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リターンヒーロー  作者: カロ


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第2話 静寂



「我らに、神のご加護があらんことを……バーラ」


 暗闇の中へと消えゆく思考の中、遠く遠くの方からかすかに響いてくる祈祷の言の葉。


 彼は自身が立っているのか、倒れているのか。生きているのか、死んでいるのか。何もかも、理解できない。感じ取れない。



──その、膨らみだした違和感を除いては。


「(な……んだ……なにかが…今……選び…取れと)」


 もうきっと後戻りはできない。次の瞬間には彼の首は無音で切断され、暗い路地に転がる小さな6つの物体と同じ運命を辿っているだろう。


 否……最初から逃げることなんて出来なかった。男の揺さぶるような声には、何があっても彼を殺す──そんな、どこまでも強く堅い意志がのっていたのだから。



「(…今……口に……出せ、と!)……ㇼィ…タァ……ッ」


──音にならない吐息のような声を出すと同時に、黒く染まっていた視界が、大きく動いたような気がした。




***




「さ…さっきはありがとう」


──彼は勢い良く目を見開く。その目尻は元から少し垂れており、眉の薄さと相まって優しげな目をしていた。


「ん?…あぁ、気にすんな。悪いのはあいつらだ」

「(……は?……幻、覚…?いや、幻覚じゃない…明らかに、おかしい)」


 少し遠くの方から聞き覚えのある声で、聞き覚えのある言葉が流れてくる。それに耳を傾ける彼は黒髪のショートであり、耳にかかるほどの髪の長さはなかった。


「ねえねえ!あたしミーナ!あなたはなんていうの?」

「(それに、この会話も知っている。次に発言する子はたしか──)」


 彼は少し大きい焦げ茶色の瞳をすばやく動かしながら、見える景色に一切の変化がないことを確認していく。その様子は先ほどぼんやりと立っていた彼と比べて、まるで別人のようであった。


「ミーナ……あ、えっと」

「(──ヨル)」

「僕は、ヨル」


 思考を巡らせつつ、172cmの体躯から走り出す2つの鋭い眼光が、薄暗い路地の先、美しい光の満ちる方をじっくりと凝視する。

 同時に彼はひどく手汗をかき始め、その卵型の顔を青く染めていく。少し薄めでスッとした唇が小刻みに震える。


「俺はミーナの兄貴分で、ケイってんだ。よろしくな、ヨル」

「(……だとするとまずい!今すぐ、逃げなければ!)」


 先ほどは光に慣れておらず、眩しさしか感じられなかった。ところがよく見ると奥の空間には、明るく照らされた少し大きい道が、この路地と交差するように存在していた。

 彼は震えた手足で、しかし確かに一歩、生存への道に踏み出そうとする。



──しかし


「あぁ、それよりさ!ステータスだよステータス!スキル何持ってるか教えてくれよ!あんまり俺ら以外のやつの知らねえんだ」


「(……?)」


 彼の上がりきっていたまぶたが、力を失ったかのようにストン…と落ちていく。


「ス、ステータス?何それ…?」


「(……なん……だ)」


 先ほどまでの彼のように、ぼんやりとした思考へと戻っていく。感じていた動揺も危機感も恐怖も、全てが消え去っていくようだった。


「ええ!?ヨル、ステータス知らないの?あたし知ってるよ!えっと、えっとね。ステータス見たい!って思ったら、見れるんだよ!ほら!」


「(………まあ、いいか)」


 彼は、思考を停止した──



──パァァン!


「えと…な、なにもなぁッッ!?」


 両の掌を思いっきり頬へと打ち込む。瞬間、下がっていたまぶたも再び大きく見開かれた。黒目がちなその瞳には光が通り意志の強さが宿る。


「(いや、よくない!……なんだ、なぜ急に警戒心が収まった)」


 彼の後ろ、すぐそこまで近づいていた子供たちは一瞬驚いた顔を浮かべたが、すぐに引き締めて警戒した表情に変わる。ミーナとヨルは小さな裸足をすりながらゆっくりと後ろへ下がり、ケイは幼い2人を守るように身体を少し前に出す。


「(もう、間に合わ──)」


 そして同じタイミングで彼は、すばやく後ろへ振り向きながら未知なる恐怖の姿を捉えようとする。


 後ろには──



──3人の子供しか、いない。



 薄暗い路地に、痛いほどの静寂が流れる。


「(……いない……だと?)」


 自分たちの後ろの空間を凝視し続ける彼。子供たちはそれを怪訝に思い、同じように振り向こうとする。


「(……後ろを向いたことで警戒された、か…?……クソッ、いつ襲われるか分からない……状況はまだ、好転してはいない)」


──子供たちが振り返っても、その先には細く続いている暗い路地と、逆側と同じような明るい交差道しかなかった。


「(……ひとまず、さっさとこの路地から抜け出すべきだ)」


 彼をチラチラと警戒しながら、後ろへと下がっていく子供たち。

 その方向とは逆、最初に彼が向いていた方向へとすばやく、初めて、確実に一歩足を踏み出した。


 その一歩は彼にとって──とてつもなく、大きな大きな一歩目だと言えるだろう。






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