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<グークハール>
……………………………………………………………………………………は?
え? 何が起こったというんだ?
さっきまでイレイラは俺の兵士たちに取り囲まれていて、人質もいるため抵抗できなかったはずだ。
……それなのに、一体何が起こったんだ?
音すら、聞こえてこなかった。
目を離してたのだって、イレイラの侍女をいびっている数秒程度。
それなのに、イレイラの周りの兵士たちが再起不能になっている。
まさに、瞬殺。
どう考えても、あり得ない事象が発生していた。
しかしそれが事実だとでもいうかのように、他の兵士たちは完全にイレイラから距離を取り、それでも足りないとばかりに及び腰になっている。
「な、何をした? イレイラ! 貴様、一体俺の兵士たちに何を――」
「……あら?」
そう言ってイレイラは、初めて自分の周りに兵士たちが倒れていることに気づいたかのように、少し驚いたような表情を浮かべる。
……な、何? これは、イレイラがやったのではないのか? しかし、兵士たちの怯えようから察するに、この状況を引き起こしたのはイレイラ本人で間違いないはず。
混乱する俺の前で、イレイラが小首をかしげてみせる。
「これは、どういうこと、ああ、なるほど。そういうわけですわね」
納得したように頷くイレイラへ、俺は苛立たし気に口を開く。
「何を一人で納得しているんだ! 兵士たちを倒したのは、お前なんだろうが!」
「ええ、そうですわね。きっと、私がやったことなのでしょう。恐らく、それ以外には考えられませんもの」
「……は? 何なんだ? その反応は。自分がやったことだろう! それなのに、何故そうも他人事のような言い草なんだ!」
「だって私、やった記憶がございませんもの」
「……おちょくっているのか? イレイラ。自分のやったことであるならば、その記憶がお前にないわけがないだろうがっ!」
そう言って俺は、人質をイレイラがよく見えるように前に突き出す。
「自分の立場がわかっていないようだな? これ以上ふざけた事をぬかせば、この女の身の安全は保証しないぞ!」
「そう怒鳴られましても、身に覚えがないものはないのですから仕方がないではありませんの」
そう言ってイレイラは、面倒くさそうに溜息をこぼす。
そしてすぐに、言葉を重ねた。
「確かに私には身に覚えがございません。ですが、推測することは出来ますの。そして恐らく、その推測があっているのだと思いますわ」
「……推測、だと?」
「ええ、そうですの」
「だったら、その推測とやらを言ってみろ! 貴様は一体どういうわけで、こんなおかしな減少を引き起こしたというのだ!」
俺の罵声を聞いたイレイラは、そんなものはものともしないとばかりに、笑った。
それはこの場でするには全くふさわしくない表情だ。
だが、妖艶さすら感じさせるその笑みに、どういうわけだかこの場にいる誰もが引き込まれていた。
まるで神の前にひざまずき、天啓を得るのを心待ちにしている信者たちのようにも感じあられる。
やがてこの場の神、イレイラは、その艷やかな唇を開くと、こう言った。
「キチゲですわ」
……………………………………………………………………………………は?
「いや、全く意味がわからんぞ」
「ですから、キチゲです。それ以外の答えを私、持ち合わせておりませんわ」
「……誰か、あの女の言葉を人間が理解できる形に翻訳してくれ!」
「不可能です、グークハール王子! この場の誰もあの女の言っていることを理解出来る人間がおりません!」
「おやおや、グークハール。兵士たちの教育がなっていないんじゃありませんの?」
「何故貴様に説教をされねばならんのだ! 全ての元凶は、貴様だろうにっ!」
苛立つ俺の手元で、何かが動く気配がする。
視線を向けると、イレイラの侍女が何かを喋ろともがいていた。
試しに喋れるようにしてやると、侍女が瞳を輝かせながらイレイラに向かって口を開く。
「つまり、こういうことですか? イレイラ様」
「お前、わかるのか? あの女の言っている言葉が!」
驚愕する俺をよそに、イレイラの侍女が自分の考えを口にしていく。
「先程イレイラ様は、一瞬でストレスが一気に限界値を突き抜けた、とおっしゃいました。イレイラ様は、イライラを溜めず、ストレスも溜めないように生きると誓われています。そのためにキチゲを解放されていらっしゃる、ということも存じております。ですが、そのイレイラさまが、ストレスの限界値を突破されてしまわれた」
そう言って侍女は生唾を飲み込むと、意を決したように口を開く。
「イレイラ様のストレスが限界突破をした結果、そのストレスにイレイラ様は耐えることが出来なかった。そのためイレイラ様は無意識にキチゲを解放。周りの兵士たちを音もなく倒された、と」
侍女の言葉に、イレイラが満足そうに頷く。
「その通りですわ。流石私の侍女ですわね」
「お褒め頂き恐悦至極でございます、イレイラ様」
「おい、何を言っているのかわからんやつがもう一人増えたぞ!」
「駄目です、グークハール王子! やつらの言葉を理解しようとしてはいけません。戻ってこれなくなってしまいます!」
兵士の言葉の意味もよくわからなかったが、言わんとしていることはイレイラや彼女の侍女よりも伝わってくる。
……だがこの状況、一体どうする?
「つまりイレイラは、勝手に体が動いて兵士たちを倒してしまう状況なんだな?」
「さっきからそう言っているじゃないですか。早くイレイラ様の偉大さを理解してくださいよ!」
「人質に取られている状況なのにもかかわらず、そこまで強気に出れる意味が本当にわからんっ!」
いけない。理解しようとしては駄目だった。
……というか、人質を取ったのに完全にイレイラのペースで話が進んでいるではないかっ!
だとするとやることは一つだけだ。
……向こうに奪われた会話の主導権を、こちらに取り戻す。
俺は咳払いをした後、口を開いた。
「では、この女に人質としての利用価値がなのであれば、殺すしかあるまいな」




