃い焦げ茶色で、つぶらな瞳がこちらを見つめている。
「(彼女の姿……他のパルと何か違う)」
リターンとブレスはギルドから出てそのまま、向かいにあった大きな広場に来ていた。木の棒や布で作られたテントのようなものが多くあるが、ヒトは比較的少なくほとんどはどこかにいっているようだ。
「(見ているとかすかに感じる……嬉しさ……懐かしさ……?)」
リターンは考えながら、ブレスの頭を左の人差し指でゆっくりと撫でる。彼女の体躯は他のパルと似たような大きさで、嘴から尾羽の先までがおよそ15㎝程である。
「(…そして何より、パルという鳥自体がもつ声…というより、口調……か?)」
リターンの指を気持ちよさそうに享受しているブレス。
「(…それを聞いていると、なぜだか、彼女を信頼できると──)」
撫でる指をピクリとさせ、無意識に微笑を浮かべていた口元を少し引き締めた。
「(──いや、それは、だめだ。油断しては、いけない)」
浅く長く、鼻でひと呼吸するリターン。彼の人差し指は愛撫を続ける。
「(…しかし、この湧き出る思いに身をゆだねてみるのも……記憶を取り戻す、きっかけになるかもしれない……)」
しばらくして彼は指をブレスから離す。
ぼんやりとしていた視線を束ね、焦点をしっかりと彼女に合わせる。その瞳には鋼鉄に輝く光沢のように、強い決意の光が存在していた。
「ブレスさん──記憶を失う現象について、聞いたことはありますか?」
リターンはそう、口にした。
長く引き伸ばされたように感じる無音の時間。彼は小さく喉を鳴らす。
ブレスはそんな彼を静かに見つめ返している。そして──
「──うん……あるよ」
変わらず優しく柔らかい声色で、そう答えた。
リターンは彼女を見つめている決意の眼を、僅かに揺らす。その眼に映る小鳥は何かを思い出そうとしているかのように、小さな身体を傾けて青い空を少し見上げる。
「…大きなストレスとか、トラウマが原因であるものが多いね……あと、あんまり詳しくは知らないけど……」
彼女は続けて言う。
「青光現象も、かな」
***
カルガラン歴1338年77日
青白く眩い、美しい光で満たされた空間。
──ズシン…………ズシン……………ズシン……
その光は徐々に収束していき、ヒトの輪郭を形作る。
それは一人の若い、ヒューマンの女性であった。年は20歳前後、パッチリとした大きな眼には活き活きとした覇気が迸る。唇は少し薄く引き締まっており、黒いロングの髪を後ろでふんわりと三つ編みにひと結びしていた。身体は小麦色の擦り切れた肌で、胸部と腰部に最低限の布を巻きつけている。
──ズシン…………ズシン……………ズシン……
彼女の瞳、遠く遠くの、さらに遠くを真っ直ぐに見つめるその視線の先に。
圧倒的な巨体を持つヒト型の巨人が歩いていた。
全長約8km。全身の皮膚は数え切れない程の大きな顔で埋め尽くされ、肩や胸、背に手足の方まで屈強な腕が100本程生えている。無数に存在する顔の口は業火を吐き出し、周囲のありとあらゆるものを溶かしつくす。
そしてその全身から立ち昇るどす黒く赤い粒子。50つある自身の顔の、全ての視界を覆いつくすほどに濃い赤。しかし持ち前の異常な知覚能力でその殺意はヒト1人も見逃さない。繰り出される一歩は3kmを超え、赤い粒子がもたらす力により莫大な身体強化を得た巨人は、その巨体に見合わぬ素早さで歩く。
万力をもつ無数の剛腕も、吐き出す業火も、超高度な再生能力も、全てを破壊する共鳴咆哮も必要はない。
──ただ、歩いているだけでヒトは、文明は、大陸は滅んでいく。
巨人の種族名は、ヘカトンケイル。後にこの大陸──ワウル大陸を滅ぼした絶望の赤魔である。
──しかし。
ヘカトンケイルを前にして、何1つとして絶望していない彼女がここにいた。
彼女──ユイは村の外にある丘の上で、その光景を目に焼き付ける。そして右手を自身の胸に当て、ギュッと握りしめた。
*
カルガラン歴1442年286日
大陸中を駆け回ったユイと、彼女の折れない勇気のもとに集まったあらゆる年齢、性別、立場、種族の英雄たち。彼らの全ての命を賭した一極同時攻撃作戦により、ヘカトンケイルの討伐に成功。崩れ落ちたヘカトンケイルの肉片は、赤い粒子が生み出した付随物の蓄積によりその尽くが赤黒く侵食されていた。
生き残ったものたちはそれぞれの希望と絶望を抱えながら生きて、未来を切り拓いていく。数多の英雄たちから受け継いだ、命の灯を絶やすことは決してない……はずであった。
*
カルガラン歴1444年90日
2体目のヘカトンケイルが、海底を踏みしめながらワウル大陸に上陸。その際50つの巨大な口から発せられた恐ろしい咆哮は、共鳴し衝撃波となって辺り一帯を破壊し尽くした。
──彼らは、番であったのだ。
***
カルガラン歴5211年54日
「ヒトがとっても、とぉ……っても強い思いを持った時に発現して、青い光と共に、それぞれ特異的な現象を引き起こすらしい」
土の上にちょこん、と立つ黄色い小鳥がそう言葉を告げた。その正面に胡坐で座る優しげな青年は、黙ってそれを聞いていた。
「滅多に起こらないし、私も見たことはないけど……記憶や経験、感情とかを代償に、願いを叶える奇跡のような力……と、聞いたことがあるんだ」
記憶を代償──その言葉を意識すると同時に、リターンは眉を少しひそめた。
そんな様子を見ながらブレスは説明を続けていく。
「叶える奇跡はヒトそれぞれ……何かを創造したり、破壊したり、操作や蘇生をしたり。奥義に異能、魔術、魔法の発現だって……」
「(…知らないことばかりだが──異能、だと?)」
リターンはスッと細めていた眼をじわりと見開く。
「…まぁ、異能に限っては、代償を支払わないかも……異能の後天的発現は人類史でもほとんどないし、この話は眉唾……」
ブレスは頭を少し横に傾けながら、悩まし気にそう話す。
「(この街に現れたことか……巻き戻しの異能か……その両方なのか、分からないが──)」
リターンは開かれた眼で深く地面を見下ろしながら、じっくりと考える。
その後目線を僅かに上げて、ブレスの小さく綺麗な瞳を見つめこう伝えた。
「──僕は恐らく、青光現象で記憶を全て失っています」
*
現在ワウル大陸で暮らすヒトは、存在しない。様々な植物や動物の魔物で溢れた、自然豊かな大地が広がっている。
しかしその大地の上、微かなヒトの名残が見られる小さな遺跡の中。
──そこには今も、ユイの魂が漂っていた。
彼女が発現した異能は『ブラヴール』
保持者の勇気が高まり折れない異能。勇気とはどんな物事も恐れず、真っ直ぐに向き合う力である。
そして、その魂はあらゆるものの影響を受けない。
例えそれが、どんな存在であったとしても。




