第6話 病
──獣因症。
この世界で猛威を振るっている、感染症の1つ。
原因となる病原微小魔が、主にノミ型魔物を媒介して感染。1日程で発症し高熱や鋭い頭痛、全身倦怠感などを呈する。その後15日前後で、体内の素管を流れる素小球中の法素──オドと言われる無色透明の粒子物体が一定濃度を下回り、意識障害に呼吸不全、そして死に至る。
体毛の多い獣人に多く発症し、そこから別のヒトにも感染することが多発したため、獣因症と名付けられた。
光魔術による対症療法のみでは治療は困難とされ、体内の病原微小魔を死滅させる抗魔薬などによる原因療法が必要となる。
しかし抗魔薬の原料として扱っているのは主に黄毒草。あらゆる魔物に共通して流れ、逆にヒトには決して流れることのないだろう、M型法素に強く効果を発揮する毒を持つ。葉の先端が黄色く尖っており、そこから毒が分泌される。
他の魔物から身を守るために毒を得たその植物型魔物は、ヒトが多く住む場所には生えておらず、それ故に高価となる。
対病原微小魔効能と、自身のオドも消耗するという副作用。共に大きい2式抗魔薬や、2式程度の効能のまま副作用をぐっと抑えたノンナ式抗魔薬はもちろんのこと。効能も副作用もかなり控えめな1式抗魔薬も、1つで10万円前後。
貧しい庶民には手が出しにくい代物である。
──感染した獣人はその多くが隔離後、放置または殺害された。
獣因症の症状はほとんどのヒトが罹ったことのある魔熱や、少し重い感染症であるカリタン熱と一部似通っており、その判別は知識がないと難しい。
今では獣人が罹る感染症は、基本的に獣因症と呼ばれるようになった。獣因症では咳は出ない……そんなこと、多くのヒトには分からない。
何らかの病に侵された獣人は、誰にもばれないようにただ必死に、必死に隠す。
──この世界の、常識である。
***
膨大な白いキャンパスに少しだけ灰色が混ざった曇り空が、静かに世界を覆いつくしている。
「…グッッ………ン…ンン゛ッ……」
38歳、真っ黒な貌魔犬人の男、ダイヤ。
──彼は病に侵されていた。
高熱でふらつく身体を、スラムにある住処に押し込んで隠す。土の広場に存在する彼の住処は、床に突き立てた木の棒に大きな布を被せたもので、最低限雨を凌ぐためのものである。
周囲にあるのも同じようなものであり、エーレの時間もとっくに過ぎた今、ここにいるのは遊ぶ孤児にエーレの時間をずらしているヒト、内職を行うヒト──そして病や空腹、苦痛、絶望に喰われているヒト。
そんな中ダイヤは床に胡坐で座り込み、頭を前にふらつかせながら、鞘に入れたままの使い古した片手剣を両手で横に持ち、輪郭の無い視界を使って見下ろしている。
「(……これを……売れ、ば………いや……どうせ…大した、効果は……ッ!)」
彼は鋭い爪の生える左手を剣から離し、自身の灰色の喉元をグッと抑え込む。
「フッ…ゥ゛………ガフッ………ゥ゛ッ…………ゴホッ…」
──そんなダイヤを1人の兎人の少女が遠くから、その灰色の長い耳をピンと立てて、ひどく、ひどく心配そうに見つめていた。
***
「たくさんのヒーローがいらっしゃるんですね」
英雄像の前、リターンはオードルに言葉を返す。
「そうだなあ……」
オードルはしみじみとした表情でゆっくりと青い空を見上げる。
「(こちらについて聞き返されるとまずい……迂闊な引き出し方だったか……)」
リターンは自身に対する警戒心を強め、しかし表に出さないように表情を変えず、自然に瞬きを行う。彼の少し垂れた優しそうな目は相手に緊張が伝わりにくく、ポーカーフェイスに向いていた。
「…きっと、私が知らないだけで、まだまだたくさんのヒーローがいたのだろう」
オードルは何かを思い出すように、遠い空をぼんやりと眺める。
「──そろそろ、行こうと思います。貴重なお話、ありがとうございました。」
リターンはそんなオードルを見ながら退散の意を伝える。
「…おお、そうかい。いいんだよ、私のエーレはまだまだこれからだからね……それに、君の質問は面白い。また、話そうじゃないか」
朗らかに笑うオードルに対してペコリ、と頭を下げるリターン。頭を上げた後そのまま反転し、英雄像の向かって右奥側へ進む。他の住居より一回り大きい石造の教会のような建物が、すぐ左に面している大通りへと歩いていく。
その教会の横にはさらに石造の建物が隣接し、入り口の扉近くに多くの貧しそうな怪我人やふらついた人が座り込む。
──まるでそこが、医療機関であるかのように。




