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<イララ>
「イララ様。お食事の準備が出来たようです」
「そう。ありがとう、イナ」
そう言って私はグラスの白ワインを飲み干し、店のワインリストに目を走らせる。
……先に頼んでいた料理を考えると、次のワインはこちらがいいですわね。
ウェイターを呼び、スパークリングワインをイナの分も含めて注文する。
その間に、イナが言っていた料理が次々に私たちのテーブルへと運ばれてきた。
イカのパスタに、カキと野菜のバターソテー、クラムチャウダーにエビフライと赤身魚のトンカツだ。
「夕食にしても、少々揚げ物が多かったでしょうか?」
そう言ったイナに、私は笑いかける。
「何をおっしゃっておりますの? イナ。トゥホイレス自由連合の特産物は魚介類であり、このレストランはその魚介のフライ料理を看板に掲げているお店。でしたら、お店が推しているメニューを頼まなくてどうするというのです」
「流石でございます、イララ様。私、今後の体重変化を恐れて今を十二分に楽しむ余裕を忘れていたようです」
「体重? イナは面白いことをおっしゃいますのね」
そういう難しいことを考えるのは、明日以降の自分の役目だ。
今はただ、眼の前に用意された料理を十二分に楽しむのに全力を注ぐだけである。
「では、早速頂きましょうか。イララ様」
「ええ、そうね」
そう言って私が最初に皿に取り分けたのは、イカのパスタだった。
トマトとトウガラシをたっぷりと使ったソースが、香りを嗅いだだけでも食欲を誘う。
フォークでパスタと共にイカを刺すと、食感が楽しめそうな弾力が手に返ってきた。
パスタを巻いて、口に運ぶ。
すると口いっぱいにトマトの酸味とトウガラシの辛味が広がった。
イカもぷりぷりとしており、噛めば噛む程味が口に広がっていく。
舌の辛さを癒そうと水に手を伸ばしかけた所で、頼んでいたスパークリングワインがやって来た。
ウェイターに礼を言ってから、香りを嗅いで一口。
ブドウの爽やかな香りが鼻腔を通り抜け、舌には果実の甘味に炭酸の爽快感を感じる。辛さで舌が敏感になっているから、より炭酸の茂木を楽しむことが出来た。
「イララ様。こちらのバターソテーも是非お楽しみください」
「ありがとう」
そう言って受け取った皿の上には、カキと季節の野菜をバターでソテーしたものが盛り付けられている。
色とりどりの野菜が目に優しく、大きなカキの色味とあっている。
……でも、カキが大きすぎて一口で頂くのは難しそうですね。
そう思いながらカキをフォークで刺し、口へ運ぶ。
瞬間、カキの旨味とバターのまろやかさ、そして野菜の甘味が広がった。
……でも、それだけではありませんわね。
「こちら、バターを燻製しておりますのね。香り付けに使っているチップは、リンゴかしら?」
「流石でございます、イララ様。先程ウェイターの方にお話をお伺いした所、リンゴのチップを利用してこちらのお店で燻製されているようです」
「事前に情報を仕入れていたのに教えなかったのは、私を試していたのかしら?」
「滅相もございません。イララ様であれば正解に辿り着けるはずだと、そう信頼していたからです」
「主人の見せ場を用意しておくとは、出来た侍女ですわ」
「恐縮です、イララ様」
そこからも私たちは、食事を堪能していく。
クラムチャウダーは貝がふんだんに使われていて濃厚だったし、野菜もたっぷり入っていてホクホクさがグラスをよく傾けさせた。
エビフライも巨大で身がぎっしりと詰まっており、衣もサクサクで、自家製のタルタルソースも絶品。
赤身魚のトンカツは、もはや肉を食べていると言ってもいいボリュームで、噛んだ時に舌に溢れ出す旨味がまた食と酒を加速させる。
「これほどの肉感が感じられるのであれば、赤ワインともあいそうですね」
「そうですわね。では、少し重めのものを頼みましょうか」
ウェイターにワインリストから見繕った赤ワインを二人分頼み、スパークリングワインを飲み干した所で、イナがこちらに視線を向けてきた。
「イララ様。これからのご予定なのですが、このままトゥホイレス自由連合に留まられますか?」
「まさか、ですわ」
「そう、ですよね。あの人たちが来ている以上、なかなか難しいですよね」
イナが言ったあの人とは、グークハールの事で間違いないだろう。
ヘティオストレラ大陸とユーカックス大陸を結ぶ検問では、どうにかやり過ごせたかもしれないが、私がキチゲを開放してしまったのでトゥホイレス自由連合にいると彼らにバレてしまった。
……でも、あれは仕方がありませんわ。私、もうこのイライラを、ストレスを我慢しないと誓ったんですもの。
だからこそ、取れる選択肢は一つだけだ。
「美味しい魚介料理は名残惜しいですけれど、トゥホイレス自由連合をそろそろ出なくてはなりませんわ」
「と、なると、隣接している南東側のエルデネホルート連邦共和国に向かう必要がありますね」
「そうですわね。エルデネホルート連邦共和国はトゥホイレス自由連合をぐるっと囲んでいるような国ですから、更に別の国に向かうには、必ずエルデネホルート連邦共和国を通る必要がありますもの」
「……やはり、まだ追ってくるでしょうか?」
主語は無かったが、誰が私を追ってくるのかは理解している。
だから私はイナの疑問に、はっきり頷いた。
「そうですわね。私たちはエルデネホルート連邦共和国を経由して、更に別の国に向かう必要がありますわ。出来るだけ、クルーリア王国から、そして彼の国があるティオストレラ大陸から離れるために」
私の指名手配の報は、もはやティオストレラ大陸中に広がっているだろう。
しかし、そこから距離を取れば取るほど情報も不確かなものになるし、グークハールたちの包囲網を抜け出しやすくなる。
「では、当面の行動方針はエルデネホルート連邦共和国へ向かう、という事でよろしいでしょうか?」
「構いませんわ。捕まるのを良しとしないのであれば、それしか方法はありませんもの」
「かしこまりました」
イナが頷いたタイミングで、赤ワインが運ばれてくる。
軽くスワリングしてワインを空気に触れさせてから、まずは香りを楽しむ。
果実味を強く感じさせる香りに、ほんのりとスパイスを感じた。
口に含むとまろやかな口当たりのワインが下に広がり、芳醇な味わいを感じることが出来る。
そこに先程頂いたマグロのトンカツを、再び口に運んだ。
そして私は、満足げに頷く。
「やはり、赤もあいますわね」
「そうですね。赤ワインは魚とあわせると生臭くなりやすいのですが、これは全然そんな事はありません」
「恐らく、お魚の方にも鉄分が多く含まれているからでしょう。赤ワインの鉄分と魚に含まれている脂質が生臭さを助長させる原因ですが、そもそも魚に鉄分が含まれているのであればその懸念は払拭できますもの」
「流石でございます、イララ様。私の分のトンカツもご所望ですか?」
「侍女のものを取り上げるような所業をするぐらいであれば、私はその場で舌を噛み切って死ぬことを選びます」
そういうわけで赤身魚のトンカツをもう一皿注文し、赤ワイン三杯でしっかりと堪能した。
「では、そろそろおいとまいたしましょうか」
「かしこまりました、イララ様。ではお会計をウェイターに――」
イナがそう言った所で、店の入口が騒がしい。
視線を向けると、そこにはクルーリア王国の兵士たちの姿が目に入った。




