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<ズルコック>
私たちの周りを、喧騒が包んでいる。
その騒音を発しているのは、クルーリア王国からイレイラ・ヴィルムガルドを捕らえるために第一王子であるグークハール王子に駆り出された兵たちであった。
彼らはいつも王子に振り回されているため、こういう娯楽に飢えていると言わんばかりに興味深げにこちらを見ている。
今からやろうとしているのは、模擬戦だ。
対戦相手の一人は、私。
そしてもう一人は――
「いいですか? クラーム。模擬戦のルールは、私たちが所属していた騎士団と同じものです。先に有効打を一撃与えたほうが勝者となります。有効かどうかの判定は周りのギャラリーからのものと、そして――」
「自己判断による公平なジャッジを、だろ? わーってるよ、そんな基本中の基本は」
急遽用意した簡易の闘技場の中で、クラームがつばを吐いた後包帯を巻き直す。
それを見ながら、私は口を開いた。
「ですが、いいのですか? クラーム。模擬戦は拷問で受けた傷が癒えた後でもこちらとしては良かったのですが」
「なーに言ってやがる。捜索に同行出来るだけの実力が確かめたい、って言い始めたのは、テメェの方だろうがよ。逆に言えば、実力が確かめられない限り俺は捜索に同行できない。そうだろ?」
「そうなりますね」
嘘だ。
グークハール王子は、是が非でも、そして一秒よりも早くイレイラ・ヴィルムガルドを捕らえたいと思っているはず。
だからその有力な情報を握っているクラームを捜索に参加させないだなんて考えが、出るわけもない。
……ですがクラームの監視役を私に一任されている以上、報告はどうとでも出来ますからね。
女あさりに出向いているグークハール王子には、いかようにでも報告できる。
ようは、最終的にイレイラ・ヴィルムガルドが見つかりさえすればいいのだから。
……ですから、その過程でどんな事があったって問題ありませんよね? たとえば、過去に『聖女』でなければ癒やすのが難しいほどの怪我を負ったクラームとの模擬戦を私と行うことがあったとしても、ね。
そして今、こちらの狙い通りの状況が揃っていた。
……相変わらず、クラームも馬鹿なやつですね。こんなに簡単に、こちらの策略に乗ってくれるのですから。
先にも述べた通り、グークハール王子がクラームをイレイラ・ヴィルムガルド捜索に参加させない道理はない。
しかしあいつは、王子がどこで何をしているのか知るすべはなかった。
だからこちらがお前は実力がわからない限り捜索に参加できない、と言われれば、当然焦るに決まっている。
……何せイレイラ・ヴィルムガルドを捕らえることが出来なければ、お前は死刑になるわけですから。
だからこそ、クラームは気が急ってすぐに自分の実力を証明しようとするだろう。
拷問で受けた傷が癒える時間すら、惜しいはずだ。
そんな、ただでさえ負傷しているにも関わらず。
かつて私の策略で傷を負った右腕を抱えていて、こちらに勝てるわけがない。
……あなたが、どれぐらいの負傷をしているのかは、私は十二分に知っているんですよ? なにせ、その傷を負わせる策略を考えた、張本人ですからね。
だから、この模擬戦自体がクラームを再度叩きのめすための罠なのだ。
満足に右腕が使えず、そして拷問の負傷を押して戦わなければならないというこの状況を作り上げた時点で、こちらの勝ちは確定している。
……さぁ、ここでクラームをこれでもかというほどにボッコボコのタコ殴りにして、二度と私に逆らおうなどと考えられなくして差し上げましょう。
転々としていたとはいえ、こちらはずっと兵としての訓練は続けている。
昔ならいざ知らず、剣もまともに握れなくなっているクラームに負ける道理がない。
……悪く思わないでくださいね。私は、拷問で受けた傷が癒えてからでもいいと、そう言っていたのですから。
だが、それを押して戦うことを選んだのは、クラームだ。
これも、この作戦のキモだ。
模擬戦という場はこちらが設定したが、それ以外の細かい内容、たとえば戦う内容や日時の選択はクラームに全てまかせている。
つまり――
……何かあっても、クラームの責任と、そういう事になりますね。
もしここで私がクラームが身動きが取れないほどの怪我を負わせたとしても、それは仕方がないことだ。
だって、今戦おうと言い始めたのはやつの方なのだから。
……イレイラ・ヴィルムガルドの捜索の手伝いは、ベッドの上から行ってもらうとしましょうか。
もっともこの戦いが終わった後には、一生ベッドから降りられない生活をすることになるかもしれないが。
……そうなれば、クラームが部隊長になるという話どころか、騎士団への再入隊という話もなくなりますね。
そうだ。それがいい。
そうすれば、全てが丸く収まる。
やはりここは、手を抜くことは出来ない。
徹底的に痛めつけ、そして叩きのめす必要がある。
「では、両者中央に集まってください」
審判役の兵士にそう言われ、私とクラームは木剣を持って中央に歩いていく。
それにあわせて、観客の兵士たちからも熱い声援が送られてきた。
「ぶちのめせ!」
「最近退屈してたんだ!」
「こういうの待ってたんだよ!」
「なるべく試合を長引かせろよ? つまらねぇからな!」
……わかってますよ、そんなこと。
当然、この観客たちも全員買収済みだ。
勝負は相手に有効打を与えた方の勝ちとなるが、そのためには本人の申告かギャラリーからの判断の二つ存在する。
……観客をこちらに巻き込んで、有効打であっても止めないように言い含めてありますから。
少なくない出費だったが、今後のためには必要な投資だ。
そして得られたのは観客からこの勝負を止める静止の声は絶対に上がらない、という状況。
更に万が一にも私が相手の攻撃の有効打を認めることは、絶対にない。
……そもそも、クラームの腕では有効打を与えることなんて到底不可能ですが。
つまり、私の勝ちがより完璧になった、というわけだ。
「いいですか? クラーム。観客もああして楽しんでいるようですし、一合二合打ち合っただけで倒れるのだけは勘弁してくださいよ」
勝利を確信した笑みでそう言うと、やつは首を鳴らしてなんてことがないように口が開く。
「そうだな。俺も確かめたいことがある。お前も、すぐにへばんなよ」
……ぶっ殺してやる!
「それでは、勝負、開始!」
審判のそのセリフを聞いた瞬間、私は既にクラームの懐に入り込んでいた。
私の木剣が風を切り、やつの体に肉薄する。
……捉えた!
と思った直後、クラームの体と私の木剣の間に、あるものが差し込まれている。
それは、クラームの握った木剣だった。
そしてその木剣は、やつの右手に握られている。
……どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうしてやつは右手で剣を触れるんだっ!
「やっぱり、そうだったか」
何が? と疑問に思う間もなく。
クラームの木剣が、私の肩をしたたかに打ち付けていた。




