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<クラーム>
右腕に握った木剣を軽く振っただけなのだが、それに当たったズルコックは獣よりも醜い悲鳴を上げた。
暴力の気配に、周りの兵士たちは盛大に歓声を上げる。
しかしその中で、何人かは怪訝気な表情を浮かべていた。
それを見て、俺は確信する。
……やっぱりこの状況は、ズルコックの罠だったのか。
俺は過去にも、周りの人間を買収されてやつにはめられている。
更にクルーリア王国のボンクラ王子であるグークハール王子が俺を騎士団に戻し、更に部隊長にさせてやると言い始めたので、ズルコックはかなり慌てたに違いない。
……実際、見ているこっちが笑えるほど焦っていやがったからな、あいつ。
そう思いながら、俺は剣を握り直してズルコックへと一撃を見舞う。
最初の一撃で身悶えしていたやつは、新兵が訓練に使う案山子に攻撃するよりも簡単に一太刀入れることが出来た。
左足のもも辺りに木剣を振るったので、ズルコックは痛みと涙とよだれにまみれて地面を転がり、悶えている。
だがそれでも、やはりギャラリーから模擬戦を静止する声は聞こえてこない。
……また凝りもせず、買収していやがったか。
どう考えても、俺の攻撃は全て有効打だ。
しかし止めないようズルコックに言われているので、観客たちは止めようともしない。
一方で流石にやられすぎなのではないか? と思った兵士たちが困惑しているのだが、それも久々の戦いという娯楽を求める他の兵士たちの熱に巻き込まれて意見が出せないでいた。
地面を転がるズルコックに振り下ろすため、俺は木剣を上段に構えた。
……全部、全部わかってんだよ。お前の姑息な考えはな!
木剣を叩き込まれたズルコックは、ドブガエルが象に踏まれた時のような、不格好な声を上げる。
やつが俺の実力を知りたいと模擬戦の提案をしてきたときから、ズルコックの企みには気づいていた。
……人を捜索するために、別に俺が戦える必要はないからな。
それこそ、捜索対象が向かいそうな場所を地図で示すだけでも十分捜査に協力していることになる。
確かに人を捕らえるのに人手は多いほうがいいかもしれない。
だがそれは、グークハール王子が連れてきた兵士たちがいる。
そこに俺が一人混じった所で焼け石に水だろうし、むしろ普段連携訓練をしていない俺が混じったほうが兵士たちの動きを阻害しかねない。
だったら俺に求められる役割とは情報提供だけで、武力に関するものは二の次になるはずだ。
……だとするとこの模擬戦は、俺の実力を測るためなんかじゃない。別の目的があると、そう考えるのが自然だ。
そう思いながら、俺は冷たい目でズルコックを蹴り上げ、更に木剣を振り下ろす。
木剣がしたたかに肉を打った音が聞こえてきて、それは観客たちの声援にかき消された。
更に一つ、二つと剣を振り下ろしながら、俺は自分の思考に沈んでいく。
……ズルコックの別の目的。それは十中八九、こいつが焦っていたことに関連するだろう。
つまり、グークハール王子が言っていた内容だ。
それは俺の死罪を取り下げ、更には騎士団へ部隊長として戻すという、その内容。
その言葉を王子から聞いた時、ズルコックはこう言っていた。
『ぐ、グークハール王子! そ、それはいくら何でも! 問題を起こして除隊した男をもう一度戻すなど――』
つまりやつは、俺に戻られたら困るのだ。
騎士団へ俺が戻ったとなれば、そして部隊長ともなればどう考えてもこちらがやつよりも上役になっているのは確実だろう。
そんな事、かつて妬みと嫉妬で俺を貶めたズルコックが許容できるわけがない。
だが、そんなプライドだけの塊みたいなやつが手を上げて、こちらに向かって口を開いた。
「ま、待ってくれクラーム! 私の――」
最後まで言わさず、木剣でやつの顎をかち上げる。
……安心しろよ、ズルコック。手加減はしてやっているからさ。
やつを斬りつける度、先程から肉を打つような音はさせているが、骨が折れるような音はしていない。
それは俺が手加減をして、皮膚の表面だけにダメージが入るようにしているからだ。
だからズルコックは痛みに呻くが、死んでしまう程の負傷はしていない。
その代わり、常に皮膚をつねられたような痛みが俺が木剣を振るう度にするはずなので、死にたい程の激痛に苛まれることにはなるのだろうが。
……だが、俺は優しいだろ? お前はきっと、俺を殺すつもりでこの模擬戦を開催したんだろうからよ。
ズルコックの想定では、俺は拷問で傷を負っていたし、更に過去にやつに右腕を負傷させているから、簡単に勝てると考えていたに違いない。
そしてその状況を作り上げ、俺に勝負の選択権を与え、もう自分に逆らえないように俺を徹底的に攻撃するつもりだったのだろう。
……だが、現実は違う。
拷問の痛みは、確かにある。
だがそれは、我慢していれば動けるというものでしかない。
そして、右腕の傷は――
……やはり、痛みがしない。
あの時、アーチデール城の城下町で、あのお方と出会ったからだ。
あの方に出会い、癒やして頂いたからだ。
もう剣を握るのを諦めていた俺を、あの人が救ってくれたのだ。
……イララ様。
いや、違う。
そんな存在はこの世に存在していない。
あの人の本当の名前は、イレイラ・ヴィルムガルド。
ヘティオストレラ大陸のクルーリア王国にある名門、ヴィルムガルド家の令嬢にして。
その国の第一王子であるグークハール王子の名誉を傷つけた人。
そして――
……それら全てを、俺に黙っていた人だ。
更にもう一つ加えるのならば。
あの人の死罪という罪に、俺を巻き込んだ人でもある。
そう思った俺の前に、誰かが飛び込んできた。
審判役を務めている、兵士だった。
「す、ストップストップ! やめだやめだ!」
彼は懸命にそう言って、俺が木剣を振るうのを止めた。
見ればズルコックは、既に床に倒れて白目をむいている。
上は涙、鼻水、よだれにまみれ、下は尿で服をぐっしゃりと濡らしていた。
それを不愉快気に見つめる俺に、審判が責めるように口を開く。
「お前、いくら何でもここまでやるだなんてやり過ぎだぞ!」
「よく言うぜ。これが俺と逆だったら、あと何時間かはそのままにしておいたはずだろ?」
何も言えなくなった兵士を無視して、俺はのびているズルコックの隣に木剣を放り投げる。
そして、審判に問いかけた。
「それで? 勝負の結果はどうなったんだ?」
「も、もちろん、お前の勝利だ」
「なら、勝手に調査の方は進めさせてもらうぜ」
「お、おい、待てよ!」
静止する声が聞こえてくるが、俺は全く歩みを緩めない。
……確認したいことは、確認できたからな。
だからもう、正直この場には用がない。
しかしここにいなければ、俺の目的は達成できそうになかった。
その目的とは――
……待っていろよ、イレイラ・ヴィルムガルド。俺が必ず、この手で見つけ出してやるからな。
そう思いながら、俺は人知れずに両手に力を込めた。




